第35話 陛下との面会の続き

「それで、どこまで調べはついておるのかのう」



 ソフィーが執事と王子たちに連れられて部屋を後にすると、先ほどまで穏やかだったその表情と雰囲気を別人のように一変させ、陛下が圧倒的なオーラを纏い、鋭い目をこちらに向けながら尋ねてくる。こちらがいわゆる本来の賢王の姿だ。



「はい。まず、ジンを我々に紹介したのは、我らの血縁にあたるヘンストリッジ男爵家の当主メイソン・ヘンストリッジです。ただ、あの当時既にジンは王都である程度名の知れた医師だったようで、メイソンがジンのことをわかっていてわざと紹介したとは言い切れません。

 それに、親類とは言え相手も貴族です。確たる証拠もないのに、こちらから呼び立てて尋問等はできないと思っていましたが、メイソンの方からソフィーを見舞いに来たいとの連絡が来ております。話をする時間も取れるでしょうから、調査を続けながらメイソンに話を聞く予定です」



「ジンの出自を追ったがな、あやつはこの国の出身ではないようじゃ。どうも、隣国の逃亡奴隷であったジンを王都の奴隷商人が裏ルートで入手しておったようでな。奴隷商人は、依頼主に脅されてしかたなく仕入れたとかなんとか言っておったが、どうだか」



 私の話に続いて、父上がジンのことを話しながら懐から細長い木箱を取り出す。そして、その箱を開けて細く丸められた羊皮紙を取り出すと、両手で広げて陛下に手渡した。



「ふうむ。これはジンの取引契約書か? 奴隷なのに、魔法契約ではなくただの売買契約なのか……? 取引主は……これは明らかに偽名であるな」



「うむ。アーサーアーサーなどと、そのような馬鹿げた名前は普通使わんからの。露呈するのを見越してなのか、むしろ露呈してほしかったのか、わからんところじゃ。だが、奴隷なのに単なる売買契約だったのは、これのせいかもしれんの」



 そう言いながら、父上は懐から今度は布の袋に入ったものを取り出す。そして、中から黒光りしている輪っかのようなものを取り出すと、こちらはテーブルの上に静かに置いた。



「これは、アランが見つけたのじゃが……ジンであった肉塊を焼却処分した際に残ったものだそうでな。儂の伝手で、魔道具に詳しいものに頼んで調べさせておったのじゃが、どうやら『隷属の首輪』に近い魔道具だそうじゃ」



 父上に頼まれて調べてくれたのは、父上の長年の友人であり、以前王都魔法師団で魔道具の研究を専門にしていた人だそうだ。その人物によると、隷属の首輪のように、何でも言うことを聞かせられるようなものではないし、契約違反をしたら即首が文字通り飛ぶわけでもないらしい。



「恐らく、命令できることは2つか3つくらいのようじゃ。ただ、不思議なのが、契約違反をした際には、この輪から猛毒の『リシス』が塗られた針が出るそうじゃ。この輪自体は足につけるもののようでな。リシスの針が足に刺されば、周りが気づく前に即死であろうな」



「ううむ、それはそれで恐ろしい代物だな。しかし、リシスはそのままでは猛毒だが、本来は高価な薬の原料ではないか。奴隷にするなら、単純に隷属の首輪を使っておれば楽で安く済むあろうに、なぜわざわざリシスを使う?」



 確かにその通りだ。この国では、重い犯罪を犯した者は死刑、または犯罪奴隷となる。また、金銭面で困窮した際に一時的に奴隷として働く契約奴隷もいる。どのように契約するのか、契約する年数はどれくらいかを含め、奴隷を引き受けたり買ったりするときには細かい条件を魔法契約で結ぶ。『隷属の首輪』とは、その魔法契約の際に使われる魔道具だ。

 この国の奴隷自体の数はそれほど多くないが、別に珍しいわけではない。奴隷として買ったのであれば、そのまま奴隷として普通に隷属の首輪をつけていれば、決められた期間内ならいくつでも命令が可能なのに。



「ふうむ。可能性があるとすれば、何らかの理由でジンが奴隷だと知られたくなかったというくらいしかないじゃろうな。隷属の首輪は、文字通り首につけるのじゃ。誰が見ても奴隷だとわかるからな。

 あとは、その魔道具は登録されていない魔道具じゃ。出所がわからんのも問題じゃな」



「メイソンはどうじゃ? あやつは確か、鍛冶神ヘパイストスの加護を受けた優秀な魔道具職人であろう? あやつなら、その魔道具とて作れるのではないか?」



 父上がこの状況から推測できることを述べる。我々は、時に脳筋一族だとか揶揄されることもあるが、闘いや争いに関しては頭の回転が速いという自負がある。そうでなければ、とても辺境伯など務まらないからだ。

 陛下がぐっと目を細めながら、メイソンの名前を再度出してくる。



「メイソンならば、できないことはないと思います。ただ、父上のご友人曰く、この魔道具の作りはそう難しくないそうで、メイソンでないとできないわけでもないようです。それこそ、王宮魔法師団所属の研究員であれば誰でも作れるくらいのものだそうです」



「むむ、決め手に欠けるのう。お主らの血縁を疑いたくはないが、余の勘がメイソンが怪しいと訴えておっての。ついメイソンにつなげてしまうのじゃ。許せ。

 それにな、もし万が一メイソンが何かやっておるならば、これ以上事が大きくなる前に抑えねば……血縁関係にあるお主らヘンストリッジ辺境伯爵家も無事では済まぬかもしれぬ。 

 オスカーの血筋であるヘンストリッジ家を失えば、暗黒龍との契約が切れてこの国とて危うくなってしまうのだ。余とて、お主らを失いたくはない。ソフィーのことは悔しかろうが……ここは焦ってはならぬぞ。調査は多少時間がかかっても構わぬ。慎重に当たるようにな」



 父上とともに、私も静かに頷いた。当然、死んでいようがジンのことは許さないし、ジンが奴隷として命令を受けていたのならば、その主だって許さない。だが、自分たちがこの国の防衛を司る最も重要な位置の一つにいる高位貴族であることも忘れてはいない。恨みに我を忘れ、せっかく助かったソフィーを危険に晒す真似はできないし、それほど我々は愚かではない。










「報告はこのくらいでよいかの? それにしても、レドニウス。さっきまでのソフィーがいた時の顔はなんじゃ、気持ち悪い。お前が何か企んでおる時は、いつもあの『お優しい陛下』じゃったろう? ソフィーに何かよからぬことをしようとしておるなら、また儂が剣で扱いてやるからの! 覚悟するんじゃな!」



 3人だけでの報告が一通り済んだところで、父上がソファーにどっかりと座り直し、腕組みをしながらじろりと陛下を睨みつけて言った。確かに、今日の陛下はいつもと少し雰囲気が違うと思ったが、どういうことなのか。

 陛下は、そんな父上の無礼とも取れる態度を気に留めるどころか、自分も肩の力を抜いて楽な姿勢を取り、心底嬉しそうな表情をしながら父上と話している。



「くくくっ……師匠とこのようにやり取りするのは、やはりいいものだ。国王になってからというもの、レイモンドのように余に変わらず接するものはごくわずかになってしもうたからのう。

 それにしても、我が師匠は相変わらず鋭い。『呪いの唯一の生き残り』であり、『女神の使徒』なのじゃ。興味を持つなという方が無理な話であろう? ちと試させてもらったが、なんとも賢く、興味深い子じゃ。将来が楽しみじゃのう、我が一族にぜひ迎えたいのう……」



「やっぱりそうであったか。ふん、お断りじゃ! ソフィーは次期辺境伯じゃ。王子に嫁がせたりせぬからな、諦めることじゃ」



 嬉しそうに話す陛下を呆れた表情で見つめながら、父上が陛下のとんでもない申し出をすげなく拒否していた。



「そうですよ、陛下。ソフィーは一人娘で跡継ぎなのです。冗談でも、王家にと言われるのは困ります」



 現当主として私も念押しで拒否しておく。家族以外には言いふらしていないが、ソフィーは自分の愚かさのせいで犯した間違いのために、いずれ惨殺される運命にあると言っていた。それを避けるためにまず勉強を頑張ると言っていたが、教師たちも驚くほどの勤勉さと優秀さを見せている。今のところ、私から見てもソフィーは次期領主候補として申し分ない素質を持っている。そこは何も問題がない。

 そして、間違いを犯したり、惨殺されたりするのだって、領内で私たちの目の届くところにいてくれればきっと助けられるだろう。どこに危険があるかわからないのに、自分の目の届かない王宮に入れる気などさらさら無い。たった一人の可愛い娘なのだから。



「くくく、二人して言わんでもわかっておる。王宮に迎えるというのは冗談じゃが、余にとってそれほど興味を引く人材だということは本当じゃ。だからこそ、王子たちにも引き合わせたいと思ったのだからな」



 陛下は悪びれもなくそう言うと、少し目を伏せながら自嘲気味に続ける。



「今までも、特に高位貴族たちを息子たちに会わせたことがあるのだがな……どうやら、余の時と違って、それがあまり良い影響を与えなかったようでな。あの子たちはすっかり貴族嫌いというか、他人と関わるのを嫌がるようになってしもうてのう。

 それが、エティエロのいたずらがきっかけとは言え、あの子たちからソフィア嬢に会いたいと言うてきたのじゃ。昨日の今日だったゆえな、急なことになってしまったが……あのソフィア嬢なら、息子たちに何かいい影響を与えてくれるのではないかと思うての」



「ふん、王太子が決まるまでは王子に関われない立場とは言え、儂の可愛いソフィーに勝手に期待されても困るぞ。そういうことは、王宮では王子の母親と専属教師たちの仕事じゃろう?」



 まだ幼いソフィーには聞かせられない内容だから、ソフィーを別室で待たせるのだと思っていたが、そこに王子を引き合わせたのはエティエロ王子のいたずらと陛下の思惑があってのことであったらしい。

 陛下には、隣国に嫁いだ姉君と現大公に嫁いだ妹君がいらっしゃるが、この国では王位継承権の優先権は王子にある。だからこそ、生まれたときから既に王太子であった陛下と、誰が王太子になるかわからない5人の王子の状況は似て非なるものなのだろう。本来はそこを弁えているはずの高位貴族が相手であったとは言え、いずれ起こるかもしれない権力争いを見据えて、それらの貴族が何かしら動いていないとは言えない。



「その通りだ。側妃たちと教師たちはよくやってくれている。しかし、王妃の病状は相変わらずで、その息子であるエティエロの教師はまともにまだ授業すらできておらぬようでな……」



「ああ、あのクソガキか。この前儂に、『おまえがちちうえの『師匠』だな! ちちうえのかわりに、おれがあいてをしてやる、けんをぬけ!』とかなんとか抜かして飛び掛かって来たやつじゃな。あいつは特にしっかり手綱を握っておかねば、後々厄介なことになるぞ」



 陛下がため息まじりに話すのを聞きながら、父上がさしたる興味も無さそうに言う。ああ、この前事前の打ち合わせの際に、たまたま中庭で遭遇した第3王子か。追いかけてきた教師に止められたにも関わらず、父上に飛び掛かってきた子だったな。そして、エティエロ王子のこと見もせずに半歩動いた父上のせいで、勢い余って止まれずに中庭の植木に突っ込んで行った、なんとも哀れで、無知とはかくも恐ろしいということを体現したような子だった。



 父上は、貴族にとって何よりも強いことが善であり、自力で民を守れない、弱いということは悪だと考える人だ。これはヘンストリッジ家全体の考え方でもある。特に父上は、その責任を負えるだけの鍛錬を積んでいない貴族なんか、貴族じゃないと思っているくらい極端な人だ。

 だから鍛錬もしていない、相手の身分も実力も測れない王子なんか、視界にすら入っていなかっただろう。その後も王子は父上に何かを喚いていたが、我々に平謝りする教師たちに回収されて行ったのだと思う。思う、というのは、陛下への報告を終えて帰るところだったため、王子を放置してさっさと立ち去る父上について私もすぐにその場を後にしたからだ。最終的にどうなったのかは、帰宅後に護衛の一人から伝え聞いただけなのだ。



「その話は教師たちから聞いておる。息子が無礼な真似をして済まなかったのう。余がそなたに憧れ、『死ぬまでに一度でいいから、師匠に剣を一発当てたい』と言っておったのを覚えておったようでな。全く、そなたの鍛錬を受けた余ですら未だに掠りもせぬというのに。命知らずの阿呆じゃ。

 フローラがおる間は、教師をみんな締め出して、自分一人でエティエロを教育しておったらしくてな。そのせいか、あの子はかなり偏った考えになってしまっておるようじゃ。

フローラは元々貴族としての責任感が強い女性だったが、あのエティエロのような周りを見下す姿は、少なくとも余の前では見せていなかったからの。なぜあの子がこうなっておるのか、余もわからず困っておるのじゃ」



「ふうむ。儂は相手の力すら測れぬ愚か者など興味はないが……あやつはまだ5歳であろう? 今からあの子が心を入れ替えて努力すれば、変われないことはなかろう。お主が直接手を出せぬのならば、使える者をどんどん使うのじゃぞ。何のために自分で『試して』まで集めた人材なのじゃ。

 儂は領の騎士団とソフィーのことで忙しいからの、いつもというわけにはいかぬが……お主が困っておるなら王都に来るときくらい、王子の根性を叩き直してもよいぞ。お主の時のように、色々へし折っても知らんがの」



 こめかみに右手を当てて目を閉じながら、困り果てた声で呟く陛下に父上が助け船を出す。そうだ、父上だって陛下の『趣味』で手酷く試された一人だ。その強さと忠誠心を試すため、陛下が7歳の時に自作自演の王太子誘拐事件を起こしたのだ。その計画に協力せざるを得なかった使用人と兵士を、たまたま陛下の鍛錬前の時間だったから用意していた木剣で、父上単独で全員なぎ倒したのだ。これが通常の剣を帯剣しているときであったなら、とんでもない事態になっていただろうし、前陛下が事件をもみ消すのも簡単ではなかっただろうが……



「くくく、余の『趣味』で集めた者は特別じゃからのう。もちろん、王宮におる者は既に動かしておる。だが、レイモンドがこちらにおるときだけでも協力してくれるなら、これほど心強いことはない。そなたが本当に良いなら、王子の臨時特別講師として登録しておこう。

 そなたに剣の指導を受けるなど、そのような機会は王都の騎士団でさえ滅多に望めることではない。余の師匠なのだ、他の教師よりもエティエロだって言うことを聞くであろう。だが、あの子を含めて舐めた真似をする者がおれば、余が生意気な子どもであった時のように徹底的に叩きのめしてもらって構わぬ」



 たった一人の王太子としてちやほやされていた陛下は、父上が剣の指南役になったばかりの時に起こしたその事件を境に、剣の指導を通してみっちりと色々な面で叩き直されたらしい。その『趣味』だけは直せなかったらしいが、最低限実害を出さずにこっそりとやるくらいには抑えられているらしい。表には出ていないところで、現在は賢王と呼ばれる陛下にも色々あったようだ。



「王都に来たついでだけじゃ。このためにわざわざ呼ぶでないぞ」と父上が不満そうに、でも陛下の力になれるのはまんざらでもないというような複雑な表情で釘を刺したところで、時間を知らせるように指示された使用人の一人がノックとともにこの部屋に入ってきた。そして、ソフィーが別室に移動してからそろそろ30分が経つことを伝えてくる。もう重要事項の報告はとっくに終わっていて、今やっているのはただの雑談だ。これ以上ソフィーを慣れない場所で待たせるべきではないだろう。



「陛下。今日のところはこれくらいにして、そろそろソフィーを迎えに行かせていただきたいのですが、よろしいでしょうか」



「そうじゃな。余の個人的な話までして悪かった。師匠がいるから、つい余計なことまで話してしもうたが……本来この立場で言うべきではないこともあったの。ここでの話は、この場限りじゃ。レイモンドとアランなら、余は心配しておらんがの」



 私の申し出に、陛下はわずかに笑みを浮かべながらそう言うと、ベルを鳴らして使用人たちを呼ぶ。私と父上はそれぞれ陛下に挨拶をし、案内を任された使用人について部屋を後にした。








「やはり、我が師匠には頭が上がらないのう。エティも、他の4人もレイモンドの剣から多くを学んでくれるといいのだが……

 ……それにしても、ソフィア嬢は不思議な子じゃ。何度目を凝らしても『未来が見えない』者など、初めてじゃ。『女神の使徒』だからかのう。あの子がどうなるのか、ほんとうに楽しみじゃのう」



 陛下は、専属の執事を除いて誰もいなくなった部屋でソファーに身を預けると、その金色の目をぐっと細めながらそう呟いた。そして、じっと考えを巡らせるかのような表情を浮かべた後魔導ペンを取り、執事が用意した羊皮紙に隣国への親書をしたため始めた。

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