教師の逸脱
egochann
第1話
秋に入ってまだ早い時期なのか、夏の日差しの面影が残る強い日差しが降り注いでいた。
だが、空気はもう秋の爽やかさで登校してくる生徒たちを包んでいた。
校門に立ち、生徒たちに「おはよう」と挨拶しているのは、その中学校に転任して5ヶ月目になる水野司、32歳だ。
教科は国語。
担任は2年B組だ。
「おはようございます」
生徒たちの元気な声が響く。
水野は、身長182センチの長身でハンサム、女生徒に大人気だ。
女の子たちは、水野が校門に立っていることが分かると生き生きした表情になる。
世田谷区でも大規模校になる経堂東中学は、在校生420人はいる。教師の数は30人。比較的若い教師が多い中学校だ。
水野の前を長い髪の女生徒が挨拶をしながら通り過ぎる。
2年生で水野のクラスの北玲子だった。
クラスでもトップクラスの成績で、水野のクラスの平均偏差値を上げる功労者でもある。
しかも、飛び切りの美少女だった。
「おはよう」水野は思わず微笑んだ。
きらっとした目で見られた気がして水野は心を弾ませた。
「今日はいい日だ」
職員室では、5分間の始業打ち合わせが始まった。
「長原先生はどうしましたか」
水野は、長原の姿を見ていなかったことに気づいた。
長原は水野のとなりのクラスの担任で教科は保険体育だった。
「誰も知りませんか」
「長原先生からの連絡が無いんです」
教頭の的場はやや言葉を荒げた。
「とにかく連絡してみましょう」と女性教師のひとりが受話器を取り上げて名簿を見ながら長原に電話をかけた。
「出ませんね」水野も携帯を取り出して電話をしてみるが長原は電話に出なかった。
「昨日なにかありましたか」教頭が教師たちに問いかけたが誰も答えるものはいなかった。
「水野先生は何か知っていますか」校長の坂木が聞いてきた。
「いえ、昨日は何も変わったところは無かったと思います」
水野は昨日のことを思い出していた。
長原はバスケットボール部の顧問をしていて、放課後はいつも体育館にいた。
水野は転任一年目なので部活の顧問はしていなかったので、放課後は職員室で事務作業や明日の授業の準備をしていたので、長原とは会わずに帰っている。
多分昨日はほとんど言葉を交わしていないだろう。
「とにかく始業時間なので、長原先生のクラスのホームルームは片岡先生に頼みましょう」
水野もあわただしく教室に向かった。
長原先生はどうしたのだろう。
体調が悪く休むのであれが学校に連絡してくるだろう。
電話することも出来なくらい重病なのだろうか。
心配だ。
大学で体操をしていた長原は筋肉隆々のマッチョで、いかつい顔で女生徒には人気がなかったが、さっぱりとした性格で付き合いやすい同僚として水野は好きだった。
校長たちは対応に追われた。
教務主任と教頭で長原の住むアパートに向かうことになった。
連絡がつかない以上、直接家に行かなければならない。
長原は京都の出身で、筑波大学の大学院でスポーツ医学を学んだ秀才だった。
高校から機械体操をやり、国体にも出るほどの選手だったが、怪我で引退し、その後インストラクターになりたくて大学院に進学したのだが、突然教師になることを決意し、東京都の教職員試験に合格して、この中学校に赴任して3年目になる。
学校から歩いて10分ほどのところにアパートを借りて一人暮らしをしていた。
教頭たちは、長原の部屋の前に着いた。呼び鈴を押したが反応は無かった。
教務主任がドアノブをまわすと、鍵はかかっていなかった。
「長原先生、いますか」
ふたりはゆっくりと部屋のなかに入った。
キッチンと居室がひとつの1DKだ。キッチンは飲みかけのビールがコップに残っていたり、食べかけのポテトチップスが置いてあったりいかにも独身の男のひとり暮らしらしい雑然さがあった。
ガラスの引き戸を教頭が開けた。
「うぉーうっ」
教頭は低くこもるような叫び声を発した。
ふたりが見たものは長原の変わり果てた姿であった。
ベッドの脇に仰向けに横たわる長原の死体だった。
ふたりはその場に崩れ落ちた。
終わり。
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