限定的幻想譚
梦現慧琉
初期限定歴
第1話
私は歴史に名など残しはしない。
残したくはない。
―――― ―――― ――――
この世界に
私はそうなりたい。
埋もれてしまいたい。
私が知らない人間に、私の知らないところで、私の事を知られたいとは思わない。そんなの、虫唾が走る。気持ちが悪いではないか。嘔吐感に堪えられない。まるで陵辱されている気分になる。痕跡を消すことが不可能でも、せめてその痕跡を他の数多の痕跡の中に埋め、観測を困難にし、誰にも気づかれることなく、私は歴史の奔流の深い底でひっそりと朽ちていたい。
それが叶うのならば。それほど幸せなことは、無い。
「…………」
話す相手などいないから、当然私は無口だ。下手をしたらここ数日の間、言葉を口から発していない。次に口を開いたとき、頭が言葉を覚えていても、もしかしたら口の方は言葉を忘れてしまっているかもしれない。そうしたら、頭と口との間で言語障害がおきて、スムーズな意思疎通は不可能かもしれない。
そんな馬鹿なことがあるか。
「……このまま真っ直ぐ、つまり西の方角へ後10km程も直進すれば、次の村へ到着するはず。この地図とコンパスが正しければ、だけれど」
しかし万一の事もありえないとは言い切れないかもしれないので、口に出して言葉を発してみた。言葉は風に浚われ、虚空へと消えていった。幸いなことに、私はまだ他人と意思疎通ができそうだ。
手元のコントロールパネルを操作し、私は愛機『ドゥシュヴォ-2.27』の速度を一定に設定し直した。急ぐ必要はどこにもない。時刻は……愛機に内蔵された時計によれば、午前九時の三十八分だという。村に到着してから朝食を摂るつもりだったので、予定変更の必要もない。私のプログラミングは完璧なので、後は外部から不測の事態とやらがもたらされない限り、私がやることといえば思考くらいのものだ。
思考という名の暇潰し。
世界のこと、自分のこと。
突き詰めてしまえば、両者についての思考は、結局のところ同じ行為なのかもしれない。世界を認識するのは自分であり、自分が在るゆえ世界を認識できるのだから。赤子でもそんなことは知っている。しかし、だから暇つぶしにはもってこいの思考対象なのだ。
さて。
この世界に於いて、我ら人間は魔法を使えない。
人はおろか、魔法を使うことが許されている生物は、竜を除いて存在しない。
竜は、炎を吹く。空を飛ぶ。天候を自在に操り、人が及びもつかないような叡智を誇り、複雑な言語を操り、人の知るありとあらゆる法則を覆す。魔法とは、一足す一が二よりも膨大な数になるという法則を示すのだ。だから、予測ができない。操りきれない。少なくとも、人間には、定義しきれない。
だが、その魔法に最も近いとされる資源……鉱石が存在する。
エナ・フォルタス。
これの恩恵により、人類は今日まで生き延びる事が出来た。幸いな事にこの鉱石の反応機構は、我々の卑小な頭脳であっても理解が可能で、そして応用が可能だったからだ。今では多くの生活エネルギーがエナ・フォルタスによって賄われている。
人の歴史はエナ・フォルタスの発見により始まったといっても過言ではなく、現在の主流な信仰の起源は確実にそこにある。そしてだからこそ、エナ・フォルタスの機構について学ぶ者――
そして、私は機技師だ。
それも、天才と惜しみなく形容される機技師だ。
ここで、最初に立ち戻るわけである。あのまま教会に居たのなら、私は歴史に名が残ってしまうまでに、下手をするとそれこそ救世主と呼ばれるまでに、祭り上げられていただろう。人は本当に誉めるのと誉められるのが好きだ。貶すのと貶されるのが好きだ。要するに、評価されるのが、あるいは名を知られるのが、大好きなのだろう。私にとっては――血祭りの方がまだ良いくらいの――屈辱だ。
勿論、私にも非はあったのだろう。
いくら他の物質の比にならない程のエネルギーを内包したエナ・フォルタスといえども、万能にして理想の物体ではない。決して環境に良いわけではなく、量が無限にあるわけでもない。このままの効率で使い続けていては、酷く現実的な年数の後、エナ・フォルタスは枯渇してしまい、残された世界は荒涼とする事が判明していた。そこで私は、教会の教育課程修了論文にて、エナ・フォルタスの新たな活用機構について述べたのだった。
これがまずかった。
ぶっちゃけた話、効率上昇率は十倍を軽く超えた。しかも、そこからのさらなる発展性を暗示してしまった。私は時代に渇望される頭脳を持っていて、世界に切望された発見をしてしまったのだ。焦った私は、恩師にその理論の誉れを全てなすり付け押し付け、名前が世に出ないうちに、教会を飛び出した。
逃げたのだ。
私は歴史に名など残しはしない。
魔法でも使えば、過去の失態を取り戻せるだろう。しかし、人間は魔法を使えない。残念な話だ。何より、こんな私でも他人とは呼びたくない他人たちを捨ててきてしまった事が、残念だ。今ではもう、何年も前の話になるのだけれど。
その何年かの内に――世界も、変わった。
と。
思考も堂々巡りになってきたので、前へと視線を向ける。
「…………」
丁度良い頃合だろう。村が見えてきた。
* * *
名も無き村だ。羨ましい。
正確にいえば、村の名前を掲げた標識が折れていて、名前が分らないだけだ。前の村がアヴリル――四月に当たる名前だったので、マルスかメーという名前かもしれない。違うかもしれない。人に尋ねれば良いかと思ったのだけれど……。
「折角予行練習に独り言も呟いてきたのに……」
人に会わない。
『ドゥシュヴォ-2.27』は、私が肩にかけている布――半次元情報化機構『テスタマン』――に、データ還元してしまっておいた。要するに、一度エネルギーレベルにまで分解し、周囲へ広く分散させ、その構築情報のみ記録。必要時には、その逆の操作を行う事で、物体を再構築するという理論を主軸に作成されたのが『テスタマン』であり、その便利さにあやかったのだ。発明した機技師は、言うまでもなく私。発表はしていない。
「誰に説明しているんだろう、私は」
途方に暮れたあまり、少々混乱していた。
落ち着こう。
これではまるで、少しばかりのコーヒーとサンドウィッチを楽しみにしていたのにそれが叶わず、苛々しているみたいでみっともない。見ている人は居ないのだけれど。
手元の機械を弄る。周囲に散っている物体を感知、分析し、状況を把握するための機械だ。レーダーと呼んでいる。名称が凝っていないのは、つまり開発したのが私ではないからだ。
さて、人間の痕跡は在る。無人の村ではないはずだ。
「……ということは」
――つまるところ。
最近流行りのあれだろう。
世界は様変わりしたのだ。
――ザッ――!
振り向き様、ついていた錫杖を跳ね上げるようにソイツへと向ける。
――パシュッ!
気の抜けたような音と共に、杖の中心付近から先が射出される。
電磁加速――いうなれば、一般護衛具であるガンに似た構造だ。
しかし飛んでいってしまわないよう、ストッパーがついている。
ズ――ッ
ソイツの頭部へ杖が突き刺さる。
果たして――ソイツの装いは、少女のそれだった。
カシュ ――
姿を確認した直後、間髪入れずに第二機構が展開する。
文字通りの展開――突き刺さった杖が、開くように膨張。
――パンッ!
ある種滑稽な音を立て、少女の頭部は飛び散った。
赤黒い飛沫が服に掛からぬよう、錫杖の手元付近に淡く反発力場を発生させる。
ばたばた、ぼたぼた。
あちらこちらに、少女の破片が降る。
……どさ、り、と。
遅れて、胴体部分が地に落ち、伏せる。
「…………」
私は表情を変えぬまま、その胴体を眺めながら、射出部をカチンと元に戻し、布切れで錫杖を拭った。この凶器にかかれば、人間の頭部を貫くなど朝飯前だ。襲撃をどうにか回避したので、ひとまず安堵する。予定通りに機構が作動したので、むしろ清々しい。レーダーを開いていたので、襲撃に一瞬早く気付いたのが良かった。
慎重に膝をつき、少女の部品を解析する。
ナイフよりも鋭そうな爪をしていた。
やはり――寄生生物。
パラサイトでもなんでも良いが、とりあえず寄生生物だ。世界が様変わりした原因であり、理由である。生物に寄生し、その身体の一部で他の生物を傷付ける事により、自分の分身を寄生させる。そうやって増えていく……いわば、かなりの恐怖対象だ。同時に、要研究対象である。人類は、こいつの危機から逃れようと現在必死だ。
下手をすれば、村の一つくらい簡単に、寄生生物に寄生され尽くす。
エナ・フォルタスの枯渇問題も消えてはいないのだが、現在緊急的に対処しなければいけない問題だろう。こいつらのせいで、田舎と都市部、人と人の繋がり、ネットワークがバラバラにされてしまった。
移動のために『ドゥシュヴォ』を開発したのも、護衛のためにこの改造錫杖を考えたのも、必然的に増えた持ち物を整理するため『テスタマン』を発明したのも、このためだ。
お陰で、教会からは逃げきれたのだけど。
「さて……と」
少女の破片を回収し(勿論丈夫なケースに密閉保存)、私は周囲を見渡す。静かな理由が余すことなく判明した。この様子だと、この村はすでに寄生生物の天下だ。長居はしないほうが良い。
良い……が。
次の村――つまりこの名も無き村を当てにして旅を続けていたせいで、生命活動に必要なものが底を突いている。つまり、食料・飲料水がなくなっちゃってるのだ。言うまでもなく、現在朝飯前である。
「…………」
多分、食べられる物くらいは残っているだろう。
背に腹は代えられない。このままでは背と腹がくっついてしまう。だから、私は民家へ入って窃盗を働くのだ。何、すでに人はこの村に居ない。大丈夫、私を訴える人は居ない。
よし、自分への言い訳終り。
「申し訳ございません、フォルタ様」
両手を合わせて、神への懺悔終り。
すんなりと準備完了だ。
恐らくあれが宿屋なので、あそこにしよう。食べ物くらい在るはず。コーヒー豆在るかな? サンドイッチは駄目かもしれないけれど、チーズくらいは期待できるかも。なになに? レーダーによると、一人人間が居るな。恐らく寄生されている。でなければあんな入り口付近に居ないはずだ。村が危険な事はすでに証明済みだから。村人が知らないわけがない。慎重にいけば大丈夫だろう。武装の量からすれば、五人程度までなら不意打ちを食らわない限り撃退できる。むしろ何か食いたいんだ私は。
などと、少々わくわくした思考を不謹慎にも楽しみつつ、私は宿屋へと注意を払いながら足を踏み入れた。
すっ。
「いらっしゃいませぇー!」
にこやかな声に出迎えられた。
盛大にすっ転んだ。
不意打ちだった。
不意打ちを食らった。
「っ!? ! ! ? ……、?、?」
爽やかな笑顔の青年だった。
金髪で碧眼で、無性に爽やかだ。
「あっれ。驚く事しちまったか? 宿屋だといらっしゃいませじゃ変なのか?」
「よ、ようこそお越しくださいましたとか、一般的かも」
「成る程! ようこそお越しくださいました!」
無性にむかつく笑顔だった。
「ん? 泊りに来たんじゃなかったか?」
「いや、じゃなくて、寄生生物……じゃ、ない……?」
「ああ、俺は見て通りの人間だ」
嘘だ。
嘘だ嘘だ嘘だ。
人間はこんな殺伐とした村で、そんなに爽やかに笑えない。
「ひっでぇコト言うなぁ。確かにこの村に居る人間は、ついさっきまで俺一人だったけれどさ。あんたも来たからこれで二人になったんだ。仲良くしようぜ」
「…………」
「だから俺に向けているその武器、下げてくれよ」
まーまーと手をかざし、青年は言う。
こいつ……錫杖に偽装されたこれを、武器だと見破った。たったの一目で?
「そりゃ、構え方を見れば一目でわかるさ。俺を舐めるなよ」
私はその台詞と、その不敵な表情が――
「 俺は歴史に名を残す男だぜ―― 」
―― 一生忘れられなさそうだと、思った。
「……っ!」
「で、お姉さん。何泊だい?」
そう。
思わずここで微笑んでしまった私は、まだ二十歳に及ばぬ少女だった。
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