フローレンスでロボパイロットになる

第17話 新しい職場

 宛がわれた宿は機械油亭なる港のすぐそばの宿だった。

 主に騎士の乗り手や船員が利用する店のようで、一階が酒場、二階より上は宿という、なんというかファンタジーゲームとかにある典型的な酒場、という感じである。レンガ造りの5階建て。中々に立派だ。内装も派手さはないが掃除がきちんとされていて過ごしやすい。


 いくばくかのお金も貰っていたので、まずは宿の近くの服屋に行き服を買った。ついでに鋏を借りて髪を整える。

 長かった金髪はベリーショート風に思い切り短くして邪魔にならないようにした。

 服は男性用の衣服を仕立ててもらった。白地のちょっとタイトなシャツにフェルトのような生地のベスト。ズボンは緩めのもので、足首でゲートルのようなものを巻いて止めている。

 胸があるのはもうどうしようもない。スポーツブラみたいなのが欲しいがそんな便利なものはないので、さらしのようなもので抑えている……が完全には隠せない。

 自分で言うのもなんだが、絵に描いたような宝塚風というか男装の麗人風だ。


 金髪のロングヘアでメイド衣装のクリスティーナとは全然違う風になったが、顔が同じでしかも雰囲気まで似ている想い人でしかも中身は違うなんて奴が傍にいては辛いだけだろう。

 思い切って全然違う風にする方がいいと思った。


 アル坊やによれば、何日かしたら迎えに来る、ということだった。それまで異世界観光とかをしたい気もするが、それよりまずやっておかなければならないことがある。

 ということで、3日ほどかけて、部屋の中でシャドーボクシングをしたり、宿の周りを走ったりして、新しい自分の体の性能を確認することにした。

 ウンディーネ号で戦ったときは必死だったのでそこら辺を意識しないまま終わってしまったが、今後この体で生きていく以上、そして騎士の乗り手になる以上、この体がどのくらい動くかをしっておかなくてはいけない。


 ウンディーネ号では気づかなかったが、やはり筋力や持久力は相応に落ちているようだ。

 いつもの感覚で持ち上げようとしたものが重く感じる。ランニングをしても息が上がるのが早い。

 ただし身体感覚というか、体をうごかしたときの感覚はそこまで違和感はなかった。

 服を脱いで体を見てみると華奢ながらそれなりに筋肉がついていて引き締まっている。

 見た目はお嬢様だが、工房出身という話だし深窓の令嬢ってわけではなくそれなりに体を使う仕事とかもしていたのかもしれない。本人の運動神経もよかったんだと思う。

 筋力や心配能力はトレーニングでなんとか向上させるしかない。


 ちなみに鏡に映った自分の裸とかを見ても、もう何とも思わなくなった。二日ほどはちょっと目をそらしてしまっていたが、3日目あたりには悟りの境地に達した。

 クリスティーナが裸で吉崎大都のまえに表れてくれたらそりゃ舞い上がっただろうが、自分の入っている体はなんとなく他人事というか、グラビアでもみてるような気分にしかならない。

 女になった姿を見るたびに現実を思い知らされるが、戻るすべがないならうだうだ考えていても仕方ない。状況に適応するのもプロの仕事だ。


---


 機械油亭に腰を落ち着けて4日目。

 約束通り、ウォルター爺さんが迎えに来た。


 ちなみに俺のこの世界の名はディートレア・ヨシュアになった。

 ヨシザキはこの世界にはまずない名前だそうで、却下され何となく似た響きの名前で俺が付けた。


 今日は商会の主力メンバーとの顔合わせとなる。

 店内では、アル坊やは絶対にやめるように言われた。

 まあ雇われる身だから当然だろうな。


 ---


 案内されたシュミット商会は、3階建ての石造りの四角い箱のような形で、ところどころに木の補強が入っている。

 が……なんだか微妙にさびれてる感じがするんだが。


「この人はディートレア・ヨシュアさんだ。

 今回の航海で海賊に襲われたのはみんなも知っていると思うが、その時にこの人が本職の乗り手でないのに騎士に乗って我々の窮地を救ってくれた。

 腕は確かだし、シュミット商会の力になってくれると思う」


 商会の面々、といっても全員ではないらしく、船員や船長は今日は船で作業中らしい。

 今回会うのは騎士の乗り手や、商会の事務担当者とかなのだそうだ。

 皆が俺の顔を見てひそひそと言葉を交わし合う。


「あの……クリスティーナに似ているようですが……」


 ざわついた雰囲気のなか、誰かが口を開いた。

 まあ中の人はともかく見た目は同じだ。

 髪をバッサリ切って服も変えて雰囲気は変えたと思うが、顔のつくりは変ってるわけはないし、当然そういう感想になるわな


「違う。今言った通り、ディートだ。

 女ではあるが男として育てられたらしいので口調は男だが。

 みな、よろしく頼むよ」



「店主、この者はその、先程の話では……乗り手の候補、ということですか?」


 一番前の列にいる口髭と顎鬚を生やしたオッサンが効いてくる。

 オッサンと言っても30半ばという感じだ。

 身長170センチほどで、しっかりと筋肉のついた身体でベテランドライバーの風情だ。


「グレゴリー。今のところそ僕はう考えている」


 広間がざわついた。

 グレゴリーと呼ばれたオッサンの横にいる赤髪の少年が俺をすごい目でにらみつけてくる。


「しかし……次の乗り手は」


「もちろんまだ決めたわけじゃない、今後の訓練次第だ」


 アル坊やがグレゴリーと呼ばれた男の言葉を制する。


「ディート、こちらはグレゴリー・ガルフストリーム。

 シュミット商会の一番機、アストラの乗り手だ。で、こちらは……」


 アル坊やが何か言う前にその赤毛の少年が顔を近づけてきた。

 色々と共通点があるこの世界と地球だがガン飛ばしの手法も同じなんだな。

 年のころは18歳くらい、というところか。


「ローディアス・ピカール。

 てめぇが誰だか知らないが、次の乗り手は俺だ!覚えとけ!」


 コイツもパイロット候補生か。

 騎士は相当に高価なんだろうから乗り手のいす取りゲームになるのは当たり前だ。

 シート争いは今に始まったことじゃない。


 あっちの世界では俺もテストドライバーでレギュラーシートはなかった

 だからこいつの気持ちはわかる。

 だが、こっちでもテスト兼バックアップに甘んじる気はない

 いつも最後のシートを奪い取れなかった時の悔しさが蘇ってきた。競争は望むところだ。


「かかってこいよ。力の差を思い知らせてやる」


 目をそらさず睨み返す。


「望むところだ、コラぁ。

 そんな細い体で飛行圧に耐えれるか見せてもらうぜ」


「そこまでにしたまえ、ローディ。実力は訓練で見せればいい」


 ウォルター爺さんが仕切ってくれて、渋々という感じだがローディアス、というかローディが下がった。


「ねぇ店主、この人はほんとうにクリスティーナじゃないんですか?」


 次に声をかけてきたのは肩位にきりそろえた銀髪に黒の瞳、そして銀髪からにょっきりと獣耳がはえた女だった。

 いわゆる精霊人というやつなんだろう。


 身長175センチはありそうで今の俺だと見上げてしまう。

 鋭い切れ長の目線と通った鼻筋、口元から除く八重歯、鍛えた感じのある細身の体格。

 クールビューティの体育会系、という感じだな。


 服が何処となく和風というか東洋風っぽい。

 帰港するときの水先案内人をしてくれた、風の精霊人というのもどうことなくそんな感じだったし、精霊人の文化、ということなんだろうか。

 ちょっと緩めの前合わせからのぞく胸は結構サイズがある。


「アタシの鼻の見立てによるとクリスなんですけどねぇ…違うんですか?」


 俺の周りをぐるぐると回りながらにおいをかぐようなしぐさをする。


「さっきから言う通り、違う。彼女はディートであってクリスじゃない」


「じゃあ店主のお手付きじゃないんだ」


「……クリスも僕のお手付きじゃなかった」


「ふーん、まあいいですけど。じゃあアタシがもらっていいんですよね」


 貰うってなんだ?と思ったら、あっという間に腰のあたりを抱かれて、唇に何かが押し当てられた。

 これは……キスされてるのか?


「何しやがる!」


 力いっぱい体を押し返した。


「わお、怖いなぁ」


 笑みを浮かべる顔をめがけて右フックを振り回した……が体をそらしてよけられる。こいつ、やるな。

 もう一撃。体をそのまま回転させて左裏拳。しかしまたも軽々と体を沈めて交わされた。

 この野郎、と思ったときには、再び懐に入られてまた腰を抱かれた。


 って、よく考えれば美女とキスして、体を密着させて、というシチュエーションなんだから美味しい場面のはずなのに、なんで腹立つんだろう。

 どっちかというと、俺としては女性はリードしたい派だからか。


「いいねぇ。

 クリスはかわいくて淑やかで一輪の華みたいで良かったけど、キミは猫みたいだ。かわいいのにしなやかで強い。

 よろしくね、ディート」


 そういうとすっと離れていった。

 キスされたのはなんかむかつくが見事な身のこなしだ。


「店主、商売についてはアタシには分かりませんけど、店主の女の子を見る目は確かですね」


「……ディート。此方はフェルメール。見ての通り地の精霊人だ。

 腕の立つ剣士で、船団の護衛船員のまとめ役だ、……こんなんだけど」


「こんなんとはひどいですよ、店主。

 アタシはかわいい女の子が好きなだけなんです」


 この微妙な気分は何かと思えば、なんかこいつは宝塚の男役みたいなのだ。

 なので精神的に男に抱かれてる気分になるのか。うーん。


「こちらはニキータ・ロズベルグ、商会の会計と実務担当だ。

 あと、今はニキータの下で働いているが、セレナ・エンフレイ」


 ニキータと呼ばれた男が、堅苦しいというより慇懃な感じで頭を下げる。

 30歳くらいのちょっと太めの事務屋さん、という感じで、乗り手や船員など体育会系が多い中では浮いている。


 レーサーの本能かどうかは知らんがなんかいけ好かない。

 事務方と対立するのは現場の本能なんだろうか。


「わたくしとしては誰が乗り手になろうが構いませんよ。商会の利益になれば」


 セレナと呼ばれた子は、たぶん15歳くらい。片眼鏡を掛けたおとなしめの感じを受ける女の子だ。

 ブラウンの髪を背中で一つ結びにしている。文学少女イメージだな。

 俺の方を見てぺこりと頭を下げてくる。


「知っての通り、今我が商会の状況は良いとは言えないが、皆で力を合わせて乗り切ろうと思う

 宜しく頼む」


 アル坊やが〆て、顔合わせは終わった。


 中々に面白いメンバーだが、さてこの後どうなるやら。


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