第67話 一日目第三区間 強襲者

 どれだけ飛んだのか分からないが、おそらく15分もたっていないだろう。

 キャノピーにあたる雨が小粒になってきた。灰色の視界がすこし白み始める。嵐の空域ももう少しで終わるか。


 ふいに視界が白くなった。コクピットに響いていた雨音が消え、風の音だけになる

 雲を抜けた。瞬きして太陽の光に目をならす。機体から水が流れ落ちる。


「抜けた!」


 だが抜ければいいというもんじゃない。今の俺はどの位置なんだ。

 雲の塊から少し離れて震電を上昇させる。


 飛行機雲のような細い雲を残して飛ぶ騎士が見えた。風精ヴァーユだ。目視できるならもう決定的な差じゃない。

 難所に突っ込んで遅れる可能性はあったが、賭けに勝てた。


 震電から見て左から、それを追うように何機か飛んでくるのが見えた。かなり距離があるが、あれが後続集団だろう。ショートカットして後続集団の前に割り込んだ形か。一気に2位までジャンプアップだ。

 この先は旗門までほぼ一直線で行ける。直線のスピードなら震電は風精ヴァーユにも引けは取らない。

 少しでも差を詰めてやる。


「ここからだ!」


 アクセルを踏む込もうとしたその瞬間。


≪本当にこのルートを飛べるなんて。さすがですね≫


 ふいにコミュニケーターから声が聞こえた。


「誰だ?」


≪後ろですよ≫


 独り言のように聞こえていたコミュニケーターの声、それに初めて返事があった。

 しかし、後ろだと?俺と同じコースを飛んだのか?あの雨の中を?


 コースが明確なサーキットなら、前の車の真後ろについて風よけにすることはできる。

 しかし空中を飛ぶこのレースでそんなことできる物なのか?


≪さあ!楽しみましょう!≫


 声と同時に真電の横を赤い光が通り越して行った。

 後ろから撃ってきている。ということは、本当に後ろにはりつかれていた。信じられないことだが。

 一瞬の間をおいて、目の前が真っ赤に染まった。


「なんだ?!」


 とっさに震電を急降下させる。ベルトが体に食い込んだ。

 下がり際に上を見上げると、赤い火球のようなものが見えた。何だあれは?


 火球のさらに上を、太陽を背にするように一機の騎士が飛び越えて行った。

 俺の進路をふさぐように回り込んでくる。


 くすんだ錆色の赤で塗られた騎士だ。右手に弾倉のようなものをつけた、見たことのない形の大型のカノンを持っている。

 左手はエーテルシールドか。

 あいつが撃ってきたらしい。


≪難所も抜けたんだから、次は戦闘で楽しもうじゃないですか≫


 くぐもった声がコミュニケーターから聞こえる。少し聞きとりにくい。


「てめぇ。ゴール間近のこんなところで仕掛けてくるとか何考えてんだ」


 此処を抜ければ1日目のゴールまでは大した距離はないはずだっていうのに。


≪ええ、実は明日にしようかと思ったんですけど≫


 とぼけたような声が聞こえてくる。


「……明後日以降にしろよ、この野郎」


≪でも、明日あなたがキズものになってしまっては面白くないですからね。

 今の方がお互い万全な状態で楽しめるでしょう?≫


「俺の後ろをついてきたのか?」


≪ええ。あの難所を素晴らしい飛び方でしたよ。ほれぼれします。

 それにそのライトも面白いですね。あなたが考えたんですか?≫


 信じられないが、雲を抜けた直後に、俺の真後ろから撃って来たってことはそういうことだろう。

 だが。


「なんでここまで黙ってた。後ろからならいつでも撃てただろう?」


≪後ろから撃墜なんかしてどうするんですか、ばかばかしい。

 そんなことしても、なんの面白さもありませんよ≫


 妙なやつに目をつけられた。しかもかなり腕の立つ奴だ。


≪……では。護衛騎士、ファティマ・カシムと、ラサ。行きますよ≫


 赤錆色の騎士がカノンを構えて軌道を変える。

 ゴール目前だってのに、やるしかないのかこのちくしょうが。









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