23 “神のいないこの街で”

──十二月十日、朝。王都、自警団組合本部。



「久しぶりだな、ユリエル。かなり頑張っているようだな」


 黒いカービング入りの革鎧に細身の長剣。フランツだ。


「普通に生きようとするのがこれほど大変だとは思わなかったよ」


 謙遜しようと思ったが、いかにも貴族のボンボンめいた発言だったことに言ってから気がついた。フランツは僕の言葉を聞いて穏やかに笑う。


「それで“普通”か。必死に生きていたら、知らないうちに普通の枠を越えていることだってある。お前たちの“山狗班”は死者も出さず、高難度の依頼ばかりを選び、失敗もなくこなしている。大怪我したと聞いたときはさすがに心配したが・・・」

「こう見えてもそこそこ頑丈なんだ」


 かつてタイレル卿が僕らを呼んだ名も、いつの間にやら二つ名として定着しているようだ。あまりお上品な名前ではないが、一山いくらの日雇いからは抜け出しつつあるということになるか。

 フランツ、ベルタと三人で談笑していると、ふと、フランツが遠い目をする。


「俺もそろそろ“普通”の生活を取り戻そうと思っていてな」

「引退でもするのか?それほどの腕を持ちながら・・・」


 ベルタが残念そうに訊く。


「年齢を五十も重ねると、剣一本でやっていこうにも、身体がいうことをきかなくなってくるもんでな。最近よくそう考えるようになってきたよ」


 手を腰に、フランツはやや寂しげに微笑む。


「それに、妻にもずっと心配と迷惑をかけっぱなしだ。この歳まで認定ヴィジルをやっていると、貯金だけはそこそこ持てる。どこかの湖のほとりにでも家を建てて、二人で釣りでもしながらゆっくり暮らしたいものだ」

「素晴らしい余生じゃないか。僕もそういうふうに穏やかに生きたいよ」


 僕が溜め息混じりに肩をすくめると、フランツは大笑いする。


「若いうちから老人みたいなことを言うもんじゃない。ところで、今日は巡視か?」

「ああ。フランツも?」

「そうだ。ここしばらくの巡回強化が効いたのか、南区は最近かなり静かになってきたようだな」

「一時期はひどかったと聞いてはいるけど・・・」

「堂々と衛兵狩りが行われる程度にはな。ヴィジルによる巡回が強化された切っ掛けだ」

「それはまた・・・とんでもないな。それじゃ、僕はそろそろ行くよ。フランツも気をつけて」

「お互いに、な」


 僕とベルタは、しりとりをして遊んでいるハナとフウに声をかけ、組合を後にした。



──────────



 王国は王都を中心とし東西南北に各領があり、それぞれの特色を持つ。地方領は、それひとつを以て独立国としても遜色がないほどの領土と産業を誇る。間違いなく斜陽に差し掛かるこの国ではあるが、それでもまだ黄金時代のうちにあるといえよう。


 かつての神聖帝国の聖都たる西方コグニティアと、その支配下にあった西方辺境ベラン。広大かつ肥沃な大地に恵まれた東方エルシダ。都市国家として貿易を中心に栄え、最も遅くに王国へ編入された南方エラニア。そして武勇に彩られた歴史を持ち、豊富な鉱脈に恵まれていたが、僕の出生を機に滅びを迎えた北方ベルフェリエ


 ベルフェリエと神聖帝国の領土紛争に端を発するベルトラムI世による覇業は、人工火山の斜面に築かれた難攻不落のマグナ要塞を拠点とし、エルシダと共に他地域を平らげることで完成された。その要塞こそが、今の王都である。


 平原統一後、マグナ要塞を中心として莫大な富を注ぎ建設された、大陸で最も壮麗な計画都市である王都。既得権益と旧い秩序の破壊から生まれた王都は、新しき秩序たるルーラーの許、誰もが平等に生きることのできる理想郷となるはずだった。だが百年と経たぬうち、それを担保していた高度な倫理観は、正教の権威とともに崩れ去る。

富めるものはさらに富み、奪われるものは子々孫々と奪われ続ける。是正のために幾度となく法が書き換えられるが、その度に新しい抜け道が増えていき、結局は何も変わらない。分極化は進行の一途を辿り、次第に“新階級”が固定化される。金貸し、商人、豪農、職人、下級職人、小作農、日雇い、奴隷。


 正教による制約を喪失したあとに始まった“金貸し”の台頭は、融資、信用取引、保険による経済規模の爆発的な拡張を引き起こし、ここ百年で王都を始めとする王国の産業基盤を、他国と一線を画すレベルへと一気に押し上げた。その勢いに乗って、国までもが銀行業を始めたほどだ。だが、その対価として新時代の奴隷制度を生み出すに至る。──奴隷の所有、使役は法的に禁止されているが、借金のカタに無償の奉仕を強いられる人間が数多くいるのは公然の事実だ。彼らを“奴隷”以外の言葉で呼び表すすべを、誰も持たない。


 神のいないこの街には、カネという新たな神が居座るようになったのだろう。新階級で一番偉く、賢人議会にも幾人か在籍する金貸しは、大方“拝金教”の大司教様といったところか。この街でうまくやっていくには、彼らの機嫌を損ねないというただひとつの不文律さえ遵守していればいい。

 彼らに睨まれるということは、新たな神であるカネに見放されるということだ。その先に待ち受けるのは生存のための軽犯罪、そして衛兵や僕ら日雇いによる取り締まり、とどのつまりは断頭台か牢獄だ。


 この状況に危機感を抱いた者たちは最近、“人間として生きている者には、それだけで最低限の尊厳と権利が保証されるべきである”という、偉大にして寛容、かつおめでたい理論を振りかざし始めた。悲しいことに、その声は今のところ、一番届けるべきであろうカネを司る人々には届いていない。


 巡視の重点地区に指定される南区は、かつて職人街として栄えた。だが今やその半分、南東の城壁付近は巨大な貧民街と化している。殺人、暴行、詐欺、窃盗、恐喝といった犯罪が蔓延する、僕らの楽しい楽しい職場。赤茶けた用水路には当たり前のように死体が浮かび、その横で痩せこけた赤ん坊を背負う母親が、あかぎれだらけの手で洗濯をする。

 カネに見放された、王都の歪みが滲出したようなこの地区を、かつて法悦と慈愛の都アーモロートと謳った吟遊詩人に拝ませてみたいものだ。



──────────



──二時間後、午前。王都南区。



 通りの角を曲がると、付近の窓が音を立てて閉められる。年末の忙しない時期だというに、このうらびれた路地には人の気配もまばらだ。普段なら軽犯罪の一件や二件は摘発できるのだが、今日はそれもなさそうだ。


「フランツの言う通りか。今日は随分とまあ静かだな。これじゃただの散歩だ」

「腰紐として活動するようになって一月半だ。顔を覚えられてしまったのかもな」


 僕らが逆に犯罪者からの監視対象となってしまったということか。あり得る話だ。そんな考えをよそに、ハナが小気味よくステップを踏みながら笑う。


「ぼくたちがヒマってことは、わるい人がいないってことだよね」

「そうね、でもお給料が減るのは困るわ」

「幸い部屋があるおかげで路頭に迷う心配はなくなった。世が平らかになるのなら、それに合わせて慎ましやかに暮らすだけさ」


 ・・・なんか、こうしてみると大目的の半分は達成しているように思えてくる。“普通の生活”。何もない裏路地を巡回して、組合からそこそこの賃金をもらい、集合住宅の一角で慎ましやかに暮らす。ささやかだが、神のいないこの街ではなかなか得難い安息の日々を、僕らは手にしつつあるのかも知れない。


 だが、現実はどうしてか、悪い方向へと期待を裏切ることが多い。


 通称“邂逅交差”。王都南東の主要な通りが交わる五叉路で、他の巡回兵やヴィジルとのすれ違いが多いことから、僕らの間ではそう呼ばれている。そこに三人の人影と、道端に積まれた何かの山が見えた。異様な雰囲気と刺さるように感じる敵意は、気のせいではないだろう。


「ベルタ」

「わかってる」


 僕が呼ぶ前に、彼女は既に刀に手を掛けている。僕が魔素の観測に入ろうとモノクルに手を掛けたそのとき、背後から何者かに押し倒され、そのまま抑え込まれた。


「“山狗”ッ!件の大物だ!金髪と子供に気をつけろ!犬っころは後でいい!」


 くそっ、そういうことか。知らぬ男の叫び声が轟く。無理やり頭を上げ周囲を見ると、後方から五人、他の通りから三人ずつ、都合十七人に取り囲まれている。屋根の上までは視線を上げられないが、下手をすると弓使いもいるかもしれない。

 道理で人影が少ないわけだ。邂逅交差を蟻地獄にした衛兵狩りだ。しかも、かなり大掛かりな。道端の山は、哀れな姿に成り果てた数人の遺体が積まれたものだ。

 後方から忍び寄っていた者は、ナイフを手に僕とベルタを押さえつけ、残る三人は少し前方にいたハナとフウに襲いかかろうとしている。


「誰が犬かッ!」


 怒りを顕にしたフウが電光で襲いかかる二人を灼いた。


「おいッ!話が違ッ──」


 僕にのしかかる男が叫ぶ。僕はそいつに魔素調整をかけようとするが、ほぼ同時にウォーピックを手にしたハナが、男の首を串刺しに、そのままもぎ取った。血飛沫が僕の上半身に飛び散る。まずい。このままでは“ミオ”が暴走を・・・


「ユリちゃんに触るなァッ!」


 ハナは明瞭にそう叫び、残る一人の足を枯れ枝のように易々と折る。僕が一瞬呆気にとられていると、押さえつけていた男を投げ飛ばしながらベルタが一喝してくる。


「ユリエル!呆けている場合かッ!」


 そうだ。僕は首のない男の死体を払い除け、あらん限りの声で叫んだ。


「全員、気をつけろ!」


 これで味方にだけは“擬態”を使うことが伝わるだろう。僕は周辺の環境魔素を集め、擬態を行う。こっちに殺到しつつあった残りの十二名のうち、七名の足が止まる。

 ──くそ、全員に効かないだと!・・・だが取り敢えずの足止めは出来た!


 こちらに走ってくる五人は、みな正気とは思えない目をして真っ直ぐに突っ込んでくる。やってやがるな。そのうち一人に火炎を浴びせる。“意志”が希薄化しているせいか、爆発に近い威力で上半身が吹き飛んだ。フウの電光も迸り、もう一人の右腕が弾け飛ぶ。魔法は普段以上に通る。残り三人。だが、全員に魔法をかけるには間に合わない。

 仲間が無残に飛び散っているというのに、意にも介さないとは。明らかに何らかの薬物の影響下にある。


 先頭を走る異人の大男が、ベルタの持つ打刀の二倍はあろう太刀を振り下ろした。“人狼ウェアウルフ”を彷彿とさせる彼の一撃を紙一重で躱したベルタの足許に、鋭い一文字の裂け目が出来る。


業物ワザモノだな、こいつは任せろ」


 この状況にあって不敵な笑みを浮かべるベルタ。やだ、超ステキ!

 続いてゴリラのような胸筋の男が振り下ろした戦斧を、ハナのウォーピックが弾いた。


「ぼくはおねえちゃんだからッ、ユリちゃんを、守らないとだからッ!」


 ハナが自分を見失わないのは、目の前の僕を守るという使命感ゆえのことだろうか。


 今まで、素人集団の山賊なんかは別として、それなり以上に戦い慣れた集団との正面切っての戦闘を可能な限り避け続けてきた。そうせざるを得ない理由はもちろん安全のためだが、その次に来る理由がハナと、僕の存在だった。


 正直なところ、僕は経験と知力と実年齢以外は十歳児相当だ。腕力もなければ体力もない。動体視力は悪くないが、そもそもの運動能力が低いので、おそらくまともに攻撃された場合、搦手でその動きを止めない限り一撃で戦闘不能となる。盗賊拠点攻略のときのように。

 ハナは逆に、それなり以上の身体能力があるようだが、精神面だけが完全に幼児そのものだ。仕方なくそうしてはいるが、本来戦闘に出すことそのものが憚られる。

 その配慮のせいで、ハナは僕を守るという明確な目的があれば、普通に戦えていたということに気付かなかったというのか。

 “意志”か。僕は常日頃からその言葉を使っていて、その意味するところを正確には理解していなかったのかも知れない。・・・とはいうものの、これは相当の精神的な負担を彼女に強いることになるだろう。今後も利用するような真似はしないほうが良いと思う。


 なんて悠長に考えているヒマはない。双剣を構えた細身の男がフウに迫る。


「電撃で心臓を撃て!」


 僕がそう叫ぶと、フウは杖で双剣の男の胸を突き、その状態で電光を放った。男はのけぞりひどく痙攣したのち、膝をつく。電撃魔法で心臓に影響を与えれば、火傷による外傷とは別に心臓を直接止めたり、あるいは止まった心臓が動き出す事があると講義で聞いた記憶がある。そんながあると俄には信じがたいが、試す価値はある。


 その間に僕はハナに戦斧を振るうゴリラの後ろへ走り寄る。この連中は、今や固有魔素の流れも思考も意志も動物並みだ。ゴリラに手を触れ、魔素の集中する心臓へ火炎を発現させると、男の胸が湿った音とともに破裂した。それを見たハナがへたり込む。無理をさせてしまったな。


 残るは武人対決だが、彼女らの戦いは少し次元が異なる。僕らには手を出しようがない。少し様子を伺っていると、ベルタは一切攻撃する素振りを見せず、異人の大男が繰り出す斬撃を最小限の動きで躱していることに気付く。


「本来の技量は高そうなんだが・・・クスリの影響か、動きが単調すぎるな」


 極めて冷静に、溜息をつきながら相手を評価するベルタ。いい戦いが出来ると楽しみにしていたのに、そうならなかったことを残念に思っているのか。


「ベルタ、遊んでる場合じゃないぞ。足止めしたやつの始末も残っている」


 渾身の攻撃を尽く避けられ、僕に遊び呼ばわりされた大男はひときわ大きな雄叫びを上げ、ベルタに突きを繰り出す。素人の僕が見てもわかるほどに大きな予備動作。確かに彼女には当たるはずがないだろうな。その太刀は当然のように空を裂き、同時に鋭い光が閃く。優雅な舞いのような動きで横に並んだベルタが刀を鞘へ仕舞うと、男の手首だけが太刀を握ったまま地面へ落ちた。


「“宗碧ソウヘキ”の銘入りか。本物かどうか知らないが、きみにはもう必要が無さそうだ。私が貰い受けよう」


 ベルタは太刀を拾い上げ、柄を握ったままの手首を振り落とす。手にした“宗碧”の刃こぼれひとつない、妖しく光る青銀色の刀身を少し眺めてから、彼女は手首のない腕を前に雄叫びを上げる男の首を落とした。



──────────



 賊の遺体と寝かせた者は合わせて十二名。僕の擬態を見て足を滑らせ、屋根から転落死したであろう弓使いの遺体もあった。残りは逃走したか。僕は首と手首のない異人のポケットをまさぐり、見慣れたものを取り出した。“黒塩ブラックソルト”の丸薬だ。


 ベランでは部族間で諍いが発生した際、代表者を決めて儀式的にレスリングを行う。その際に使用される黒塩は、一時的な腕力の増強という効能を持つ。ただ、実際に腕力が上がるわけではなく、攻撃衝動を刺激し、同時に理性と判断力を希釈することによりタガを外すと表現するほうがより正確だ。相手の恐怖を煽る、僕の擬態が効かなかったことにも納得がいく。

 ひとたび黒塩を服用すると、素手で殴れば、自らの拳が砕け腕が折れるまで。武器を手にすれば、相手が原型を留めなくなっても攻撃を止められない。高原の神々に捧げられるその戦いは、敗者はもとより、勝者も自らの攻撃による傷で後々に命を落とすことが珍しくないという。・・・“争いを是としない”、ねえ。


「ユリエル!来てッ!」


 フウが焦った声で僕を呼ぶ。彼女はベルタと道辻に積まれた遺体の下から、一人の身体を引っ張り出しつつある。衛兵の軽鎧の隙間から覗く黒いカービング入りの革鎧・・・


「フランツ!」


 僕も協力し、彼を引きずり出す。右の二の腕から先がない。


「ベルタ、第三南門の衛兵所から応援を連れてきてくれ!」


 走り出すベルタを背に、僕はモノクルでフランツの身体を観測する。固有魔素の循環が確認できた。


「まだ間に合う!治癒促進を!」


 僕はフウにそう指示しながら、外した腰紐でフランツの右腕を強く縛る。それを終えると、すぐ横に積まれた衛兵たちの魔素を観測する。他にも生存者がいるようだ。怯えているハナを元気付け、二人で並べて寝かせていく。


 ほどなく、通りの向こうからベルタを先頭に十人近い衛兵が走ってくるのが見えた。戦医もいる。これで多くは助けられるはずだ。



──────────



──同日、宵の口。王都南区、第三南門衛兵所、仮設治療室。



「最後に、とんだヘマをやらかしたな」


 簡易ベッドに横たわるフランツが口惜しげに呟いた。横では白髪混じりの大人しそうなご婦人が、残った彼の左手を握っている。彼の妻だろうか。


「僕らがもう少し早くあの通りに来ていれば・・・」

「いや、お前たちのおかげで俺はこうして生きている。感謝しかないよ。・・・釣りは、お預けだけどな」


 彼は包帯を巻かれた右腕を見て自嘲的に微笑う。


「・・・俺も以前は、四人の班で活動していたんだ」

「フランツ・・・」

「いや、いいんだカティ。言わせてくれ」


 カティと呼ばれた女性の制止を遮り、フランツは話を続ける。


「・・・もう十二年前になるか。俺の班は邪教徒カルトの拠点を制圧する依頼を完遂した。そしてその残党に、報復として班員三人を拉致されたんだ」


 目を閉じる彼の眉間に皺が寄る。


「当然、俺は救出に向かったが・・・連中はそれを待っていた。わざわざ、俺の目の前で泣き叫ぶ彼らの首を掻き切っていったんだ。一人ずつ。・・・三人とも、俺より二十近く若い連中で、教え子と言っていい存在だった」


 それから、ずっと一人でやってきたのか。フランツは深い溜め息をつき、先のない右腕を見た。


「俺が今日“邂逅交差”に差し掛かった時だ。賊が衛兵を拘束し、そいつの目の前で他の二人を解体して見せていて・・・その時の光景が頭を過ぎった。つい、平静を欠いてしまった」


 フランツは二十人近い賊に単独で突っ込んでいくような人じゃないとは思っていたが・・・


「・・・そういうことだったのか」

「すまん。老人の長話に付き合わせたな」

「そんなこと・・・」


 僕は自分の人生経験の浅さを呪う。彼にかける言葉を見つけられない。


「ゆっくり、静養してくれ。あなたは今まで、頑張り過ぎたんだ」


 ベルタが僕の肩越しに、普段の彼女からは想像もつかない優しげな声をかける。それを聞いたフランツは、僕らに思いつめたような視線を向けた。こんな彼の顔を、僕は見たくなかった。


「・・・死ぬなよ、お前たち」


 僕は精一杯に表情を作り、強がる。


「言ったろう。僕はこう見えても、そこそこ頑丈なんだ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る