孤独なんて慣れていたはずなのに
独り残されると、急に部屋が広く感じられた。
最初にこの部屋に入った時は、厩舎かと思ったほどだった。それほど狭く感じられた。
それでもシュンスケが言うには、ここがこの家で一番広い部屋らしい。まぁ、この家自体がそれほど大きくないのだから、広さの基準も異なってくるのだろう。
カノンは、そんなことをぼんやりと考えながら、ソファーに座っていた。
『家か……』
カノンの家は代々村長を務めており、同時に近隣諸国にもその名を轟かせた大魔法使いの家系でもあった。真偽の程は不確かではあるが、家の口伝では古の大賢者の末裔とされている。
その分、というわけではないが、カノンの生家は村一番のお屋敷で、シュンスケの家など二、三個はすっぽりと入るほどの敷地があった。
そこでカノンは、不自由のない平穏な生活を送っていた。厳格だけどいつもカノンのことを気にかけてくれていた父。優しく、温かい眼差しでカノンを見守ってくれていた母。そして、家族のような親しい付き合いをしていた村人達。唯一、魔法がまるで使えないことだけがカノンの苦悩であったが、それを除けばまるで不満のない、幸せそのもの生活であった。奴が来るまでは。
魔王デスターク・エビルフェイズ。太古の昔に大賢者によって封印された悪の権現、混沌の象徴。長き時間が封印の力を弱め復活したデスターク・エビルフェイズは、多くの魔物を従え聖ホロメティア王国に侵攻。破壊の限りを続けた。
その夥しい軍勢と、デスターク・エビルフェイズの強大な魔力に、聖ホロメティア王国軍の消耗は激しく、魔法学院の生徒まで動員されることになった。
しかし、魔法が使えないカノンは、学院への残留が決まった。歯がゆく思ったものの、魔法も使えない自分が戦地に行ったところで役に立つはずもないので、諦めるしかなかった。あの時が来るまでは。
カノンの村が襲撃されたのだ。カノンはちょうどその時、魔法学院にいたので難を逃れたが、村の住人は全滅。当然、カノンの両親も魔王の劫火に焼かれた。
今でもあの時の情景と感情は忘れられない。
魔法学院の監視塔から見えた火の手。
先生の制止を振り切り故郷に走った道のり。
そこにあるものが悉く焼かれた村。
カノンは慟哭した。おそらく一生分の涙が流れ出たのだろう。
そして涙が尽きた瞬間、カノンの体内は復讐の一念で満たされた。
両親の仇、村人の仇。魔王デスターク・エビルフェイズを倒す。その一念を胸に魔法学院を出奔したカノンは、魔法が使えないながらもなんとか魔王の居城エビルパレスに辿り着けたのに……。
『意味不明な世界に来ちゃった……』
まるで見たことのない世界に、まるで知らない人間。そこにいる男が魔法を使えるようにしてくれる、と言われたが、本当にできるのかどうか怪しい状況にある。しかも、カノンの世界は、その男によって作られた物語の世界だという。
イルシーと名乗る女性は、小難しいことを並べて説明していたが、カノンはまるで理解できなかった。あの女が言ったことが本当だろうが嘘だろうが、そんなことはどうでもいい。兎に角、早く魔法が使えるようになって、『白き魔法の杖』を手にしなければならないのだ。
『よりにもよって、あの男が鍵を握っている……』
カノンは、シュンスケの顔を思い浮かべた。
意地悪をしているのか、御託を並べてなかなか魔法を使えるようにしてくれないし、事あるごとに人の胸にいちゃもんをつけてくる助平そのもの男。
でも、意外に世話焼きで、悪態をつきながらも、カノンのためにあれこれと骨を折ってくれた。
あんなやつ、と思いながらも、頼りになる男だし、頼ることができる唯一の人物なのだ。
改めてそう思うと、ぽっかりと心の中に穴が開いたような虚無感に襲われた。夕暮れ時には帰ってくるらしいが、それまで独りにいるのが妙に恐ろしかった。
退屈を紛らわすためにテレビとやらを見てみたが、ものの半時ほどで飽きてしまった。だから何もせず、ぽつんとソファーに座っていると、もう一生このままで、シュンスケも帰ってこないのではないか、と密やかな不安を感じるのであった。
『孤独なんて慣れていたはずなのになぁ』
カノンの旅は、基本独りであった。道中で様々な仲間と会い、艱難辛苦を共にしてきたが、やがてあらゆる形での離別が待っていた。終始一貫、カノンの旅に寄り添った者はいないのだ。
それがカノンにとっては当然であったし、孤独に対して恐怖や不安を感じることもなかった。なのに、どうして今は孤独であることがこうも恐ろしく思うのだろうか。カノンは、自問してみたが、答えなど導けるはずもなかった。
『早く帰ってきなさいよ!シュンスケ!』
早く帰ってきて、さっさと魔法を使えるようにしなさいよ。そして、魔王の魔物達を倒しまくって、元の世界に戻るのよ。
言いたいことが山ほどあった。そうだ。言いたいことを書き出しておいてまとめよう。暇つぶしになるし、孤独への不安を紛らわすこともできる。
紙とペンを探そうとソファーから離れた時、玄関の方からガチャガチャと音がした。鍵のかかっているドアを無理やり開けようとしているようだ。
『シュンスケが帰ってきた!』
夕暮れ時にはまだまだ早かったが、そんなことはカノンの思考の枠外にあった。当然、シュンスケが帰ってきたのであれば、鍵がかかっているのに無理に開けるような真似はしないはずだ。冷静に考えれば、ドアの向こう側に立っているのは別人だと知れるのに、カノンは躊躇いもなくドアを開けてしまった。
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