第一節三款 災厄の日
ジリリリリリリリリリリ……
三人で話していれば、突然二關のポケットからベルの音が鳴りだした。
手運び式の通信機〈魔法通信機〉と呼ばれる元の世界で言う電話機だ。
ボイスチャットをこの世界に落とし込むための苦肉の策とも言える代物だ。それが突然鳴り出した。
「ぁ、もしもし、桶口ですけど……」電話口の声は少し震えている様に聞こえた。
「桶口さんか、どうしました?」
「羽田のエプロンなんだけど…… これは何て説明したら良いのか。土地だけ残って建物も転移装置も消え去ってる」
「ぇ…… わかりました。どうしましょうか…… とりあえず本館に戻ってきて下さい」
羽田エプロンが消え去っている……。エプロンとは都市間の移動用の転移ゲートだ。元の世界の空港がある場所に存在している。
「四藏さん、電話機は使えます。直ぐに原さんと連絡を取ってください。各地のエプロン状況の情報収集をさせてください」
近場のエプロンだと…… 成田か。低価格の近距離用の百里と調布。消え去ったのが羽田だけなのか。もし他のエプロンも消え去っていれば、移動が出来なくなる。
―― これは大問題だ。
元の世界の様に整備された道路も、鉄道も、自動車もバイクも存在しない。馬は居るが生モノだ、物の様に使えない。
〈魔法通信機〉が使えるのだから連絡のやりとりについては問題ない。
ただ、人や物の移動はかなり制限される。元の世界では30キロ、50キロの移動なんて苦労しなかった。
元の世界では当然だった事が出来なくなる。どうしたら良いのか……。
それに、財団の海外拠点はどうなる。それよりも海外拠点にホームを置いていたメンバーは今どこに居るのか……
羽田エプロン消失。そして海外の拠点に居たメンバーの事を考えていたら、突如としてドアが開いた。
ドアから入ってきたのはダンジョンに出ていた部隊の隊長だった。
「
「どうにかダンジョンの外まで撤収は出来た。清水に隊長代理を任せて北千葉に撤収中だ。損害は正確ではないが十八人をロスト、二十人程度が負傷した。それより光郁、どうなってんだよこりゃ」
二人とは同じ学区内に住んでいて、幼小中高大と全て同じ所に通った何でも話せる親友である。悪友と言うか鎖縁。三人の誰か一人が離れようとしても結局またつるんでしまう。そんな仲だった。
この情勢下でそう言った友人が居た事は唯一の救いだった。
「僕も明久も四藏も。誰も状況は把握できていない。今把握の為に理事全員で情報収集のために出払ってる。」
「そっか…… そうだよな……」そう言うと、西舘は黙り俯いてしまった。
「
「晶郁の事なんだけど……」
唐突に淳の口から弟の名前が出た。そして思い出した、弟もダンジョン攻略の作戦に参加していた事を。
「…… 晶郁も巻き込まれてたか…… で、晶郁が何だって?」
表向きは平静を装おうとしたが『まさか死んだのか?』と言う考えが一瞬頭を過ぎり、腰が抜け椅子に座りこんでしまった。
「頭部を小鬼に殴られたみたいで…… 意識が戻らない。脚も…… 骨折していそうな感じで。一応固定して北千葉に撤収中だ」
「そっか…… 死んではないんだな。良かった…… 治癒魔法でどうにかならないのか?」
この世界には治癒を含め魔法が存在した。
様々な魔法が存在し、それこそWIKIの更新が追いつかない程度に。
ダンジョンに出る際には大体六人に一人くらいの割合で治癒魔法を使える所謂ヒーラーと呼ばれる人員が配置するのが定石だった。
「治癒魔法も使ったけど、顔色が良くなったくらいで解決しなかった。俺も気にかけてあげてれば……、俺自身の事と撤退の指示で手一杯だった。守れなくてすまなかった」西舘が涙を眼に蓄えながら自分に深々頭を下げていた。
「淳くん、この状況だから気にしないで良いよ……」しょうがない。
自分も何も出来ていない…… むしろ部隊の撤収を指示出来た淳くんの方が優秀で勇敢だ。それよりも気になる事があった。
「おい西舘、転移石は使わなかったのか?」四藏がそういえばと呟きながら質問した。
このゲームには〈転移石〉と呼ばれる緊急撤退や拠点間移動などに使えるアイテムがあった。
「転移石は使えなかった。と言うかどこを探しても見つからない。誰一人として持っていなかった」淳くんがそう答えるものだから一守は驚いたような顔に、四藏も「マジかー」と呟きながら頭を抱えていた。
転移石が使えないと言う事は緊急撤退も、通常移動では時間がかかる場所への移動に制限がかかると言う事だ。
羽田ゲートの消失と合わせて考えれば転移系の魔法が使えなくなったと言う事だ。
項垂れていてもしょうがない。現時点での戦闘経験の感想は貴重だ。
「モンスターへの攻撃はどんな感じだった?」淳くんに戦闘時の状況について質問したら大まかな状況が見えて来た。
西舘自身も詳しく状況は把握しきれいていないが、剣を当てれば切れるし、魔法についても使いたい物を強くイメージしたりゲーム時代の技名を発音し杖等の魔道具を振えば発動する事が出来たそうだ。ゲーム時代のレベルが高ければ高い出力が出る。元の世界にいた時より走っても疲れないらしい。
「火事場の馬鹿力かも知れないけどな」そう最後に付け加えられた。
「それとここに来るまでなんだけど……」戦闘状況の説明が一通り終わった後、淳くんが切り出した。街中の治安の事だ。
西舘が〈江戸川濕地〉と呼ばれるダンジョンから〈麹町エリア〉現実世界なら東京都千代田区にある日の出財団本館までに来る間、いくつもの探検家同時のトラブルや襲撃等を目撃したとの事だった。
確かに窓から頻繁に怒号が聞こえてくる。
欧州風の建物をギルド本部に使用している日の出財団。周辺が二階、高くても三階建の木造建築に囲まれている中、六階建ての本館ビル。その最上階にあるこの会議室。
そこまで怒号が届くのだから相当の騒ぎだ。
「そうなってくると北千葉に向かってる連中がヤバいかもな……」四藏が要らぬ事をボヤいた。
負傷者を抱えた一団が街道を歩いている。確かに襲撃するには格好の的だ。
「戻って来たばかりで申し訳ないのだけど……」心を開ける親友を出来れば側に置いておきたい。しかしそうも言っていられる状況ではない。
「淳くんは撤収中の人等と合流して北千葉に戻って拠点防衛に努めて下さい。何が起こるかわからない。他の拠点にも通達を……」とにかく今は、日の出財団と言う組織を立て直さなければならない。
一通り西舘に指示を出した。各拠点との通信体制確立や拠点防衛計画の策定、装備の補充と備蓄、そして戦闘訓練。
淳くんには悪いとは思った。ダンジョンから生還し本部まで戻ってきた直後に軍事拠点とも呼べる場所に行ってくれなんて。しかし休んで悩んでいる暇はない。
約六十名でダンジョンに突入、三十名近い人間が死傷した。そして街中で相次いでいるらしいPK。
何が起こるか分からない、身を守る行動を最優先にしなければ……
それに、晶郁の件もある。自分で行きたいがとても抜け出せる状況では無い。淳なら信頼できる。
「西舘さん、ギルド間の抗争に備えて戦闘訓練を行って下さい」四藏君が突然口を開いた。
「ギルド間抗争って……」一守の表情が固まったが四藏は続けて発言した。
「全員が混乱している状況だ、ギルド単位での略奪行為、後先考えず暴動なんて事もあり得る……」四藏は淡々と説明した。
元はゲームの世界。我々は混乱している中であってもある程度は、現在のところ落ち着いて事に当たれている、
しかし全員がそういうわけではない。中にはゲーム内の感覚でPKをしている者も居るかもしれない。死ねばホームで生き返るだろうが、死にどの様なリスクがあるのかわかっていない。
「……。承知した」
少しの間の後、淳くんは自分と四藏の指示を受け入れてくれた。
「財団の備品は財団の予算で揃える。合流前にある程度の資金を両替商から下して構わない。どうせ余らせていたし。大丈夫大丈夫、どうにかなるさ、行った行った」手をヒラヒラさせて自分は淳くんを部屋から追い出した。
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