第27話 本当の初陣

「ディートさん、出撃準備を!」


 即座に壁に掛けてある頭巾をつかむとドアを開けた。防寒用の綿入れは常時着用させられている。

 第3層は基本的に吹き曝しで、騎士の桟橋上の収納スペースに小部屋を付けた、という状態のほうが正しい。なので非常に寒いわけだが。


 ドアを開けたらすぐそこに騎士が設置してある状態だ。走って五秒。

 すぐさまコクピットに飛び込み、バケットシートに座る。

 ベルトを締めている間に船員の一人が係留ロープを外すためのレバーを操作し始めた。

 もう一人がキャノピーとコクピットを覆う装甲板を閉める準備をする。


「いいですか?」


「大丈夫だ。準備よし」


 ベルトを締め終わった。頭巾をかぶり覆い布を口まで引き上げる。


『いけますか?姉御』


 頭巾に仕込まれたコミュニケーターからグレゴリーの声が聞こえてきた。

 コミュニケーターはあらかじめ設定した相手同士と通信できる、無線のようなものだ。

 地球の無線通信と違って相手の設定がいるのは面倒だが、通信器具があるのはありがたい。


「ああ。大丈夫だ。いけるぜ」


「閉めます。風の乗り手に炎の武勲を!」


「任せとけ!」


 キャノピーと装甲板が順に閉められた。


「降ろします!」


 騎士がロープから解き放たれ落下しはじめる。

 視界の端でプロセルピナから出撃するアストラも見えた。

 高速エレベーターの中にいるような独特の浮遊感がおそって来る。


 1回目はただ夢中で何もわかっていなかった。

 2回目は負けるはずがないと思っていた。

 3回目。これが初めてのまともな実戦だ。


 今まではチームのための裏方で、自分の勝ち負けがチームの先行きに直接影響する、ということはなかった。


 だが。今日失敗したらどうなる?撃墜されれば死ぬだろう、たぶん。

 レースだと病院送りですむが、こっちはそうはいかない。

 それに、俺が撃墜される、ということは船に危険が及ぶことだ。

 あの船が失われればシュミット商会とアル坊やの先行きも閉ざされる。

 恐らく自分を捨ててまで俺をこの世界に読んだクリス嬢のためにも失敗はできない。

 今までと比べて桁違いに背負うものが多い。そんなことに今更気づいた。


 アクセルを開けるまでの10秒間が倍近くに感じられる。


 ……迷いを振り払え。第一コーナーに全速で突っ込む気持ちで。

 弱気は此処においておく。

 アグレッシブさがなければ勝てない。レースも。おそらく空戦も。恐れるな、俺。

 レギュラーシートを与えられての初仕事だ、行くぞ!


「行くぞ!グレッグ!獲物のお越しだ!二機とも捕まえる!」


『了解だぁ、姉御!』


 サーチを見ると一機が前に出てくる動きをしてくる。

 おそらく一機目が距離を詰めて飛行船の航路を妨害しつつ、こちらが動くスペースを狭める。

 そして、後ろ側がこちらをけん制しつつあわよくば飛行船に当てる、という役どころになっているんだろう。

 悪くない連携だが、それはあくまでこっちが飛行船の周りで護衛をするなら、という話だ。

 一機が前に出てきてくれるなら好都合。浮いた駒だ。


「一機目を落とす。前に出るから後ろの奴を抑えてくれ!」


『護衛は任せてくださいよ』


 アクセルを踏みつけた。

 シートに張り付けられるかの如く、練習機や以前乗った騎士よりはるかに強烈なGがかかる。

 雲が目にも見えない速度で後ろにすっ飛んでいく。

 此方に向かってくる敵、敵に向かう俺、恐ろしいスピードで距離が詰まる。


 まっすぐ距離を詰めてくる、なんてことは思いもしなかったんだろう。

 慌てて何発かカノンを撃ってくる。


「シールド、来い!」


 左手と右手の人差し指のトリガーを引くとシールドが機体の前半分を包むように展開された。

 薄い膜に覆われたように視界が白く濁る。

 カノンの弾が当たり、シールドの表面に波紋のような乱れが現れるが貫通はしない。エーテル同士の反応で失速するがアクセルを踏みつけてスピードを乗せる。

 盾に何発か食らうくらいならどうってことはない。お構いなしにまっすぐ飛ぶ。


 敵の騎士の位置が肉眼でもわかる。衝突ラインより少し上にいる。

 どう動く?と思っていたら不意に敵の騎士の挙動が乱れる。

 おそらくブレーキを踏んだか……悪手だな。上下左右の何処かに避ければよかったものを。

 キャノピー越しにうつる敵の騎士が大きくなる。射程までおそらくあと10秒ほど。


「ブレードモード!」


 親指のトリガーを押し込むと両手のシールドが一瞬で5m近いブレードに変化する。

 シールドが消え、視界がクリアになった。


 あと4秒


「切り捨て御免!」


 左右のブレードを横凪に構えたまま左足を目いっぱいひねり、アクセルを抜く。

 一瞬の失速感があり、機体が操縦にこたえて左にがすっ飛ぶようにスライドした。

 急激な方向転換で4点シートベルトが体を締め付け、一瞬気が遠くなる。

 敵の騎士が右の視界の外へ消え、同時に左右の腕のレバーに何かにぶつかるような手ごたえが伝わってきた

 敵の左斜めに抜けて、そのままアクセルを踏む。

 月をめがけるように、一気に斜め上に上昇する。


「グレッグ、どうだ?」


『右足と右腕カノン大破。攻撃能力喪失。飛行困難。あとは俺が仕留めます』


 まずは一機。


「あと一機も狩りに行く。上から行くから……」


「了解、下から回り込んで逃げ道をふさぎますぜ」


 一瞬でこっちの意図を理解してくれる。流石のベテランだ。頼れる。


 上昇して距離を稼ぎ空中で反転。サーチのダイヤルを回し、もう一体の敵騎士にロックする。

 高い位置から見ると視界の一面に銀色に輝く雲海と無数の雲の塊が見える。

 銀世界に赤いサーチのラインが伸びる。


 敵の騎士は、逃げるべきか、仲間を助けに行くべきか、迷いが見える。

 だが逃げようとしてももう遅い。

 敵の撤退ラインに先回りするように大きく旋回する。

 グレゴリーのカノンが飛び、敵のスピードを鈍らせラインを制限する。いい援護だ。


 アクセルを踏む。垂直落下。

 風切り音が大きくなり、雲海と、そこにぽつんと浮かぶような敵の騎士が一気に近づく。

 グレゴリーがうまく注意をひいてくているようで、こちらの動きまでは追いきれないようだ。


 真上からラインを交錯させ、ウイングを狙う。

 キャノピー越しの敵の騎士がスローモーションのように大きくなっていく。

 もらった。


「首を置いてけぇ!」


 狙い通りに右のブレードがウイングをとらえた。

 エーテルブレードがウイングをに食い込み、焼き切っていく。

 切り飛ばされたウイングの金属片が月の光を反射してきらきらと輝いた。

 そのまま急降下し、雲海の直前で急上昇した。雲の破片が飛び散る。


『お見事です、姉御!』


「これで終わったか?」


『一機目は足、二機目はウイングを大破。どっちもまともに飛ぶのは無理ですぜ』


 速度を落としてみると、足を落とした一機目はバランスを崩してふらふら飛んでいる。確かに足は飾りじゃなかったな。

 二機目もウイングを失って浮いているのがやっと、というところだろうか。


『敵影なし。任務完了です!』


 任務完了。その言葉でようやくプレッシャーから解放された


 仕事が終わった。





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