無職・説教・胡蝶の夢

『胡蝶の夢』という言葉をご存知だろうか。


 古代中国の思想家、荘子の説話のひとつであり、現代まで語り草となっているものである。内容はいたってシンプルだが、非常に奥深く、自らの存在の不確かさを考えさせるものだ。


 内容はこうだ。

 荘子がある日、蝶となり辺りをひらひらと舞う夢を見た。夢から目覚めた荘子は、今の自分が『蝶となる夢を見た』のか『蝶が見ている夢』なのか疑問に思う、といったものだ。


 果たして今の自分は夢か現か。

 夢と現実の区別は絶対的でなく、また誰にもできるものでもない。


 とまあ、思考実験的に言えば非常に興味深いものだが、私はあえて言う。

 くだらない、と。


 自分が『蝶となる夢を見た』のか、それとも『蝶が見ている夢』かわからない?

 私は自分が何者であるかわかっている。迷うことなんてあるだろうか。



「あんたもう30過ぎてるのよ。無職、それに職歴なしだなんてこれからどうやって生きていくのよ。私もお父さんも、あんたより先に死ぬのよ、ずっと面倒見ていられるわけじゃないの。選ばなければまだ何かしらの仕事はできると思うから、いい加減働いて。まずはアルバイトでもいいから。それにあんたね――」



 今の私は蝶が見ている夢に決まっている。

 早く目が覚めないものか。

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