③
ふいにスマートフォンが振動してドキリとする。確認すると由美子さんだ。
『先生、読んでくれましたかぁ』
ひとつ読んだと言ってから一日も経っていないのに、本当に鬱陶しいオバサンだ。
「ええ、まだ二つ目ですけどね。こちらも仕事があるので」
精一杯の嫌味にも気付かず、由美子さんは耳障りな声で笑った。
『先生ってば読むのおそーい。で、どうでした?』
「今回は大正?いや、のらくろ、が出てきたから昭和初期くらいの田舎の怖い話ですね。なかなか読み応えがありました。独白形式ですけど、これ由美子さんが書き起こしたんですか?すごいですね、由美子さんが怪談を書いたらいいのに」
『いえいえー私は先生と違って才能がありませんから』
私は由美子さんのわざとらしい謙遜を流して聞いた。
「タイトルは揃えているようですけど、バラバラの話をひとつひとつ書き起こしてくれたんですか?四つも、大変だったんじゃないですか」
『そんなこと気にするなよ』
スマートフォンの向こうから低い声が聞こえる。
『いくつあるかなんて気にするな。あんたは全部読んだらいいんだよ。早く全部読めよ』
「え?」
突然の強い口調と、由美子さんとは思えない声に怒りを感じるよりもむしろ驚いてしまう。
しばらく、と言っても十秒ほど沈黙が続いた。
「由美子さん……?」
おそるおそるもう一度呼びかける。
『すいませぇん、少し喉の調子が悪くって』
いつも通りの甲高い声に安心する。耳障りではあるが、悪意がこもっているようにさえ感じた先程の声よりずっといい。
『バラバラなんかじゃないですよお。これは一つのお話ですから』
私が聞き返そうとするのを遮って由美子さんは電話を切った。早く全部読んでくださいねぇ、と言いながら。
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