最強戦士誕生
「さぁ、さっさと帰るわよ。あの男ども、鬱陶しいんだから!」
ずかずかと部室に乗り込んできたカノンは、他の部員に目をくれることもなく、僕の手を掴んで連れて行こうとした。当然、僕は抵抗した。
「待て待て。よくここが分かったな」
「クラスの男どもが教えてくれたわ。私はシュンスケの居場所を知りたいだけなのに、美味しいケーキのお店がありますよって……。馬鹿じゃないのかしら」
そのまま美味しいケーキのお店に行けばよかったのに、と思いつつも僕は三人の反応が気になった。
夏姉は、まるで珍獣でも見ているかのよにしてカノンをまじまじと凝視していた。
悟さんは、顎に手を当てて真剣に考えながら、うむ『スクールホイップ』のマリアさんのコスプレが似合いそうだ、と呟いていた。あ、それは僕も激しく同意します。
紗枝ちゃんは、何故か顔を真っ赤にしておどおどとしていた。あわわ、あれが金髪美少年なら先輩と……、と意味の分からないことを口走っていた。確かにカノンはぺったんこだから、髪をまとめれば金髪美少年に見えなくはないが……。
僕は慌ててカノンのことを説明した。勿論、アメリカからの留学生という建前の説明である。
「ああ。二年に留学生が来たって君のことだったんだ?カノンちゃんだっけ?」
「そ、そうよ」
夏姉が値踏みするようにカノンを周囲をぐるりと一回りした。
「そうね……。160の78、56、83といったところかしら」
夏姉が謎の数字を読み上げると、メモを取る悟さん。紗枝ちゃんは、何故か興奮気味だ。
「な、何なのよ。この人達……」
カノンが不気味に思うのも無理なかった。
「何をしようとしているんですか?」
「知れたことだ。衣装の準備だ」
悟さんはさも当然とばかりに言う。
「何の衣装ですか?」
「何って、コスプレよ。どうみたって、彼女はコスプレ要員でしょう?」
夏姉もさも当然のように言う。ああ、夏姉は身長とスリーサイズを目測していたのか。確かにカノンのような金髪スレンダーなら、『スクールホイップ』のマリアさんをはじめ、いろんなコスプレができそうだが……って、おい!
「コ、コスプレ要員ってなんですか?」
「コスプレをしてくれる人のことだ。これでイベントなんかに出ても客を呼べる」
と整然と述べる悟さん。その脇で、男装にしましょう男装にしましょう、と連呼する紗枝ちゃん。
「どうしてカノンが?」
「えっ?彼女、入部希望じゃないの?」
夏姉が不思議そうに首をかしげる。どうしてあれだけのやり取りでそう思うんだ!
「カノンはアメリカ人ですよ。こういうのには興味ないんで……」
このままでは夏姉と悟さんが強引に入部させてしまう。これ以上、僕の安息の地をカノンに踏み荒らさせるわけにはいかない。それだけはなんとしても阻止しなければならなかった。
「でも、ほら」
と夏姉がカノンを指差した。カノンはいつの間にか、夏姉が組み立て中の大佐専用ブーフーを見入っていた。
「うわっ。これってガラミティー大佐専用機ですよね。プラモは初めて見た」
え?カノン。なんで知っているんだ?
「えへへ。いいでしょう?私の家にはまだまだたくさんのコレクションがあるから、今度見に来ればいいよ」
「本当ですか?」
やや嬉しげに言うカノン。あ、あれ?どうなっているんだ?
「あ、それメイちゃんじゃないですか?これが噂の抱き枕ですね」
今度は悟さんのメイちゃん抱き枕に興味津々。
「うむ。抱き心地もカバー生地の質感も最高なんだよ。こうしているだけで、本当にメイちゃんが傍にいるようだ」
カノンがドン引きする、と思いきや、へぇそうなんですか、と普通に相槌を打っていた。ど、どうしたんだ、一体?
「カノン。ちょっとこっち来い!」
僕は無理やりカノンを部室の外に連れ出した。
「な、何よ?」
「どうしてお前、大佐専用ブーフーとか『スクールホイップ』のメイちゃんを知っている!おかしいだろ!」
「そんなこと言われても、知っているんだもん。仕方ないじゃない。それに見るのは初めだから、面白そうと思っただけよ」
知っている。そう言われて思いついた。昨晩、カノンの高校生活が円満に行くよう、モキボを使って『学力』と『現代日本の一般的な知識』を注入したのだが、まさかその中に僕のオタク知識が含まれていたのか?
まさか馬鹿な……。いや、それ以外考えられないじゃないか……。
「突然どうしたのさ?あ、ひょっとしてお取り込み中?」
扉から顔をのぞかせ、意味深げにニヤニヤしている夏姉。ええ絶賛お取り込み中です。でも部室から、あわわお取り込み中?手に手を取っての逃避行?などという紗枝ちゃんの意味不明な妄言が聞こえてきたので、ひとまず部室に戻ることにした。
「どうだね?カノン君。君さえ良ければ、この部活に入らないかね?きっと素敵なスクールライフを過ごせると思うぞ」
悟さんがメイちゃん抱き枕を机に置き、説得にかかった。あれだけ愛してやまないメイちゃん抱き枕を手放したのだから、悟さんは本気だ。
「そ、そうですね。でも……」
知識や興味があるだけで、根からのオタクではないカノン。戸惑うのは当然だ。そのまま断れ。
「僕の見込み違いでなければ、君には我々同様、選ばれし戦士になれる要素がある。現実という過酷な世界に抗い、自らの趣味、満足、妄想に猛進するオタクという戦士に」
「選ばれし戦士……」
うわっ、カノンの目が輝き始めた。悟さん、カノンが好きそうな台詞をピンポイントで突いてくるな。
「で、でも、悟さん。カノンはまだ日本に来たばかりで、こっちの文化とか風習に慣れていないんで。ほら、日本語なんかも……」
「僕が聞く限りでは、充分流暢だと思うぞ。アニメを見て、随分と研究したね」
違う。違うんです。悟さん。ああ、いっそう本当のことを説明したい。
「特に僕がカノン君に期待するのは、コスプレイヤーという特別な称号を持った戦士だ。残念ながら、今の我々にはその称号を持った戦士がいない。君こそが唯一無二の最強戦士になれる」
「最強戦士……」
その言葉に完全に陶酔しているカノン。待て、お前は戦士じゃなくて魔法少女だぞ。
「私、入ります!最強戦士になります!」
「うむ。よくぞ決心した!
硬い握手を交わすカノンと悟さん。うわぁぁぁぁ。どうしてこういう展開になるんだ。
夏姉。紗枝ちゃん。どっちもでいいから止めてくれ。そう思ったのだが……。
「もしもし。ああ、私。うん。新しい衣装を作って欲しいんだ。サイズはね……」
「ああ、カノン先輩が男装して、先輩と……。ひゃぁぁぁぁ!だ、題材はぜひ『宇宙英雄戦記』で、カノン先輩が皇帝ラインバルト。先輩がハン元帥で……」
どこかに電話をしている夏姉と、意味が分かりたくない妄想を口にする紗枝ちゃん。
もう駄目だ。終わった。僕の残された安息の地、サンクチュアリは完全に世紀末的な廃墟になってしまった。
「俊助君」
項垂れる僕の肩に悟さんがぽんと手を置いた。
「日本におけるオタクの流儀をカノン君に教えてやってくれ。これは君にとっても大切な試練なんだよ」
もはや僕には抗う気力など残されていなかった。
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