石棺・悪夢・羨望

 21世紀の日本では、『自然葬』というのが流行ったそうだ。


 公園のような場所に遺灰を埋めたり、海に骨を撒く散骨だったり、とにかく墓を作らずに遺体を自然に返す葬儀の仕方が広まったらしい。自然へ還りたい、自然と一つになりたい――そういった自然への羨望に起因するものなのだろう。


 では現在、35世紀の人間はどうか。

 35世紀の人間たちの羨望は、自然から宇宙へと変遷していった。この変遷の要因は、木々や海といった自然と同じくらい宇宙が身近なものになったことに他ならない。


「隊長、また石棺が打ちあがってきましたよ」

「ああ。仏さんに手を合わせておこう」


 その羨望の変遷からか、現在では『宇宙葬』なるものが流行している。


 エンジンを積んだ石棺の中に遺体を入れ、そのまま宇宙へ打ち上げるのだ。強固な材料で構成された石棺は、大気圏に突入しても燃え尽きることなく、中の遺体は石棺ごと宇宙空間へと到達する。到達と同時、石棺の蓋が自動的に開かれて、遺体は宇宙の中へと溶けていく――といった具合だ。


 シチュエーションが自然から宇宙へ変わっただけで、やっていることは21世紀の自然葬となんら変わりはない。『死後は自然と一体になりたい』という願望が、『死後は宇宙と一体になりたい』といったものに変わっただけだ。


「さ、手も合わせたところで、仕事を始めるとするか」


 遺体は宇宙の中で塵となっていくだけだが、石棺はそうもいかない。大気圏でも燃え尽きない強固な代物だ、このまま放っておけばスペースデブリ――宇宙ゴミとなる。人間ひとりを収めることのできる大きさのスペースデブリとなると、これはもう脅威意外の何物でもない。


 だから、私たちのような『石棺拾い』と呼ばれる仕事をする人間が必要となるわけだ。私たちが乗っている宇宙船の小さな窓からも、星々の煌めく光の中に鈍く佇む石の塊が多数見受けられる。年々この『宇宙葬』を希望する者は増加しており、日々大量の石棺が打ち上げられるのだ。昨日にも数えきれないほどの石棺を回収したばかりであるが、まるで私たちの仕事がなかったかのように今日も今日とて石棺は星々の合間を揺らめいている。


「網を展開しろ。ここら一帯は特に石棺が多い。一気に掬うとしよう」


 私がそう命じると同時、船体の横に大きな網が展開された。この網を展開したまま石棺の群れを通過し、網の中に石棺を回収していく。これが私たちの仕事だ。漁船の網漁のようなものを想像してもらえればよい。


 この網は強化繊維で構成されており、どんな衝撃にも耐えうることができる。石棺を何個も回収してもなお、船体に大きな揺れが生じることはなく、辺りの石棺をおおよそ回収することができた。


「隊長。石棺、回収し終えました」

「よし。じゃあこれから石棺の解体作業に入ろう。各員、防護宇宙服を着て船外に出ろ。私に続け」


 星々の輝きを遮るものがなくなったことを確認し、船の推進を止める。これまた強化繊維が編み込まれた防護服を身に纏い、私たちは網の中に大量に回収された石棺の下へと向かう。


 半径数十メートルはある網がはち切れんばかりに、大量の石棺がそこにはあった。今地球ではこれまで以上に少子高齢化が進んでいると聞いた。葬儀を行う数も増えているのだろう。


「皆、噴射機は持ったな。一応、中身が空なことを確認してから、石棺に当てるように」


 私たち全員、特殊な機械を担いでいる。水中を潜る時に使用するボンベに消火器のようなノズルがついている代物で、ボンベ内にはこの石棺を灰に変える粉が充填されているのだ。ノズルから粉を噴射させ、石棺に吹きかける。そうすると、あっという間に石棺は灰となり、宇宙空間の中へと散っていく。


 石棺の回収、そして除去。これが私たち『石棺拾い』の業務内容だ。かなりの重労働ではあるが、特殊技能職であることから、金払いはよい。高齢化の昨今では、人手はいつだって足りないくらいだ。


「宇宙に舞っていく白い灰、なんか幻想的ですよね」

「元は棺なんだけどな。綺麗と思ってしまうのはいけないことなんだろうが、確かにそうだ」


 私たちが棺に粉を噴射する度に、棺はどんどんと小さくなり、その代わりに大量の灰が舞う。この常闇の中、星々の瞬きに照らされた白い灰が彷徨い、遥か彼方へ飛んでき、やがて見えなくなる。


 死者の生きた証が、宇宙と一つになる。

 人間の一生が、生の輝きが、白く煌めいて宇宙へ溶けていく。


 これを幻想的と呼ばず、何と呼ぼうか。

 幻想的な生死感漂う風景が見れるだけでも、この仕事をしていて良かったと思う。


「……隊長」

「どうした」


 ただこの仕事をしていて、一点だけ不満というか嫌なことがある。


「また、ですよ」


 人間の一生を感じ取れるこの仕事をしている中、同時に人間の汚い部分――闇を垣間見てしまうことがあるのだ。


「見てくださいよ、この石棺の蓋の裏。こりゃあひでえや」


 どうしてこうも幻想的な気分に浸っているところを邪魔してくるのだろうと、私は大きく溜息をついて、隊員が指差す棺へとふわりと浮いて向かう。度々、こういうことがあるのだ。こういった棺が現れる頻度は、ここ数年でかなり増加してきている。


 隊員が示す棺を確認し、蓋の裏を覗き込んでみる。そこには、中に入っていたであろう人間が書き残した文章が、蓋の裏部分を削るようなかたちで刻まれていた。



『私は生きたまま、この石棺に入れられた。借金が返せなくなり、闇金のやつらにここへ押し込まれ、他の棺に紛れ込むように宇宙へと飛ばされたのだ。コンクリート詰めにして海に沈めるよりよっぽど足がつかないと、あいつらは言っていた。酸素が少なくなってきているのだろう、息が苦しい。暗くて何も見えない。まるで悪夢でも見ているようだ。ああ、私は』



 文章は、ここで終わっていた。

 裏社会の闇というのも、現代もかたちを変えて色濃く残っている。


 この果てしなく続く、宇宙のように。

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