コウスケ
ふとした時に思い出す、コウスケという名の少年。いや、今は少年ではないか。少なくとも私と同じ年齢だろうし。
彼、何歳生まれだっけ? 分からないや。あの人の性格だとかパーソナルデータだとか、その他諸々、私は知らない。
ただ近所に住んでいるのを覚えている。幼馴染ではない。単に同じ地区に住んでいるというだけ。いくつかの通りを抜けて、坂を降りる。公民館の下あたりの土地に、彼の家がある。駄菓子屋に通う時によく歩いた。その度にあの家を見上げた。
今はいないだろう。なにをしているのかな。同級生だってそうだ。ツイッターは見つかるけれど、特に覗いてみることはない。覗いたとしてどうなるんだろう。みんなの同行は気になるけど、そこに私が入り込む余地はない。終わったんだ、なにもかも。
私はただ、そういうやつ。
どうしてか、忘れられない。時々思い出してしまう。子供でも好きな相手はいる。そういうのが当たり前でいないというと、隠しているとされる。だからあの人のことを好きということにした。ただ、それだけの話。
それなのに。
いいや、正確に言うと気にはなっていたのだ。足が速いし、勉強もできるし。人格だって優れている。顔立ちも整っていたのだろう。だからあんなに人気があったんだ。同じクラスのリョウマという子がいたのだけど、そいつと二分する形で。
二人はペアのようなもの。同じ地区出身で、同じくらい足が速い。同じくらい人気。ああ、リョウマのほうは女子を泣かせたこともあったっけ、恋に関することで。
私はリョウマが苦手だった。エロいし。パンツ見せてとか言い出すし。以来、遠ざけている。
そうだ、私、あの二人と遊んだ経験がある。もちろん、子どものいう遊び。大人のいうヤルとかそういうのではない。
秘密基地を作ったり、公園へ行ったり。思えばかけがえのない日々だった。もう二度と戻れないし、どうにもできないけれど。
なにか、変わったのだろうか。私はあの人のことなんてきっと、なんとも思っていなかった。恋だとか、そういうんじゃない。仮にあの人と恋人にならなかったとして、それでショックを受けるとか、そういうのはありえない。
でも、もしも、そう思ってしまう。モテるあの人だからそういうの、いたと思うのだけど、もしも二人並んでいるところを見て、なにを思うのか。悲しいのか当たり前だと思うのか。
分からないや。この気持ちが分からない。
なぜ思い出してしまうのか。好きということにしていた事実だけ思い浮かぶのか。
ああ、そうだ。頼まれていた。同級生に、コウスケの好きな人は誰か聞いてきてと。少なくともあの子ではないと知った。結局、言わなかった。
なんでなんだろうね。どうして私に聞いてきたんだろう。私は別に親しいとか、そういうんじゃないし。ただ、帰る時に一緒に話をする程度。
なにも思うことはない。
でも一つだけ思うとするならば、もっと一緒に交流したかったなと。恵まれた日々だった。あんなにも近かったのに。私はなにもできなかった。なにもなせない。形すら遺せなくて。あの人のことを見てばかりいた。
どうしてか。どうしてなんだろう。
恋、なのだろうか。
分からない。
でも、これでいいのだと思う。私はこの感情の正体に気づくことはない。きっと、仮に好きな人ができたとしても、私は誰かにこの身を預けることはできない。なにをしても代わりはない。
きっと、そうなのだろう。だからこれで終わりでいい。私はそっと目を閉じた。
どうしてか。
会いたいと。
なんとなく思ってしまうのはなんでなのか。
この気持ちはなに? 私は彼をどう想っているの? なにも知らないのに。
幼馴染、だったのだろう。今思えばなんて甘酸っぱい関係。私たちはそういうんじゃないのに。
お似合いと呼ばれる男女の組み合わせがあったっけ。卒業文集のアンケートにも載っていた。仲良くしていたり、同じ学級委員をやっていたり。全てはキラキラとした思い出だ。
今の私が失ってしまったもの。もういいよ、いらないよ。ほしくもない。今となってはそう思う。喪失感しかない。私が得たものなんてなにもない。全ては過去に置き去りになっている。戻りたいとも思わない。ただ、大切だった、それだけのこと。
忘れたくはない。覚えていたい。この記憶が風化しても、全てが過去に押し流されたとしても。
私という存在はそこにしかない。今の私はただの抜け殻だ。
ありがとう。こんな私によくしてくれて。仲間として接してくれて。同級生でしかなかった。その輪にはいることしかできなかった。きっとそれは夢なんだ。心地の良い日々だった。
私はなにも遺せなかったけれど、あの日々こそが私の全て。だからって今日をおざなりにすることはできない。これからだって分かってるんだけど。いい加減に区切りをつけよう。小説に集中できなくて困ってるんだ。だから切実に思う。この思考を止めたいと。
ああ、本当に。嫌だな。
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