第20話 ボス

「君たちはこの『鍵』を取り返しに来たのか。いや、盗みに来たという表現の方が正しいか」

 ゆっくりとした話し方。

 なんだか、聞いていると蛇に体中を這いずり回られるかのような感覚に襲われる。


「いいえ。取り戻しに来たのよ。あなた、この研究所のボスね。貴方達の目的はなんなの!?」

 彼は不敵な笑いを零す。

「目的? 君たちはあのデータを見たのでは無いのかね?」

「あのデータというのは、あの個室のようなパソコン室にあったパソコンのデータの事?」


「ああ。そうだ。それを見た君たちになら我々の目的くらい分かるだろう」

 その時の出来事を想起する。

「もしかして、《神の世界》への扉を開くこと?」

「そうだ。よく分かっているじゃないか。その通りだ。我々の目的は《神の世界》への扉を開くこと。そして、《神の世界》を支配すること。それだけだ。君たちには分かるまい。この重要性が。子供と政府の犬ではな」


「犬?」

 子供というのは分かるけど、「犬」と言うのはどういうことなんだろう。


 時雨は目を細める。

「貴方には分かっているという事ね。私の正体が」

「ああ。そうだ。隠しても無駄だ。《ゼウス》の手下ということは分かっている。そこの小僧はともかく、貴様は危険過ぎる。消すしかない」

 《ゼウス》?

 《ゼウス》って、あの天空国家の《ゼウス》なのか?

 それと、時雨が関係しているのか?


「もう、隠し事は出来ないようね」

 彼女は嘆息を吐いて、

「ごめんね。今まであなたを騙していたの。本当は私は《ゼウス》のスパイなの。あの鍵を取り戻しに来た。唯、それだけよ。今はあなたと協力関係。だから、手出しは絶対にしないわ。私たちスパイはそういうところだけは遵守するから」

 表情が読めない。

 でも、嘘は言っていないように見える。


「つまり、キーを追っていたのは時雨さん達の組織ということですか?」

「そうね。そういうことよ。言ったでしょう? 彼女を守るのは大変だって。そばに置きたかったらしっかりその手で持っていなさい。さて――」

 時雨は、顔を俺から敵に向ける。


「取り敢えずは休戦よ。あいつを倒さないと話にならないわ」

「同感だ」

 そう。

 今倒すべきなのは目の前に立っているあいつなのだ。


「《黒騎士》自らが登場してくれるとは有り難い。相手をしてやる。《ヘヴンズ》機兵隊隊長ヘル・ブログレッツ。行く!」


 戦闘が始まった。


 地を蹴る。

 紫色の紫色の強化外骨格パワードスケルトンが視界から消えた。


 次の瞬間。

 時雨の顔に回し蹴りが叩き込まれる。


 が、流石黒騎士の異名を待つ時雨だ。

 放たれた蹴りは、光輝剣ライトニングソードの刀身で防がれた。


 蹴りは直ぐに引き戻され、第二の攻撃を放つ。

 足を狙った攻撃。

 時雨はそれをも防ぐ。


 時雨はそのまま光輝剣ライトニングソードのを切り上げる。

 紫の光が曲線を描く。


 予期をしていたのか、ブログレッツは半身を回転させて避ける。

 瑠璃の線が彼の黒髪を風圧で搔き上げた。


 ――瞬間。

 ブログレッツは大きく右足を踏み込み、時雨の懐へ潜り込む。

 時雨の腹部に正拳突きが炸裂した。


「かはっ……!!」

 彼女の体が後方へ吹き飛んだ。

「くっ!!」


 彼女は両足を踏み込んでなんとか持ち堪える。


 今まで無双状態だった彼女を押している。

 今回の敵は相当手強い。

「《黒騎士》もその程度か。2人してかかって来ないと俺は倒せないぞ!」

 微笑を零す。

 醜く歪んだ口元と瞳。


 ブログレッツは、懐から赤いボタンが付いた機械を取り出して、

「このボタンはな、こいつに搭載されている【Pandora】パンドラ、【SDMS】、【解析アナライシス】を強制的に発動させる為の術式だ。こいつを押せば神への扉は開かれる」

「や、やめろ!」

 叫ぶ。


 こいつは悪魔だ。

 体がってに動いた。

 銃を構える。

 ボタンを持つ手を狙う。


 銃が火を吹いた。

 ――命中。


 時が止まったように感じた。

 何も起きない。

 防いだのか?


「あは。あはははは!!」

 ブレグレッツは大声で高らかに笑う。

「くそ!」

 時雨が動いた。


 水平に空を斬り裂く。

 が、腕を振るった後に彼の姿は無かった。


 上を見ると、彼の姿があった。

「時雨! 上だ!!」


 彼女は光輝剣ライトニングソードのを腰に下ろす。

 ――抜刀術。


 ブレグレッツの蹴りが空から流星の如く降り注いだ。


 はずだった。

 ――実際に降り注いだのは、鮮血の雨だった。


 彼の右足と首筋が切断されていた。

 地面には、滞りなく流れ出る深紅色の血と彼の首と右足だった。


 時雨は光輝剣ライトニングソードのを仕舞うと、

「早くこの魔術を止めるわよ」

 と切迫した声で言った。


「うん!」

 魔術が発動した感じはあまりしない。


 不安という暗雲だけが心を埋めていく。

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