17 “電光石火”

──十一月十一日、午後。王都東区、ラダーニャ商会倉庫前。



「容疑者は七名。近くの路地裏で不審尋問を行ったところ逃走し、逃げ道にいた子供四人を連れ去りこの倉庫へ逃げ込んだ。人質と引き換えに、身の安全の保証と、七頭の馬を要求している。中にいた倉庫の労働者数名も人質とされている可能性が高い」


 綺麗に整えられたあごひげを撫でながら、控えめな装飾の軽鎧を着た現場の指揮官が簡潔に状況を説明する。


「皆殺しにしてもいいの?」


 ナタリアがさらりと訊く。


「そうしないために君たちを呼んだ。人質は言うに及ばず、容疑者も可能な限り生かして捕縛したい」


 にしても、ここにいる十数人の衛兵だけで事足りると思うけどなあ。まあいいか。

 僕は周囲を見渡す。かなり惜しい場所まで逃げたけど、出口を塞がれたってことかな。この倉庫は第一東門のほど近くにある。あともう少し走りきれば城壁の外だったろうに。子供なんか人質に取らなきゃ良かったんじゃないのか。

 そして既に周囲にはかなりの野次馬がひしめいている。みんなヒマ過ぎるだろう、仕事しなよ・・・


 僕はモノクルの竜頭を回し、中に見えるマナの反応を数え始める。衛兵の中に魔導士はいなさそうだし、現状は訊くより自分で観たほうが確実だろう。

 おおまかな人数を把握しはじめたとき、フウが僕の背中にどんと手を当てる。するとぼやけて見えていたマナが徐々に輪郭を帯び、はっきりと見え始めた。


「“魔素整流”。一ヶ月間ぼーっと巡視だけしてたわけじゃないのよ」


 得意げに微笑むフウ。もしかして、入院の時に貸していた魔導学の入門本で勉強していたのか?フウめ、やってくれる。これは凄いぞ。

 中にいるのは合計十六名。


「多いな。だが、自分でマーキングしてちゃ世話ない」


 容疑者の中には魔法を使える者がいるようだ。外から状態異常魔法を使われて一網打尽にされないよう、仲間にだけ“防壁”を張っているのだろう。防壁は体表に魔素の壁を固着させることで、外部からの遠隔魔素操作を無効化するものだ。クレルの森で使った、全員寝かせる作戦は使えない。だが、モノクルを通しているほうの目には、その“防壁”のせいでマナの色合いの異なる者がきっちり七名見える。僕はにやけながら、中にいる人間の配置を足元にあった石で地面に素早く書き記していく。


 標的にはAからG、人質にはHの仮称コードを振り、周囲に伝える。人質は一箇所にまとめられ、その周辺にA~Dの四名。少し高い場所にE~Gの三名が分散して配置されている。指揮官に気になることを確認しておく。


「内部構造は?」

「この正面の大扉と、向かって左側面に通用口がひとつ。関係者の話では、内部を区切る壁などはないそうだ。柱が広めの間隔に立っているくらいで、あとは商品の木箱が並ぶ。障害物は少ないだろう。扉にはすべて内側から錠前がかけられているようだ」


 扉を破壊すれば即ご対面か。


「容疑者の素性は?」

「七名全員がベラティナ人、少年から青年の集団。それだけだ」

「・・・子供が混じっているのか」


 ベラティナ人──コグニティアよりさらに西方の高原、べランと呼ばれる地に住まう遊牧騎馬民族だ。

 僕らが呼ばれた理由はそこか?少数民族の子供を、衆人環視の中で、衛兵がその手にかけることを問題視したということか。それも“日雇いのやったこと”ならしょうがないってわけだ。

 状況と犯人の素性から見て、高度に組織化された犯罪集団ってことはないだろう。相手は素人だ。パニックを起こしてやれば、その中で冷静に人質を殺害してのける胆力を持つ者などいないと思う。・・・だが、“追い詰められた血の気の多い子供”ほど、行動の読めない人種も少ない。やはり隙を作り出し、一瞬で勝負を決めるのが確実か。


「これ、持っときな」


 僕は手に持ったままだった、握りこぶしほどの石をハナに渡しながら思いを巡らせる。作戦を立てるのはいいが、ひとつ引っかかることがあった。


「・・・あの、テレンス、いまさらだけど」

「どうした?」

「僕が作戦立てちゃってもいいの?ヴィジルとしての経歴はあんたらのが長いけど」

「俺ぁそういうのは苦手だ。いい案があるなら従うぜ」


 よし。ナタリアとレーデンも頷いている。

 ・・・恐らく、僕はこの時心底いやらしい笑みを浮かべていたと思う。ばっと外套を開き、指先でくいっとモノクルを正す。


「では諸君、作戦を伝える!」



──────────



──七分後。



「いいか、光源だけは絶対に見るなよ」


 僕は四重詠唱を準備しながらテレンスに言う。彼らはサムズアップし、足音を立てないよう建物横にある通用口へ向かう。

 倉庫正面の大扉の横にはウォーピックを構えるハナ、脇差を鞘ごと持つベルタ。そしてフウ。彼女らも次々に頷く。


 四重詠唱で強化する魔法は“幽光”。本来なら暗い場所で周囲を仄かに照らすだけの効果を持つ簡単な魔法のひとつだ。それを、倉庫正面の大扉と通用口から直接光源が目に入らず、容疑者に対し順光になるあたりを目標に・・・。クリッカーが一回鳴動する。テレンスから“配置完了”の合図だ。“幽光”を発現。強烈な光が、倉庫の壁の隙間から光線となって漏れ出る。すかさずクリッカーを四回叩く。


「やれッ!」


 ハナがウォーピックを振るい、簡素な木製の大扉が見事にへし折れる。その瞬間から、僕の目には、時間が止まったように映る。


 崩れた大扉の先は、晴れた昼間の外より明るい。陽光とは違う真っ白な“幽光”──いや、これはもう“閃光”と呼称すべきか──で照らされ目を覆う、独特な幅広で大型のナイフを手にする容疑者たちと、その足下に跪かされた人質。視界の左方からは通用口の扉の破片が散らばってくる。


 まずは扉の破壊とほぼ同時に飛んできた弩のボルトが標的Bの肩を射抜く。ナタリアだ。一人目。続いてフウの杖から迸る電光が標的Dを灼いた。“一人はわたしに任せて”と自信ありげに言っていたが、こんな魔法まで使えるようになっていたのか。二人。ベルタの投げた脇差の柄が標的Aの頭に命中する。三人。左方から飛んできたナイフが標的Cの脇腹に刺さる。これはレーデンのものだ。四人。これで人質の安全を十秒程度は確保できただろう。


 残るは“上”にいる三人。そのうち二人は積み上がった木箱の上で、目を眩ませながらも弓を構えつつある。一人は左手に持つ水晶玉のような宝玉を掲げている。すでにマナの投射準備をしているようで、宝玉の発光が始まっている。僕は標的Gに火炎を放つが、その発現前に、二本目のボルトが左から飛んできて、宝玉を掲げる標的Eの腿を射抜いた。光を失った宝玉が手からこぼれ落ちる。再装填リロードの早さじゃないな。二本目の弩を使ったのか。凄いなナタリア。一歩遅れて僕の火炎が標的Gの左腕を灼く。その手から弓が落ちるのが見えた。同時に標的Fから矢が放たれたが、連中の位置では“閃光”が逆光になるため殆ど見えていないはずだ。脅威ではない。ほどなく左方から飛んできたナイフがその右手に、ハナの投げた石が足に当たり、標的Fはバランスを崩し木箱から転げ落ちる。七人目だ。テレンスが戦斧を持ち、ベルタが本差を抜いてそれぞれ倉庫の中へ走り込み、負傷してなお戦意を失わない者の首に武器を突きつける。標的Fの矢は、倉庫の扉枠に刺さった。


 ・・・一瞬の出来事だった。すっと閃光が消えていく。


衛兵ガードッ!」


 ベルタの合図で縄を準備していた衛兵が一斉に駆け出し、容疑者の捕縛と人質の解放をはじめる。大成功だ!き、気持ちいい・・・!



──────────



 良い。とても良いぞ。実に理想的な流れだった。まあ素人相手ではあるが、作戦が完全に決まるとやはり非常に気分が良い。前回の一件で失った自信を取り戻した僕が満足げな表情をしていると、ハナが抱きついてくる。


「やったよユリちゃん!」

「ああ、本当によくやった。あの投石、見事だったぞ」


 鹿狩りで投擲されたことを思い出し、ハナに石つぶてを持たせておいたのは大正解だ。今度スリングショットを買ってやろう。大きな戦力になるはずだ。僕は彼女の頭を撫でる。


「なかなかヒヤヒヤしたわね」

「フウ、凄いじゃないか。純粋な攻撃魔法まで使えるようになっていたのか」

「攻撃といっても、気象操作の簡単な応用よ。これで戦闘行動でも多少は役に立てるようになったと思うわ」


 目を逸らしてひねくれた回答をするものの、その表情はまんざらでもなさそうだ。フランツと行った時に山賊を逃したというのを気にしていたのかな。ベルタも微笑いながらフウの勤勉さを称える。


「暇な時はずっとあの本を読んでいたようだからな。相手にしてもらえないハナがこっちに来て大変だったぞ」


 だろうな。僕らは笑いながら倉庫の中へ向かう。通用口の方からも、いい笑顔のレーデン達が入ってきた。


「なるほどな、大した奴だ」


 テレンスが言う。どうやら、認めてくれたようだ。ここは謙虚に返しておこう。


「いや、あんたらの協力がなければ成功しなかった。助かったよ」

「やっぱすげぇ・・・これがユリちゃんさんの戦い方か・・・」

「お前のナイフ投げも凄いじゃないか。あと、頼むからユリエルって呼んでくれ・・・」


 僕は保護された子供の方を見た。彼らの身なりがやけにいいことに納得が行く。僕らが呼ばれた本当の理由はこっちかな。誰かは知らないが、もし、このやんごとなき方々のご子息らがまかり間違って危害を受けた場合、僕らはその責を負わされたってわけだ。もう良く知っている。ヴィジルってのはそういう仕事だ。今更怒るほどのことでもない。わざわざ摩擦を起こす趣味もないし、他の連中には黙っておこう。

 幸い、容疑者にも即死はいないようだ。一番重傷なのはフウと僕の魔法で焼かれたやつか、脇腹にナイフが刺さったやつだろう。あれは痛いぞ・・・


 その時、肩にボルトを刺したまま捕縛され、僕の足元に転がっていた男が大声を上げた。


「聞けェッ!“低地の民”よッ!」


 全員が僕の足元に注目する。容疑者の中で一番年齢が高そうな奴だ。浅黒い肌に炎のような赤毛。典型的なベラティナ人だな。


「貴様らはァッ!我々ベラティナの誇りを踏み躙ッ」


 鬱陶しい。僕は足で頬を踏みつけ、男の言葉を無理やり止める。


「個人の犯罪を、民族問題にすり替えるな。僕らは役所の窓口じゃない。待遇改善の嘆願ならベランの自治議会に申し立てろ。泣き言なら牢屋の壁に吐け」


 男は頭を振り、僕の足を払いのける。


「王国の走狗!傲慢で浅はかな低地の民め!国を奪われ、満足な仕事もない我々の怒りを知れッ!」


 まだ言うか。“国を奪われ”って、もう大征服戦争は二百年前の話だぞ。こいつも含め、今のベラティナ人は全員生まれた時から立派な王国臣民だろう。当然臣民権もある。西方辺境ベランに産業が少ないのは本当に王国のせいか?

 僕らは臣民権のないハナとフウのために、選択肢などない中で、文字通り血反吐を吐きながら王国のルールに則ってこの仕事をしている。それを、何のアテもなく王都くんだりまで来て、“しごとがみつからないから”なんてふざけた理由で怪しげな稼業に手を染める連中に、傲慢だ浅はかだなどと罵倒されると肚の底が煮え滾ってくる。こいつらに事情があるのは当たり前だが、こっちにだって事情がある。それに、自分の罪を正当化するために高尚な理由を求めるのは、救い難い本物のクズがすることだ。

 あまりこういうことはしたくないんだけど、まあいいか。こういうのは“苦手なタイプ”じゃない。吐き気を催すほど嫌いな手合いだ。


 僕は近くに転がる鞄を逆さにし、中身を床にぶち撒ける。出るわ出るわ。黒塩ブラックソルトにベラニエのツボミ安い違法薬物ジャンクの見本市だ。鼻薬や瞑想薬メディテイターといった高級品はないようだな。


「貴様ッ・・・!」

「ジャンクの売人ごときが!不審尋問から逃げて子供を人質にし!あまつさえ法の番犬へ御高説を垂れるか!大した“祖国の誇り”だなッ!」

「煩い黙れェッ!我々の正当な権利を奪っておきながらッ・・・!」


 時間の無駄だ。彼にとっては、自分に都合の悪いことはすべて“王国による苛烈な弾圧の所為”なんだろう。魔素防壁があっても、接触しての直接操作ならある程度は催眠も効くはずだ。


「正当な権利は、正当に義務を果たしてから主張しろ」


 最後に一言だけ付け加え、僕は男の首筋に手を当てる。催眠で、一気に昏倒まで持っていく。


「・・・言うねえ、ユリエル」


 ナタリアの方を見ると、苦笑いしながら倉庫の大扉があった方を親指で示す。そこには静まり返る野次馬の姿が。


「・・・あー・・・やばいこと言っちゃった・・・かな・・・」


 差別主義者と糾弾されなければいいが。こちらへ歩いてきた衛兵の指揮官も、薄っすらと苦笑いを浮かべている。


「なかなかの演説だったな。彼らが少数民族であれ、犯罪者に変わりはない。まあ問題にはならんと思うが・・・“天賦の権利人権”とかいう考えが広まりつつある王都において、こういった事案の扱いには敏感センシティヴな面があるのも事実だ。少し気をつけたまえ。調書と報告書はこちらから組合へ送っておく。帰っていいぞ」


 危ない危ない。ここまで完璧に命令を遂行しておいて、最後の失言で全部ちゃぶ台返しなんて本当に勘弁だ。当たり前だが、一定の立場にある者が人前で行う発言は、自分にいくらその気がなくとも、発言者の属する集団、あるいはその上位組織まで含めた総意であると拡大解釈され物議を醸すことは少なくない。僕が感情に任せて取った行動は、悪意を以て恣意的に解釈を行えば、実際に“王国がヴィジルを使って少数民族を弾圧している”という切り取り方をすることすら出来るはずだ。以後気をつけよう。

 いつの間にか隣りにいたフウが僕の頭をグイグイ押さえつけながら指揮官に謝る。


「すみませんね、この子、無抵抗な奴には強いド外道なんで・・・」


 その隣でハナもペコペコ謝っており、ベルタは・・・まあいつも通りだ。

 今回に関しては、頭に血が昇ってまくし立てた僕が完全に悪かった。反論できる余地もない。



──────────



──翌日、十一月十二日、夕方。王都、自警団組合本部。



 気晴らし程度の感覚で受けた巡視の依頼を終えた僕がテッドに報告していると、カウンター横の階段を降りてきた男と目が合う。綺麗に整えられたあごひでを撫でる彼は、昨日の現場指揮官か。今日の出で立ちは軽鎧ではなく軍服だ。


「ああ、昨日の・・・」

「認定ヴィジルのユリエルだ。よろしく」

「そういえば、自己紹介もしていなかったね。王都守備隊百人隊長、東区統括担当のデリク・オズボーンだ」


 軽く握手を交わす。王都東区の衛兵全体を指揮する百人隊長・・・僕の想像よりひとつ階級の偉い人だったようだ。


「改めて称賛させてくれ。昨日は見事だった。いきり立つ部下を鎮めてまで君たち専門家スペシャリストを呼んだのは間違いではなかったな」


 それを聞いて、僕は少し不思議に思う。僕らが呼ばれたのは、どこかの金持ちのご子息が傷つけられた時に責任を押し付けられるためだと思っていたが。それが表情に出ていたのか、オズボーンは笑いながら僕の肩を叩いた。


「他地区の担当がどう考えているかまではわからんが、少なくとも俺はそう考えている。最大四人の班で完結した機能を持つ専門家集団、認定ヴィジルと。その証拠が君たちに支払われる高額な対価だ。今回の君たちの報酬は三千。その半分は作戦を立案、指揮した君に対する個人報酬だぞ。千五百ミナ、これは一般的な衛兵の月収に相当する」


 昨日の夕方に受け取った報酬は、僕らが三千、レーデンたちが千五百だった。つまり、僕の個人報酬が千五百で、残りの作戦参加者にはそれぞれ一人頭五百が払われたってことか。収入はどんぶり勘定していたから気付かなかった。テレンスはそれを譲ってくれたと考えると、悪いことをしてしまったような気もする。


「緊急命令の報酬ってそういう計算だったのか。知らなかった・・・。なんせヴィジルに登録して一ヶ月ちょっとしか経ってないもので」


 オズボーンはぎょっとした顔で「一ヶ月!?」と声を上げる。まあ、僕はそのうちの半分を病院で過ごしてた訳だけど。彼は少し間を置いて大笑いする。


「見かけない顔だとは思っていたが・・・いきなり現場に呼び出されての、あの手際だ。見た目から量れぬ、それなり以上の経験を積んできていると思っていた。それがまさか、まさかだ。組合はとんでもない拾い物をしたんだな」

「ご評価いただけたようで」

「ご評価どころか、だよ。ともかく君たちはフリーランスの専門家として、これ以上ない働きをした。俺も“なぜ自分たちにやらせてくれないのか”と詰め寄る部下をなだめた甲斐があったものだ」

「実際、なぜ部下にやらせなかったんだ?」

「我々衛兵の制式装備と訓練内容は、可能な限り汎用性の高いものとなってはいるが、それでも向いている仕事と向いていない仕事がある。今回は向いていなかった。それだけだ」


 僕はこんな性格なので、彼の言葉を一から十まで鵜呑みにはできない。事実、彼の言うヴィジル観はどうにも世の中の一般的な見方とはだいぶ乖離しているように思う。それに、僕らをおだて、いい気持ちにさせて手懐けておいたほうが、彼らにも得が多い。こと単純な人間相手であれば、ただの日雇いであるヴィジルに、“隊長のために失敗は出来ない”という責任感を植え付けられることすら期待できよう。

 まあ、彼の真意はどうあれ、上位組織の人からの好意はありがたい。それはそれということで受け取っておこう。自然な笑顔を作り、手を差し出す。


「あなたのような指揮官に出会えて良かった」

「こちらこそ。腕の確かな認定ヴィジルが増えるのはいつだって歓迎だ」


 もう一度握手を交わす。・・・やっぱり、嫌な奴だな、僕は。

 身を翻し、応接スペースでくだを巻いている班員らの方へ行こうとすると、オズボーンがぼそっと呟いた。


「実際にあの作戦を立案し、指揮した君には知る権利があるかな」


 僕は振り向き少し首を傾げる。


「ベラティナの彼らが少しずつ自白をはじめている。どうやら気まぐれで売人稼業に手を出した訳ではなく、ごく最近構築された、西方辺境ベランから伸びる麻薬ルートの構成員である可能性が出てきたんだ。今後関連する依頼を発行する際には、情報の拡散を防ぐため、君たちの班を指定させてもらうことになるかも知れない」


 あらー・・・あの小僧、本当に何がベラティナの誇りだよ。“高度に組織化された犯罪集団”の使いっぱしりをさせられちゃってたんじゃん。まあ多分本人にはまったくそんな気はなく、民族意識をうまいことくすぐられて、亡き祖国のために働いているつもりだったんだろうなあ・・・

 ババを引かされるのは、いつだって真っ直ぐで純真な人間だ。


「問題は、彼らの扱う黒塩にベラニエの蕾。これらは西方辺境ベランの伝統儀式に使われることもあって、例外的に向こうの地域内に限っては生産、販売、所持、使用、そのすべてにおいて違法性がない。摘発できるのはコグニティアとの領境を越え、持ち込まれてからだ。つまり・・・」

「根元が、断てない」

「その通りだ。関連する案件では、現場で難しい判断を迫られることもあるだろう。くれぐれも直情的な行動、言動には注意するように」


 耳に痛い。僕は思わず頭を掻いた。


「ユリエル、精算は終わったの?・・・あら」

「昨日のおじさん!こんにちは!ユリちゃん、なんのお話?」


 僕がなかなか戻って来なかったからか、ブースでくだを巻いていたハナたちがこっちへ来た。


「やあ、君たちの班長をちょっと借りていたよ」

「思っていたより僕らは頼りにされていた、って話さ」


 きょとんとするハナの腕をぽんぽんと軽く叩く。

 西方辺境ベランか。僕はかの地をよく知らない。帰りはちょっと書店にでも寄って、関係する書物でも探してみるか。

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