初めての・・・~前編~

 謝りに謝って、アイアンクローの状態から解放された僕は、ちょっと早めだが昼食を取ることにした。


 オキバは、訪れる買い物客の数に対して飲食店が非常に少ない。なので、お昼の十二時ジャストぐらいに行くと、どの店も軒並み満員という状況なのだ。オキバに通いなれた僕としては、早めにランチタイムにするというのが鉄板の法則であった。


 「ねぇ、今度はどこに行くのよ」


 多少機嫌を直したらしいカノンが、やや不安そうについてくる。カノンが不安に思うのも当然で、僕が今から行こうとしているお店は、オキバのメイン通りから二筋ほど奥に入った路地の一角にある古ぼけたビル。そこの七階にあるのだ。


 「昼飯だ、昼飯。本当は今月ピンチなんだが、お前のオキバデビューを祝していい所に連れて行ってやる」


 「え?本当?」


 不安そうな顔が一転、目を輝かせ、すっかり上機嫌になったカノン。こいつ、飯の話になると急に元気になるな。


 「でも、料理を出してくれるお店には見えないんだけど」


 そのビルの前に立って見上げるカノン。カノンの疑問はご尤もで、僕も悟さんに連れて初めて来られた時は、多少不安に思ったものだ。


 「安心しろ。オキバでここ以上のお店を僕は知らない」


 エレベーターが一階に着いた。僕が先に乗り込み、カノンが続く。階数のボタンと『閉』ボタンを押すと、エレベーターが音を立てて動き出した。小刻みに揺れながら、上昇していく。


 「だ、大丈夫なんでしょうね」


 「大丈夫だ。心配ない」


 僕も時々心配になる時もあるが大丈夫だ。もう何十回も通って、エレベーターに閉じ込められたのはたった一回だけだ。


 チンと合図の音がしてエレベーターが開く。そこから先は、もう別世界だ。


 「お帰りなさいませ、ご主人様、お嬢様」


 出迎えてくれたのは二人のメイド。そう、ここはオキバきっての隠れ家的メイド喫茶『メイドハウス~ぷりてぃーきゅあ~』である。


 昨今の流行に従い、オキバでもメイド喫茶が雨後の筍のように登場。石を投げればメイドに当たる、と言われるほどの飽和状態、大激戦区となっていた。


 その中でも『メイドハウス~ぷりてぃーきゅあ~』は老舗中の老舗で、オキバにメイド喫茶が大量進出してくる前から、店を構えていた。激化するメイド喫茶競争の中でも超然として構えており、『メイドはご主人様、お嬢様にお仕えする者』というコンセプトをストイックなまでに守り続けている知る人ぞ知る名店であった。


 お店の内装は、クラシカルなイギリス風カッフェを模しており、非常に高級感があった。それでいて、オタクの街オキバらしく、アニメやゲームのポスター、グッズが散見され、流れているBGMも基本アニメソングだ。この組合せは一見アンバランスのようだが、実は見事に調和しているのであった。


 「ちょ、ちょっとシュンスケ!ご主人様って……。あんた、貴族なの?」


 席に案内されるまでの間、カノンが目を丸くして尋ねてきた。僕が知識を注入したせいで、いらぬオタク知識も植えつけてしまったはずなのに、メイド喫茶のことは知らないようだ。


 そういえば、さっきも『スクールホイップ』のことは知っていたのに、どうしてマリアさんのことは知らなかったのだろう。また僕の『創界の言霊』の力が不十分で上手くいっていないのだろうか?


 「違う違う。ここはそういうお店だ。店員さんがメイドになりきって接客してくれるお店だ」


 「へぇぇ……。それって楽しいの?」


 「分かっていないな。まぁ、お前みたいな俄かにオタクには理解できんだろうが」


 案内された席につく。やや納得していない面持ちのカノンが僕の正面に座った。


 「お帰りなさいませ、ご主人様、お嬢様。あ、シュン君じゃない」


 お冷とメニューを持ってきたメイドさんは顔見知りであった。ミサキさんというメイドさんで、ソーシャルサイトでコメントの交換などもよくやっている。


 「ミサキさん。こんにちは」


 「あらあら、今日は彼女さん同伴?」


 「ぶっ!げほっ」


 ミサキさんがとんでもない冗談を言うものだから、飲んでいたお冷を噴出しそうになった。


 「違います。実は……」


 僕はカノンについて、いつもどおりの説明をした。ふ~ん、とミサキさんは相槌を打った。


 「ふ~ん、違うんだ。あ、『今日のメイドのまごころランチ』は白身魚のフライだからね」


 注文が決まったらまたお呼びください、とメニューを置いて去るミサキさん。まったく、カノンが僕の彼女だなんて、そんな恐ろしいことがあるものか。


 

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