第99話「繕い」

 目を覚ましてみると掛け布団の重さを感じなかった。ベッドへ身を投げ出し、潜り込まないまま眠っていたらしい。腕に抱かれたのがハルの汚れたパーカーだと気づいて、部屋を飛び出した。

「ハルっ、ハルはどこですか!」

「おはようひかり。あ、それ──」

「わたしがいない間にひかりに手を出したんじゃないでしょうね!? 今すぐ仕置を受けたいのですか、この馬鹿者!」

 ハルだけでなく、キッチンに立っていたジャスも目を丸くした。ぽかんと口を開けていたが不意に笑い出し、両手を上にして観念したような態度を取った。

「アマテラス様か、びっくりした。おかえり」

「質問に答えなさい」

「別に何もしてないよ。それはちょっとした手違いでひかりが持っていったんだ」

 新しいシャツの上からパーカーを羽織り、いつもの格好に戻ったハルはキッチンへ消えていく。やがて積み重なったパンケーキを運んできて、食卓の真ん中へそっと置いた。

「先に食べててくれ、私はマチネと翠を起こしてくる。ゆっくりとの話を聞きたいな」

「え、ええ。もちろん」

 上機嫌に部屋を出たのを見送りながら立ち尽くしていると、ジャスにティーカップを渡された。

「本日のメニューは洋食ナノデ、たまには緑茶ではなくアールグレイなどいかがデスか」

「いきなり気分良さげになりましたが、一体どうしたのでしょう」

「フフ、一種のアロマデスかね。さぞ好ましかったのでショウ、パーカーのそれが」

 意味が分からず首を傾げる。ティーカップを手にした時、指先にちくりと痛みが走った。絆創膏に小さな赤がにじんでいる。

「どこかでお怪我を?」

「ひかりがやったんでしょう。危うくお茶をこぼすところでした」

 テーブルにつき、フォークとナイフを手に取る。ふわふわとしたパンケーキの山から一枚下ろし、ベーコンと合わせて口へ運ぶ。程よい塩気に舌鼓を打つうちに三人がやってきた。

「ぼくの好物だ!」

「ええ、熱心なリクエストをいただいたのでネ。ティータイムのものとは少し違いマスが、美味しくできているはずデス」

「ウチもパンケーキ好きー。いただきます」

 五人で雑談をしながら食事を進める。ひかりの胸の痛みが強く伝わってくる中、正面のハルを見るのは複雑な心境だった。

「ん、ご馳走さま。今日も美味しかったよジャス」

「お粗末様デス」

 フォークを置いたハルは椅子にもたれ、深く息を吐いた。袖を指先で引いて持ち上げ、しげしげと眺めている。

「アマテラス様は裁縫得意なのか」

「それなりには。高天原では機織りをしてますから」

「じゃあ、ひかりは」

「さあ。学校の授業以外ではついぞ見たことがありません、衣服の繕いは禰宜ねぎが進んで行っていましたから」

「ふーん」

 パーカーを丹念に見ていたハルはへにゃりと表情を崩し、間隔の揃っていない縫い目を指でなぞった。まだかんぜんに嫌われたわけではないのかもしれないと、残り香に鼻を寄せる。

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