幼女の危機

 「さて……と」


 三十分ほど並んで『高次元戦士バルダムXXX』の限定プラモを手に入れた僕は時刻を確認する。


 午後二時。赤松千尋が出演する『メイドと執事のあれやこれ』第二期のイベントまであと一時間半。三十分前にステージ入場なので、実質的にはあと一時間。イベント参加は事前申し込みだったので、入場制限される心配はない。しかし、ファンとしては一分でも早くステージの前に立っていたい。


 もはや昼飯を食っている暇はない。どっちにしろ、事前に買っておいた昼飯はすべてカノンに渡してしまったので、手元に食料はない。


 「戦場で飢えるなど日常茶飯事!ここは胸を張って行軍だ!」


 僕は、企業ブースが集中しているフロアから移動した。吹き抜けになった中廊下があり、ここから一階に下りたり、個人ブースへのフロアへ行けたりする。


 そういえばカノンとレリーラは無事であろうか。大人しく飯を食って僕達のブースに戻っていてくれればいいのだが。


 吹き抜けから一階を覗き見る。人が多くざわざわとしていたが、異変は発生していなかった。僕は胸を撫で下ろす。そうだよな。そうそう騒ぎが起こるはずが……。


 「うわぁぁぁっ!来るなぁ!気持ち悪いんじゃあ!」


 下から聞き覚えのある幼女の叫び声が聞こえるとか聞こえないとか……。げ、幻聴だ。幻聴に違いない。


 「あ、あかん!あれだけは駄目なんや!」


 聞き覚えのある声だが気のせい気のせい。


 「助けてくれや!兄ちゃん!ニッタシュンスケの兄ちゃん!」


 「ようじょーーーーーーーーーーー!」


 僕はマッハの勢いで階段を駆け下りた。休憩広場となっている一階ホールには、早くも騒ぎを聞きつけた野次馬が集まっていた。僕は、人だかりを掻き分け、その中心に入り込んだ。


 「幼女!てめぇ、人の名前を大声で叫ぶな!」


 僕は、へたり込んでいる幼女を見つけた。勝気なレリーラにしては珍しい状況である。


 「に、兄ちゃん!助けに来てくれたんか!」


 「やかましい!あんな大声で人のことを呼んでおいて……」


 「兄ちゃん、説教は後にしてくれ。その前に、あいつを何とかしてくれ」


 恐怖で顔が引き攣っている幼女。彼女が指差す先にいたのは、『防御!タコ男爵』の主人公タコ男爵のコスプレをした男……。いや、コスプレはコスプレなのだが、頭の部分が妙にリアルなタコなのだ。ぬめり気はあるし、頭から垂れ下がっている八本の足は、まるで意思を持っているかのようにうねうねと動いている。


 「あ、あかんのや!オレ、軟体動物は受け付けへんのや」


 「軟体動物って……。どうみても精巧にできたコスプレだろ……」


 あ、今、口の部分からちょろっと墨が出た。よ、よくできているな、畜生。


 「ふむ。これがコスプレってやつか……。なかなか楽しいではないか。うん」


 これまた聞き覚えのある声。考えたくない、考えたくない。このままレリーラを連れて立ち去ろう。


 「兄ちゃん。あいつ、リンドや!」


 言うな、幼女。せっかくそんなことに気づかず立ち去ろうと思っていたのに……。


 「うむ?この前の幼女と少年やないか……。人が大勢いるからカノンもいるのではないかと潜入してみたら、案の定仲間がいたとはな。ふふん、これぞ僥倖」


 うねっと触手が動く。


 「どうしてこうも奇妙奇天烈な奴ばっかりなんだ……」


 「奇妙奇天烈やと……。コスプレというのは、この世界で最も神聖な祭典で着られる衣装なのだろう?ふふん、よく勉強したやろう?そりゃ、魔王軍一の頭脳派やからな」


 いろいろと誤解……のレベルを完全に超えているな。もうへっぽこ軍師でいいな、こいつ。


 「さぁ!少年!カノンを出せ!ここで正々堂々と勝負だ!」


 うねうねうねっと八本の触手が激しく動く。うきゃぁぁぁ、と可愛い悲鳴をあげるレリーラ。


 「ひぃぃぃ!うねっとる!ぬめっとる!あ、あかん!」


 「レリーラ。そういえば、カノンはどうしたんだ?」


 「せ、雪隠じゃ。ちょっと行って来るって言うてやけど、遅いんじゃ!こんなピンチに!」


 ピンチはお前だけだろう。


 「何だ何だ、レイヤーの寸劇か?」


 「幼女が気持ち悪がっているぞ……。も、萌えぇぇぇぇ!」


 「ゴスロリ幼女にセーラー服の男の娘。それにタコ男爵。シュールな光景だ……」


 い、いかん、ギャラリーも増えてきた。このまま騒動が続けば、赤松千尋のイベントも中止になってしまう恐れもある。や、やむえん。


 「カノンと勝負だと!片腹痛いわ!まずは、この僕を倒すんだな!」


 「何だと!そうか!次々と敵を倒していくストリートファイトだな!よかろう!受けて立とう!」


 「だが、ここではストリートファイトに向かない!ストリートではないからな!とりあえず外に出よう!」


 「おおう!望むところだ!」


 お頭の弱い軍師でよかった。これで少なくともイベント会場から引き離すことができる。


 「レリーラ。カノンを探して来い。僕が時間を稼ぐ」


 「分かった……。最中でも雪隠から引っ張り出してくる」


 それは流石にまずい。せめて終わってからにしてやれ。


 「では、行くぞ!タコ男爵」


 「おおう!ここは一緒にジャンプして瞬間移動っぽいことをするのか?」


 しないしない。っていうか、こいつ自分がギャグキャラに成り下がっているのに気づいているのだろうか。


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