猫好きロボットくんと猫好きユキちゃん

 4月15日 土曜日





 バイト帰りの空は茜色になっている。


 今日が1日の終わりに向かっている。

 休日はなぜこんなにも短く感じるのだろう?



 まー、考えても何も変わらないが。

 帰ってゲームの続きでもするか。



 僕はそう思いながらも、最寄り駅とは反対側へと向かっていた。


 目的地は、喫茶店から10分。高校から5分のところにある捨て猫が集まる廃墟だ。


 僕はバイト日になると、習慣として20匹の猫たちに会いに行く。

 癖みたいなもので自然と足を運んでしまう。



 今日も猫たちは元気してるかな?



 僕はそんなことを思いながら、廃墟へと向かった。





 夕方のボロボロの木造住宅って、雰囲気あるな。


 僕は廃墟に着き、何回来ても慣れない外装を眺めていた。


 ホラーゲームでよく出てきそうだ。


 住宅街の一角にあるのに不思議なくらい静かだ。



 僕が廃墟の敷地に入ると1匹の三毛猫が出迎えてくれたり



 「今日も来たぞ」



 僕は猫に向かって挨拶をした。

 当然のことながら返事はない。その代わり、頭を僕の足に擦りつけた。



 とても可愛いい。そして、癒される。

 バイトの疲れを回復してくれるオアシスですね、ここは。



 ニャー ニャー



 三毛猫は甘い声で僕に何かを訴えている。

 たぶん、遊んでほしいのだと思う。



 「皆のところに行ってからな」



 僕は三毛猫と一緒に、他の猫たちが集まる場所へと向かう。


 それにしても、今日はいつもより出迎えが少ないな。


 先客でもいるのか?

 近所の誰かかな?


 僕は何気なく推測を立てながら、ゆっくりと三毛猫の歩幅に合わせて歩く。





 夕方から夜に向かう空の下、廃墟で僕は1人の存在を確認した。


 猫たちと戯れるその人は、僕に背中を向けているため顔を確認できない。


 この人が先客だったか。


 しかし、茶色の長髪で体が小さいことから小学生くらいか?

 中学生という可能性もある。

 まー、少女という年齢くらいの子だろう。



 僕は少女に、恥ずかしながらも挨拶することにした。


 ここで帰ってしまったら、猫からの癒しが得られない。

 それに、この少女に猫たちが懐いている。たぶん、何回か来た時があるのだと思う。

 それなら、僕と少女は同士だな。

 勝手に決めつけたら怒られそうだが。


 話しかけても迷惑にはならないだろう。



 「こ、こんばんわ」



 少女は、僕の言葉に身体をピクっとさせた。


 お、驚かせてしまっただろうか!?


 この時間に廃墟で人と会うのは、怖いものがある。


 まずは、僕が無害なことを伝えるべきか。



 「あっ、僕は一晄と言います!あだ名はロボットと言います。で、その決して不審者とかじゃなくて――」

 「ロボット・・・・・・先輩?」



 少女は僕のあだ名に反応を見せた。


 ん?

 先輩?


 少女は立ち上がり、体を反転させた。


 僕の正面に立つ少女、それは林木さんだった。



 「えっ、は、林木さんですか!?」

 「そそそうですよ!  あっ、本当にロボット先輩でしたか!」



 林木さんは純粋に驚いてる表情をしている。

 話を続けたそうだが、何を言えばいいのかわからないという顔にも見える。


 そういう僕も言葉をつまらせているのだが。

 休日に林木さんと会うとは思っていなかったし。



 数秒の沈黙。



 この間、20匹の猫たちは好き勝手遊んでいる。

 そのため、林木さんに擦り寄る猫や、鳴いて話を聞いてほしそうな猫たちが集まっていく。


 そのおかげか、林木さんは緊張がとけたような顔色へと戻った。



 「ロボット先輩はどうしてここに?」

 「その、僕はバイト終わりにここへ来るのが習慣で」

 「そうだったんですか!?」

 「は、はい。林木さんはどうしてここにいるのですか?」

 「えっとですね、入学式の日に校門を出たら1匹の猫がいて、着いて行ったらここへ来ました。それで、ここ数日は毎日、猫さんたちを見に来ています」

 「なるほど、だからなのですね」

 「えっ、どういうことですか?」

 「あっ、いや、深い意味はないです。単純に猫たちが林木さんにとても懐いていると思いまして」

 「そ、そう何ですね。何だか嬉しいです!」


 

 林木さんは恥ずかしそうに微笑んだ。

 

 僕はその笑顔を直視するのは当然ながらできないため、顔をそらしてしまった。

 毎回、こういう反応をしてしまっている自分が情けない。


 林木さんを不快にさせているに違いない。

 本当に申し訳ないです。



 「あっ、すいません。せっかく、ロボット先輩、猫さんたちに会いに来たのに私と話してたらつまらないですよね!」

 「い、いえ! そのようなことは」

 「私に遠慮しないで猫さんたちと遊んでください! 私はそろそろ帰るので」



 そういう林木さんは、何だか焦っているように見えた。


 これはやはり、僕が素っ気ない対応をしてしまったからなのか?

 だとするなら、ここは僕はどういう対応を取るべきだ?


 引き止めるべきか。

 いや、これから本当に用事があるなら悪いだろ。

 それに林木さんが僕と一緒にいても楽しくないと思う。


 それなら、ここでかける言葉は決まっている。



 「はい。わかりました、気をつけて帰ってください」

 「はい。ロボット先輩、さよう‥‥‥また明日です」

 「ま、また」



 林木さんは笑顔のまま、一礼する。

 

 僕の返事はこれで良かったのだろうか?

 いや、考えても答えは出ないか。



 ん?

 林木さん、また明日といったように聞こえるが。

 聞き間違えだろうか?



 林木さんは猫たちの頭を優しく撫でていく。


 僕の瞳に映る光景は絵になる。

 林木さんが猫たちに向ける顔はとても可愛らしい。


 そして撫で終わった林木さんは、再び僕の正面に立つ。

 先程とは雰囲気が変わり、僕の顔を慎重に覗っているように感じる。



 「ロボット先輩。帰る前に1つだけ質問をしてもいいですか?」



 僕は少し考えた後、小さく頷いた。

 それを確認した林木さんは数秒間、口の中に言葉をためているように見えた。


 そして、ゆっくりと口が開いた。



 「もし‥‥‥もし、困ったことがあったら相談してもいいですか?」



 林木さんの表情の印象とは違い、声色はどこか哀愁を感じた。

 


 林木さんが僕に相談!?

 僕みたいな人間でもいいのだろうか?


 いや、今の林木さんを見ていれば答えは決まっているか。



 「はい。僕でよければ」

 「あ、ありがとうございます! その、まだ会って間もないのにこんなお願いをしていまい、すいません」

 「あ、誤らないでください。困ったことがあればお互い様です。い、いやっ、このお互い様というのは忘れてください! 僕と林木さんがお互い様って、調子にのり――」



 僕が焦って弁解を試みている時、林木さんは静かに笑い声を出した。


 とても穏やかで、甘美なメロディーのような。


 

 僕はよく、「お互い様」という言葉を使ってしまう。

 これは、お互い同等だぞという場合に用いるため、僕と林木さんにはこの言葉は不釣り合いだと思った。

 そのため、訂正しようと思ったが、笑われてしまった。



 「やっぱり、ロボット先輩ですね! 今日はこれで失礼します。また明日です!」



 そう言い残し、林木さんは廃墟の出口へと向かって行った。



 僕は林木さんがいなくなった後、数十秒間、硬直していた。


 緊張した。


 我に返ると、猫たちが僕を呼びかけているのに気付く。



 ニャーニャー

 ニャー


 ニャー



 わかった、わかった。

 焦るな、焦るな。



 僕は猫たちの元へ足を運んだ。



 林木さん、最後、「また明日」と言っていた気がするが?


 今度は聞き間違えではなかった。



 「また明日」 か。

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