第47話 連合学園祭2

 


「武器は2つまで持ってよいが、互いに異なる武器を持つこと。同武器2つを持つ双武器使いの場合は事前の申請を要する。なお、近接武器は学園が用意した木製のものを使用すること。鋭利なもの、および自分の武器は魔物を相手にする時のみ許可される」


 審判役の男の先生を囲むようにして、各学園の参加ペアたちが説明を受けている。

 武器を落としたり、破壊された場合に同じ武器を持つことができないよう、同武器2つの所持は許可されない。


 なお、弓の使用だけは一切禁止されている。

 以前、無関係の人に矢が刺さり、重傷を負わせてしまったことがあるためだ。


 それゆえ弓使いは『魔物討伐戦』、『バトルアトランダム』ともに一切参加できない決まりになっている。


「魔法においても、細則にある『禁止行為』は反則とみなし、その時点で負けを言い渡す。防具は盾のみ使用可能。身には制服以外の着用は一切禁止とする」


 細則というのは、学園共通で定められている手合の規則だ。

 禁止行為は説明しきれないほどに細かく定められているが、一部を抜粋すると、



 攻撃魔法の連発は2までとし、第5位階以上は連発を禁止する

 負傷し、倒れている相手にも当たるような攻撃魔法は使用しない

 8メートルを超える召喚獣は呼び出してはならない

 飛ぶ召喚獣の場合は自身の頭上に待機させ、観客エリアに飛来させない

 審判により中止を指示された際、中止できない魔法や召喚獣の使用は禁止



 などがそうである。


「アイテム類は状態異常回復薬のみ使用可能とする」


 毒の魔法などが案外に強くなってしまうため、状態異常回復薬の使用は可能になっているが、体力や魔力を回復させる回復薬は使用できない。

 もちろん、相手にダメージを与えるようなスクロールなどのアイテムも使用不可となっている。


「魔法効果のあるアクセサリー類もすべて外しておくこと。なお召喚、調教獣を従順に使役するための着用品はこの限りではない」


 召喚師や調教師においては、魔物を使役する際に『触媒』となる固有アイテムを身につけることがある。


 これはこの世界においては古くから知られる儀式であり、たいていは呼び出す魔物が好むものを『触媒』とする。


『触媒』は言葉の通じづらい魔物の暴走を制限し、危険回避となることから、連合学園祭において、それらの使用はむしろ推奨されている。


 僕が使う石板もそのひとつに分類される。


 しかしついでに言うと、召喚系職業はこの場においては少々不利だ。

 魔物がちょっとでも暴走の様相を呈した場合、観客や生徒の生命を守るため、闘技場壁沿いに配置された兵士や教師に排除攻撃を受ける可能性があるからだ。


「では定められた各学園の待機スペースで待機しなさい。なお、前のペアが倒れた場合、1分後に交代できる。その際は待機スペースにいる監視係に従うこと」


 はい、と参加者の声が揃った。


 僕は見える範囲で、円を作っている参加生徒の顔ぶれを見渡した。


 うん、僕が一番背が低くて最年少のようだ。


「……なにあの子……もしかして一年生?」


「第三だから仕方ないのよ……クスクス」


 そんな僕を見て、小声で忍び笑う生徒もいる。


(いいぞ)


 笑ってくれ。

 侮ってくれ。


 僕の望む展開だ。


 と、そこでフユナ先輩と視線を通わせている女性がいることに気づいた。

 相手の二人は微笑を浮かべているものの、フユナ先輩は表情が硬い。


(あの二人が、フィネス第二王女とカルディエ)


 ふたりとも洗練された空気を纏っていて、フユナ先輩と視線のやり取りをしていなくても、ああこの二人なんだろうなと気づくほどだ。


 一人は胸まであるストレートの黒髪を後ろに流し、雪のような白い肌をさらす美女。

 もうひとりは赤毛の髪を耳の高さできれいに切り揃えた女性。


 赤毛女も十分美しいのだろうが、黒髪の女性が可憐すぎて、霞んでしまっている。


 ちなみに第一学園の制服は僕らのと同じ形のブレザーだが、ところどころに黄色があしらわれているのがポイントになっている。


 そうやって眺めていた折、ふいに僕の目が点になる。


「……あっ……」


 あれ、あの黒髪の人……もしかして。


 もう一度、高めた【視覚】でその顔を見て、確信する。


(まじですか)


 間違いない。

 あの人は僕がこの世界に戻ってきた日に会った、あの絶世の美女だ。


「先輩、あの」


「ん?」


「黒い髪の人がフィネス第二王女ですかね」


 僕は小声で訊ねる。


「なんだ、顔も知らないのか」


「庶民Aですから」


「なに」


「いえ、顔知らなくて」


 フユナ先輩がため息をつく。


「黒髪がフィネス、赤髪がカルディエだ」


「………」


 いやはや。

 あんなところで本物の王女様に会っていたとは。


「なんだサクヤ、美人過ぎてぐうの音も出ないといったところか」


 フユナ先輩が僕の驚きを誤解してふふん、と笑う。

 僕は真顔になってフユナ先輩を見る。


「先輩のほうが綺麗です」


「なっ!?」


 フユナ先輩が、真っ赤になる。


「こ、こここ、こんなところで変なことを言うな!」


 ガスッ!


「――へべれけっ」


 突然の仲間割れを見て、闘技場がざわついた。


 周りの人たちや審判の先生も、驚きの視線をこちらに向けている。


 僕は開始前から、地に倒れ伏しつつ考える。


(それにしてもやべー)


 本気で気づかなかった。

 まさか、ホントの姫様だったってことか。


 名乗らなくても、顔を見て王女だと気づけってことだったんだろうな。

 普通にタメ口叩いてじゃあバイバイ、って感じにしてしまったよ。


 日々『漆黒の異端教会ブラック・クルセイダーズ』の修行や自分の修行ばかりで、このリラシスになんか来なかったしなぁ。


「……まあ、言われてみれば」


 そりゃフィネス第二王女なら見合いが立て込むよなぁ。

 気づけよ、自分。


 と顔を上げた際に、その王女様がこちらを見ているのに気づく。


「………」


 わずかの時間、互いの視線が絡み合う。


 だがそれもすぐに終わった。

 フィネス第二王女はつまらなそうに、僕から視線を逸らした。


 明らかに「興味ありません」と告げられた気分だ。


 まあ今や12歳の少年だもんな。

 桃の影響が少なかったあの頃だと、全然印象が違うだろうな、と言い訳してみる。


 いや。


 ソレ以前に僕のことを忘れている可能性のほうが高いぞ。

 毎日見合いしているような人だからな。


 僕なんか、アラービスたちに挨拶した時に、偶然会ってちょっと会話しただけの男だ。

 そんな影薄い男を覚えていたら逆にすごいだろ。


 そうしている間に審判の説明が終わり、フィネス第二王女とカルディエたちが背を向け、闘技スペースから出ていく。


「おい、戻るぞ」


「はい」


 僕はフユナ先輩に背中を押され、闘技場を後にする。




 ◇◇◇




「フユナ、元気そうでしたね」


「いつになく気合の入った顔でしたわ」


 フィネスとカルディエが小声で話し合う。


「負けてしまうかもしれないです」


「あら、第一の継承者様が弱気ですこと」


 カルディエが忍び笑いを漏らす。


「フユナが本来、【剣姫】と呼ばれるべき存在ですよ。幼少の頃、私に剣を教えてくれたのは、指南役ではなく彼女ですから」


「わかりますわ。剣筋の根幹が似ていますもの」


「ヴェネットの件は終わったら謝っておこうと思います」


「そうですわね。そして例の勧誘もお忘れなく。すでに第一の学園長には話を通してありますわ」


「忘れるはずがないわ。彼女は私のライバルですもの」


 フィネスは背を向けて去っていくフユナに、もう一度目を向けた。

 カルディエも同じように、視線をそちらに向ける。


「ところで、フユナのパートナーを見ましたか。いきなり殴り倒されていましたけれど」


 カルディエが思い出し笑いをしながら言う。


「……見ました。12歳くらいの小さな子でしたね」


「彼がサクヤだそうですよ」


「知ってます」


 フィネスは即答した。


「……あ、やっぱ知ってました? ですよねー知ってましたよね―。そりゃ下調べも完璧ですよねー」


 カルディエが口元に厭らしい笑みを浮かべながら、半眼になる。


「……なんですか」


「いえいえ、なんでも」


「あの方が小さくなってここにいるはずがないじゃないですか」


「わかっていますわ。しかしサクヤ違いと言えど、第三学園を勝ち上がってきたのですから、そこそこ腕は立つのでしょうね」


「そうね。あのフユナが認めて、彼女の厳しい練習についてきたということですし」


 二人は話しながら、第一学園に用意された待機スペースに入った。

 そこには長椅子がいくつも置かれており、出番を待つペアと指導教師たちが集い、作戦を練る場でもある。


 待機スペースから闘技場に繋がる入り口をエントランスと呼び、出番になるとそこに立って監視係や審判の合図を待つことになっている。


「あの少年の相手はあなたに任せるわ、カルディエ。3ペアしかないといえど、フユナならきっとここまで勝ち抜いてくるでしょうし」


「御意。ではわたくしが『うんち漏らし』くんのお相手を」


 カルディエがクスクスと笑う。


「カルディエ。彼は仮にもあのフユナが認めたパートナー。舐めてかかると痛い目に遭いますよ」


「は、失礼。もちろん全力で参りますわ。ところで――」


 カルディエが自身ありげに笑ってみせながら、フィネスの首元を小さく指さした。


「その魔除けのネックレスはまずいかもしれませんわ。無関係でしょうが昨年も外されていたでしょう?」


「あぁ、忘れていたわ。ありがとう」


 気づいたフィネスが、強力な魔法効果の宿るそれを懐にしまった。


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