人の先
白野 音
完璧な私
「ほんと最低だよ。」彼女達は言う。
そう、と私は適当にあしらいその場を離れる。冗談抜きで50回以上はその言葉を言われた私にとってそれはもう私を傷つける言葉ではなくなってしまった。
人は弱い者を叩く傾向にあると私は思い実験をしてみた。なぜかと言うと私が悪いと思ったとたん話してる人は感情論で間違ってると言ってきたことがあった。だから私はあえてそうするよう仕組んでみた。実験は大成功だったよ。仕組まれた装置に乗って感情論で話してる姿といったら滑稽以外のなにものでもなかった。ここで私はやっぱり他の人より優れていると感じた。
自分が優れていると思ったきっかけはある日の少しの違いだった。
高校生で今というこの時期が一番辛い。暑さで体は動かなければ身体中汗でべとべとだし男子からは変な目で見られるし。さらにはテストがあるしで散々だ。朝ごはんは自分が作らなきゃいけないため朝早起きをしなければならないし、夜はテスト勉強で忙しい。本当に困ってる。
テストが終わり、普通に家に帰ろうと思って自転車のペダルに足を踏み込んだ時、なにかが私のなにかを奪っていったようなそんな感じがした。とてつもなく変な気分になり、気晴らしに自分の好きなゲームセンターに行くことにした。
私はゲームが好きだった。いや、今もゲームが好きなのだけれども。その日の帰りは行きつけのゲームセンターに寄った。勇者とお供のモンスターをつれて敵モンスターと戦うというカードゲームをいまだに好きでやった。
ただその日はなにも感じなかった。レアカードを出した、大魔王も倒せた、なのにその日の心は空っぽでなんだか虚しくなるだけだった。いつもはニヤケ顔が隠せないくらい幸せで幸福だと感じたその瞬間は今日にとってはただ過ぎていっただけだった。その後いろんな出来事があった。学校でイベントがあったり、好きな映画を見に行ったりと。でもなんだか空っぽで楽しかったとは思えなかった。
自分は感情が薄くなったようだ。あの日以降楽しいと感じたこともなければ悲しいと感じたこともない。ただいつも感じる虚無感と毎日の既視感、あれほど楽しかった毎日がなんともつまらなかった。そこで思った。逆に考えれば感情の大部分を捨てられたんだということに。感情があるから人は感情論で怒鳴るし、感情があるから悲しくなる。感情がなければそんなことない。ほかの人間が出来ないことを私は出来てるんだと思い久しぶりに気持ちが昂った。
私の親はご飯なんか作ってくれないし服の洗濯だってやってくれない。でもそんな親に感謝しようと思えた。こんな完璧な人になれたのだから感謝するしかない。
でもまだ厳密に言うと完全に完璧とは言い切れないと思う。なぜって感情が全て捨てきれてないからだ。だからその部分を他のことで補うことにした。無駄があってはいけないから効率的に生きようと考えた。
まずは友達。今までは気を遣う人とも仲良くしていたが今となっては必要ない。私のが優れているのだから。それからは気遣う必要のない人とだけ仲良くするようになった。イケメンでも美人でもブスでも見た目はなんでもいい。気を遣わない人を選んだ。それから気遣う必要があった人とは私が悪いように見せかけて縁を切った。全て計算しつくされているから全くその通りに動いてくれた。そのため実に愉快だった。もちろん最初の頃は傷ついた。最低の一言でもすごく痛かったが、今となってはなにも感じない。道端に出ている石ころを蹴飛ばす気持ちだ。自分が優位であれば感情論で怒鳴るという実験にも成功した。どう考えても私のがこの人間たちよりも上だと考えるよりほかなかった。
気遣う友達がいなくなってからというもの、とても生きるのが楽になった。誰に気を遣わなくてもいい。今までは友達関係で病んでしまうことがあったがそれともおさらばだ。実に気分が良くなった。まるであのときのゲームをしてた感じの高揚感というかなんというか、ただただ幸せだった。
この気持ちをもっと味わいたかった。だからもっと効率的に生きるようになった。勉強、運動、ゲームなど全てのことの無駄をなくした。完璧だった。私は完璧になれたと実感した。
教室でのんびりと飲み物を飲んでいるとき「井原くんイケメンだよね」友達が元気にそう話していた。私は恋なんて必要はないと思ってるしどうでも良かった。それに愛なんてものが分からなかったから適当に相づちを打っていた。その時ふと黒板に貼ってあった一枚の紙に目を奪われた。そこに書いてあったのは要約すると自分のすごいところを自慢する作文を募集している、ということだった。鳥肌が立った。これで私が他の人よりも優れていると証明できる、と。それからこの作文を書くことにした。クラス内選考から学年別選考、全学年選考から県選考まであるが一番上まで行ける気がしてくる。私こそが完全で完璧な人間なのだから。
結果は学年内選考落ちだった。発表者の中には結構な人気を持っている男子がいて、きっと友人票で負けたんだなと思わざるをえなかった。可哀想に。私より下なのに上に行ってしまうなんて。彼の黒歴史になるなと思った。まあなんでも良いんだけれど。
結果で言うと私が完璧だということを発信できなかったわけだ。別に悔しいなんて思ってなく、ただ不思議な感覚がまとわりつく感じがした。その時どうすれば他の人に私が完璧だということを知ってもらえるんだろうと考えた。
それは実に簡単なことだった。なんでこんなことに気がつかなかったのだろうと思うくらいに。他のみんなが出来ないことをすれば私が優れているということを証明できるということを。そこでもっと考えてみる。他人ができないことはなんだと考えてみると意外と難しかった。数十分考えて分かった。これだ、と思った。これをやってみることにした。
朝、クラスにはいつも通り同じクラスの人と他のクラスの人とが仲良さげに話している。ホームルームが始まる5分前、ちゅうもーくとクラス全員に聞こえるくらいの大きい声を出して私は黒板の前にある教卓に座る。みんながこっちに注目しはじめる。なんという高揚感だろうと思った。
私が導きだした答えは他人ができないことで他人より優れてるんだってパッと証明できること。
つまりはこうだ。
私は死んでみることにした。
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