第176話「中にいるもの」
ひかりの力量ではまだ細いものしか降ろせないが、周囲にジャスらが倒れている状況ならむしろよかったのかもしれない。地面へ突き刺さる光の剣をかわしながら、阿用郷が苦笑いする。
「未熟者と聞いていたがそこそこやるではないか。母上も喜ぶだろう」
「敵対する娘の成長をッ、なんで、嬉しく思うんですかッ! ……そんなわけないでしょう」
めちゃくちゃに打ち続け、ひかりは肩で息をする。向こうで茨木を食い止めている憑きものを見やりため息が漏れた。
「わたしは理想のためにと捨てられた身です。もう八年も顔を見ていない……わたしにはもう、あの方をお母さんと呼ぶ勇気は」
「この国最悪の殺人犯であるからな。しかし小娘、大いなる目的のためならば犠牲にならねばいけない命もあろう」
「じゃあ教えてください! 天明あかりは何をしようとしているのか」
牙を見せながら口角を上げた阿用郷がタバコを自分の肌へ擦った。紫煙が立ち昇りゆっくりとそれを吸い込む。
「言うなれば、神の目を欺くのだ。それは成されたように見えるが実際には成されていない。しかし神々は気がつかないのだ」
あかりは以前、死屍子退治を終わりにすると言っていたはずだ。そして目を欺くとはどういうことなのか、母の意図が読めない。一瞬光を呼び出すのを忘れたひかりの目の前にさすまたが迫っていた。
「オオオオオオオオ──ッ!」
身体が裂けてしまいそうなほどの轟音。阿用郷も茨木も動きを止めて結界を見た。穴のできた部分にひかりの札が挟まっており、そこから靄が漏れてきている。
「まだ修繕は終わらないのか」
「だってこの子が邪魔してきよるんや、もうちょい待っててな。あッこら、やめんかい!」
西の訛りだ、マチネが言っていた男と同じだ。ひかりがそちらへ駆け寄ろうとしたのを阿用郷が追撃する。
「きゃあッ!」
「動くな。頭を握り潰されたくなければな」
「くっ……ハルを返してください! そこにいるんでしょう」
憑きものが走ってきたが、突然どろりと足元から溶けて地面へ崩れ落ち蒸発してしまう。動いている味方はひかりだけだった。
──結界全体がヒビ割れるほどの衝撃波に全身へ痛みが走る。黒い靄がさらに溢れ出し、穴から手が出てきて縁を掴んだ。
『ひかりを放せ』
それは人の言葉のようでありながら、竹やぶのさざめきのようなものに感じられた。それも正面から聞こえるのではなく、音に包まれている感覚だった。
『放せ……!』
何百、何千人もの誰かに非難されているようなゾッとする錯覚に、阿用郷もひかりを手放して距離を取る。二匹は互いに近づいた。
「俺達の仕事はここまでだ。後はあの男に任せておけばいい」
「ああ」
鬼達は退散していった。
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