知るため

第91話「不思議の国」

 シルクハットも煙になって消え去り、無数の大砲は泥に変わって地面へ崩れた。枝の影からそれを見ていた人々がわっと飛び出してくる。

「流石はアマテラス様が部下に従えた妖怪だ! ありがとう、本当に助かった」

「私は仕事をしただけだ」

「もーつれない子ねぇ、あたし達の救世主なんだからもっと笑って、ほら」

「ちょっと今は、休ませてくれ……」

 どうにか人の輪から抜け出して、コツコツと幹の中の階段を登る。シロウサギといい帽子屋といい、あかりがああいった人物を仲間に引き入れたことは意外だった。

「精神が疲れる。ッと」

 翠の父と数人の男が降りてきたのが見えた。ハルが窓辺に乗って道を通すと、中央にいた気難しそうな初老の男がぼそりと呟く。

「騙されないぞ、妖怪め」

 ぴしりとこめかみが音を鳴らす。しかし怒りは案外すぐに収まった。アマテラスが自分を認めていたことを思い出せば自然と気持ちが穏やかになる。一足飛びに階段を上がり、最上階の扉を開けた。

「おかえりなさい」

「ただいま」

 アマテラスが柔らかく笑み、サッと視線をハルへ向ける。

「随分と外は静かでしたね。あなたも怪我や汚れは見受けられませんし……敵ではなかったのですか?」

「よく分からない。物語を見に来た帽子屋だった」

「はぁ。本当に意味が分かりませんね。まずはそのことから聞きましょうか。ジャス、翠、マチネもこちらへいらっしゃい」

 五人が丸くなり、ハルの話に耳を傾ける。説明は苦手だったがどうにか言葉をまとめあげ、何度も訊き返されながら話を進めた。

「その人はおそらく、帽子屋ハッタデスね。祖国の物語『不思議の国のアリス』に登場するキャラクターデス。シロウサギも同じく」

「それ、妖怪って呼べるわけ?」

「あの物語は多くの人々に愛されているノデ、その思念が具現化した存在なんでショウ。その証拠に、作中では小柄とされているハズの帽子屋が長身になっていマス。これは思念タイプによく見られる、派生という現象デス。というワケで、一応は妖怪になるんじゃアリマセンか」

「なるほどねー。ウチも確かに高校生の頃、アニメのイケメンな帽子屋のこと好きだったなー。記憶とか吹っ飛んじゃった十六歳で見たアニメは強烈だった」

 マチネがぽうっと懐かしく過去を思い出す隣で、アマテラスがそっと手を挙げた。視線がそちらへ向いてから、ゆっくりと話し始める。

「彼らは何故、この国へ来たのでしょう。この千年で外国の妖怪を見かけたのなんて、ここ二十数年だけですが」

「あー、なんでだろね。旅行に来たか、誰かに呼ばれたとかじゃないの?」

 翠の指摘にハッと顔を上げたハルは喉を上下させる。アマテラス達はそれに気づかず頭をひねっていた。口が乾く感覚が気持ち悪いが、構わず喉を震わせる。

「母さんが、呼んだのかもしれない」

「なんですって?」

 アマテラスの目が見開かれる。事態の読めない他の三人は顔を見合わせるばかりだ。うつむきがちになったハルがか細い声で告げた。

「私、大通りで戦ってた時……会ったんだ。母さんに」

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