青春ロボットくんと巻き戻りユキちゃん

Re:語らないロボットくんと語れないユキちゃん

　４月２８日　金曜日

　代わり映えのしない日常。

　高校生活２年目はあっという間に１ヵ月が過ぎようとしている。

　今日は帰ってゲームでもするか？

　僕は下駄箱で靴に履き替え、外へと出る。

　そういえば――変わったことと言えば、１つある。

　今年の入学式に出会った、新入生の存在だ。

　その新入生は女子生徒で、名前を林木さんと言う。

　林木さんは、数年に１度の逸材と断言できる可愛さを有している。

　身長が小さく、くせ毛の長髪。

　何より、愛嬌を十二分に持ち合わせている。

　林木さんは入学式の時、僕に突然話しかけてきた。

　その後、高校やバイト先で会う機会が多かった。

　自分自身、１ヵ月の間で驚くほど話したと思う。

　去年の何もなかった高校１年生と比べれば、林木さんと出会えたことは大きな変化と言える。

　しかし、林木さんは僕のことをどう思っているだろうか？

　知り合い？

　顔見知り？

　まさか、他人という答えではないと願う。

　僕は眼鏡で根暗の容姿をしているからな。

　モブキャラ中のモブだ。

　入学式、林木さんが僕に話しかけてくれただけで感謝するべきか。

　僕は曇り空をぼんやりと眺めながら、校門に向かい歩いている。

　運動部の活気のある声や、吹奏楽部の楽器の音色が聞こえてくる。

　高校生らしく青春しているのだろうな。

　僕には疎遠の世界だが。

　「もう５月になるのか。そういえばその前に――」

　その時だった。

　「ロボット先輩！」

　僕の背中から聞き覚えのある声がした。

　惹きつけられる可愛らしい声。

　僕の足は自然と止まった。

　後方を確認すると、林木さんが駆け寄ってきていた。

　「あっ、は、林木さん？」

　「ロボット先輩。えっ、えっと、今日はお帰りですか？」

　「はい」

　林木さんの話すスピードはゆっくりなため、オルゴールのような心地よさがある。

　それにしても、僕の返答は素っ気なかっただろうか？

　高校で話せる女子は、林木さんくらいだろう。

　ここは僕も何か言い返すべきだよな？

　「林木さんも帰りですか？」

　「えっ？　あっ、はい！　そうです。えっと、ロボット先輩。少しだけお時間ありますか？」

　「大丈夫ですよ」

　「あの、ロボット先輩にお礼をしたくて」

　「お礼ですか？」

　僕は首を傾げ、林木さんの問いかける。

　「先日の忘れ物をした時に助けてもらえたので」

　忘れ物‥‥‥あっ！

　そういえば、林木さんと一緒に夜の高校に入ったな。

　僕は声に出さないが、納得して頷いた。

　すると林木さんはにこっと微笑み、手提げカバンに手を入れた。

　林木さんは目当てのモノを掴んだのか、僕の顔を恥ずかしそうに確認する。

　頬を美しい紅色に染めている。

　林木さんはカバンに入れた手を、ゆっくりと上げていく。

　そして、手にしていたモノの正体が現れた。

　綺麗な茶色い焼き焦げがあるクッキーだ。

　丁寧に透明な小袋に入れられ、可愛らしくラッピングされている。

　市販品と言われても、納得するだろう。

　えっ、これって？

　「不格好ですけど。えっと、ロボット先輩にお礼をしたくて作りました」

　「は、林木さんの手作りですか？」

　「えっ？　そうですよ」

　林木さんの手作りだと！？

　これが世に言う、女子の手作りクッキーか。

　僕は人生初めてもらえるのか。

　僕の人生は劇的に変わっているのではないか？

　いや待て。

　林木さんは、お礼と言っただけで、渡すとは言葉にしていない。

　浮かれてしまったが、本当に手作りクッキーをもらえるのか？

　「ロボット先輩、簡単ですがどうぞっ！」

　林木さんは僕に子袋を差し出した。

　渡される小袋を僕は、震える手を抑えながら受け取った。

　もらえた。

　本当に林木さんの手作りクッキーをもらえた。

　始めて女子から手作りのモノをもらえた。

　この感謝、僕はどう表現すればいいの？

　「ありがとう」とだけ言えばいいのだろうか。

　さすがに味気なさすぎる。

　しかし、返事を待たせているのも悪いよな。

　ここは素直な気持ちを伝えよう。

　「林木さん、本当に嬉しいです！　ありがとうございます」

　僕はいつもより声を大きめにして発言した。

　僕の言葉を聞いた林木さんは、赤面だが優しい笑顔になった。

　その表情に僕の心臓がときめいた気がした。

　いや、この笑顔を見てときめかない人間がいるとしたら、僕は声を大にして言いたい。

　あなたの目は汚れている、と。

　林木さんの感情が伝染したのか、僕も徐々に恥ずかしくなってきた。

　それに思い返せば、ここは学校内だ。

　僕は辺りを慌てて見渡した。

　誰もいない。

　良かった、ここで誰かに見られていたら恥ずかしさで逃げてしまったかもしれない。

　それに、林木さんが僕と話していたらクラスメイトに何を言われるかわからないよな。

　迷惑はかけられない。

　僕は安堵から深く息を吐いた。

　「あっ、あの、もしかしてクッキーは嫌いでしたか？」

　「えっ？ち違いますよ！　嬉しくてです！」

　「それなら良かったです！　えっと、ロボット先輩」

　林木さんが僕を呼ぶ声。

　何かいつもとは違うような気がする。

　僕は林木さんの顔を目視すると、表情からは笑顔が消えていた。

　「えっと、入学式から１か月経ちますね。１ヵ月は長いようであっという間ですね」

　「えっ。そ、そうですね」

　「本当に‥‥‥」

　林木さんは、何かを囁いた。

　あれ、途中から聞き取れなかった。

　やはり、普段と違う声のトーンだよな？

　僕は林木さんの顔を確認した。

　そこには――

　悲しいような

　焦っているような

　困ったような

　嬉しそうな

　感情がつまった表情の林木さんの顔があった。

　僕の視線に気付いた林木さんは、すぐに笑顔を上書きする。

　「あっ、何でもないです！　気にしないでください」

　「えっ、はっはい」

　そして、会話は途切れた。

　２人の間に静かな時間が訪れる。

　この間はまだ慣れない。

　林木さんはこれで用事が済んだのだろうか？

　それなら、ここは普通に 「さようなら」 と言うべきか。

　いや、無難すぎる気もする。

　しかし、ここで「これからお茶する？」って言えるほどのコミュ力はない。

　それなら、ここは無難に行くべきではないのか？

　よし、言うぞ。

　「は、林木さん。僕はこれで」

　「あっ、そうですよね。足を止めてしまってすいませんでした」

　林木さんは慌てて、お辞儀をする。

　これで良かったのだろうか？

　いや、このまま話を進めよう。

　「じゃ、じゃーさようなら」

　僕の言葉を聞いた林木さんの顔からは、笑顔が消えた。

　正確には笑顔であるが、笑っているように見えない。

　そして、ゆっくりと小さい口が開いた。

　「ロボット先輩、１ヵ月ありがとうございました。私、この１ヵ月のロボット先輩とのことは忘れません。これでさようならじゃないですよね？」

　林木さんは辛辣な顔で、問いかけてくる。

　真剣で焦っているようだ。

　僕がこの場でかけるべき言葉は――

　その瞬間、先日の林木さんの告白の１件がフラッシュバックした。

　僕が言える立場かわからない。

　でも、林木さんの困った顔は見たくない。

　それならもう、言うべき言葉は決まっているのじゃないか？

　「さよならじゃないと思います。もし、もし僕で良ければ相談にのります」

　「えっ？」

　「お役に立てるかわかりませんが」

　林木さんは驚いた表情に変わった。

　徐々に落ち着いていくと、ようやく笑顔に戻っていってくれた。

　「ありがとうございますロボット先輩、次からはその、困ったことがあったら相談してもいいですか？」

　「はっはい！」

　「もし‥‥‥いえ、なんでもないです」

　林木さんは途中で言葉を呑みこみ、自分自身の意思を止めた。

　顔色はすっかり元に戻り、普段通りの笑みになっている。

「ロボット先輩。ありがとうございました」

　こんなにも感謝されるのは初めてかもしれない。

　今日の林木さんは不思議なくらい、僕に「ありがとう」と言ってくれる。

　そんな些細なことを僕は思った。

　まー、長い学校生活だ。また、すぐに会える。

　ゆっくりでいいから仲良くなれれば嬉しいな。

　僕は林木さんに会釈を済ませ、校門へと向かった。

　僕の高校２年生の１ヵ月目は、終わりを告げた。