第152話 魔王様のおしゃべりクッキング


 各々の班に分かれ、料理作りが始まった。



 とは言っても皆、現代の料理など知らないわけで、そのままじゃ何も進まない。

 だから俺が見て回って作り方を教えたり、実際にやって見せたりした。



 まずはパン作り班だな。

 結構、このパンが重要。



 ハンバーグの繋ぎやコロッケの衣にパン粉を使うから、まず最初に出来上がっていないといけない。



 担当であるプゥルゥとイリスの所に進み具合を見に行くと――二人はただ棒立ちでいるだけだった。



「二人共、何してんの? 材料は?」

「あっ、マオウさま、それならいまマゼてるところだよ」



 プゥルゥが朗らかに言った。



「混ぜてる? どこで?」

「ここ、ここ、ボクのおなかのナカだよ」



「なっ……」



 見れば彼女の透明な体の中で一塊になったパン生地がクルクル回っていた。

 まるで洗濯機に放り込まれたみたいな感じだ。



 あ、でも自動パン焼き器とかって、こんな感じにクルクル回って生地を混ぜる仕組みなんだよな。理にかなっているといえばそうなのかもしれない。



 手も汚れないし、便利だ。

 ただ、そこがスライムの体内ってところだけが気になるけど。



 そんな訳で手の空いているイリスは、することが無くてぼんやりとしていた。



「イリスは鬼サルマ芋を蒸かしておいてよ。あと、オニル葱をみじん切りにしておいて。両方ともコロッケに使うから」

「分かった……」



 彼女は説明すれば案外テキパキ動いてくれる。



「それが終わったらプゥルゥがこねた生地を小分けにしておいてね。発酵させるから」

「うん……」



 よし、彼女達はこれでOK。

 次はキャスパーとリリアのラーメン班だ。



「どんな感じだい?」

「はい、魔王様の仰っていた通りにしたつもりですが。このような形になっております」



 キャスパーは糸でぐるぐる巻きにした肉の塊を見せてきた。

 結構、仕事が丁寧で綺麗に巻けている。



 ちなみにこの糸は森で採れる糸状の植物で、見た目も頑丈さも凧糸にそっくりだったのでチャーシューの形を整えるのに使ってみた。



「なかなか上手いじゃないか」

「お褒めに預かり光栄です」



 キャスパーはこういうの得意みたいだ。



「あとは手持ちのスパイスなどを調合して、煮込みに入ります」

「ああ、よろしく頼むよ」



 彼は任せておいても大丈夫そうだ。

 では、リリアの方はというと……。



「灰汁が出たら掬う……灰汁が出たら掬う……灰汁が出たら掬う……」



 鍋で茹でられている骨の灰汁をひたすらお玉で掬っていた。



 それだけなら、なんら問題は無いんだけど、彼女の場合は微塵の灰汁も許さないようで、少しで灰汁が水面に浮こうものなら親の敵のように掬っていた。



「そこまできっちり掬わなくても……少しくらい残っていても大丈夫だよ」

「いえ、それは美しくありません。私はそこの灰汁がある限り掬い続けます」



「そ、そう……なら止めないけど」



 案外、神経質な性格のようだ。

 鍋に視線を置いたまま、他には見向きもしないで、ぶつぶつと壊れた機械のように呟いている。



「灰汁が出たら掬う……灰汁が出たら掬う……」



 なんだか、凄くクリアーなスープが出来そうだけど、掬い過ぎて何にも無くなっちゃった! ってことにはならないで欲しい。



 ちなみに麺の方は同じ小麦なので、効率を重視してプゥルゥに別枠でこねて貰っている。



 さて、次はアイルとシャルのハンバーグ班だけど……。



「くくくく……ミンチ……ミンチ……ミンチィィッッ!」



 アイルが愉悦の表情を浮かべながら、肉に何度も手刀を突き刺していた。

 どうやら血肉が彼女のサディスティックな部分を刺激してしまったらしい。



「ふははは……肉よ……藻屑となれぇっ!」

「……」



 ダメだ……目が逝ってしまっている。

 でも、肉は見事に丁度良い感じの挽肉になっていた。



 刃物や道具を使わず、よく手刀であそこまで細かく挽けたもんだ。

 その辺はやっぱり魔物としての力なのか?



 まあ挽肉については一部を除いて問題無いので、このままにしておこう。

 じゃあシャルの方はというと……。



「サクッ、サクッ、サクッ」



 口に出しながら、なんだか楽しそうにオニル葱を刻んでいた。

 特段、手元が速いというわけではないが、淡々とマイペースでみじん切りを作っている。



 しかも大きな瞳を見開いて、顔をまな板に近づけて切っている。



 オニル葱って玉葱にそっくりな植物だけど、あれで目に染みないのかな?



「ねえ? そんなに至近距離で切ってて目が痛くならない?」

「あ、魔王様。それなら全然大丈夫だよ。私、死んでるから痛覚無いし」



「あ……そう」



 心配するまでもなかった。



 これでざっと全部を確認したけど、なんとか思っていた通りの料理が出来そうだ。



 となれば、俺もそろそろ手伝おうか。

 パンを焼くのに俺のスキルを使えば効率が良さそうだし。



 大分、力の調節が出来るようになったから、炎獄砲牙ヘルフレイムカノンを最小で使えばオーブン代わりにもなる。



 そんな訳で、調理に加勢しようとした時だ。



「ふぎゃあぁぁぁっ!?」



 突然、プゥルゥの悲鳴が上がった。



「ど、どうした!?」



 声がした方に目を向けると、イリスが作業台の上でプゥルゥの体を一生懸命こねている姿が視界に入ってきた。



 どうやらパン生地とプゥルゥの体を間違えているっぽい。



 なんでそんな有り得ない間違いが起きちゃっているのかは、イリスの目を見れば分かる。

 彼女の瞳からは止め処なく涙が溢れ出ていた。



 側にある器に刻み終えたオニル葱があったので、恐らくそれが涙の原因。

 涙で視界が遮られ、パン生地とプゥルゥの見分けがつかなくなっているのだ。



 どんだけ涙出てるんだって話だけど。



 俺も前に触れたことがあるからプゥルゥの感触は知っている。

 あの触り心地、パン生地に良く似てるよね。

 多分、目を瞑っていたら判別は難しいと思う。



 冷たくて、柔らかくて、気持ちいいんだ……。



 っと、そうじゃなくて!



 そんなわけで少し遅れること数秒、プゥルゥを救出したのだった。



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