縁の下のチカラモチャー ~僕だけが知っているスキルツリーの先~

ポルカ@明かせぬ正体

第一部

第1話 魔王との戦い

 

「απόγευμα αιώναςέκρηξη ἔκρηξις……」


 魔王の前に立つ黒衣の美女が、奇妙な詠唱を紡いだ。

 刹那、天井を貫いて頭上から降ってきたのは、5つの光り輝く剣。


「――ぐわぁぁぁ!?」


 剣が雪の結晶を作るように、向き合っていた勇者パーティのひとり、魔術師の男に次々と突き刺さった。


 血の臭いが立ち込める。

 魔術師は二度と立ち上がらないとわかる、力ない倒れ方をした。


「シュバルツくん!?」


「くそ、ダンテに続いてシュバルツまでやられた!」


 二人目の犠牲者に、勇者パーティの面々に動揺が走る。


 シュバルツと呼ばれた魔術師はこの勇者パーティの最大火力であった。

 四元素魔法を自在に操り、魔界に入ってからも数々の窮地を打開してきた中心人物。


「……な、なんて強さだ、あいつ……!」


 パーティの一人、盾職の男ゾッポが呻く。

 その隣でアラービスという名の長髪の男――彼こそ選ばれし勇者――が忌々しそうに、顔を歪めた。


「……あれが噂の『煉獄の巫女アシュタルテ』か」


 銀色の髪をソバージュにし、黒衣をまとった悪魔の女に、勇者たちは手を焼いていた。

 煉獄の巫女アシュタルテは特殊能力として、主へのダメージを身代わりする。


 しかし、それだけではない。

 その身に受けたダメージを蓄積プールし、それを【怨嗟】として自身の攻撃にのせてくるのである。


 倒すには蓄積プールできる量以上のダメージを加えるしかないのだが、勇者パーティが全力でかかっても、それを為すことはできなかった。


 結果、【怨嗟】ののった反撃を受け、勇者パーティが次々と崩壊させられているのである。


「魔王め、あんなのを従えやがって……どうするアラービス」


 なすすべを失い、兜の奥から青ざめた顔を覗かせるゾッポ。


「……くそっ」


 アラービスが煉獄の巫女アシュタルテの背後で悠々としている魔王を睨む。


「くく。以前の勇者どもの方が歯応えがあったなぁ」


 魔王は紅蓮の両手剣グレートソードを片手で悠々と担ぐと、その口元を歪めるように笑った。


 魔王は自身の強さもさることながら、このように『ソロモン七十二柱』と呼ばれる大悪魔を召喚する。


『ソロモン七十二柱』はたった一体で一万の天使の軍団に匹敵すると言われる魔界の公爵たちであり、敵対勢力とされる天使には渡り合える者がいない。


 第一級の熾天使セラフですら、格下なのである。


 そのような強大な大悪魔が七十二柱も存在する中で、魔王はこの煉獄の巫女アシュタルテを特に好むことが幾多の文献に残されている。

 約20年前に挑んだ前勇者パーティも、煉獄の巫女アシュタルテたった一体によってほぼ壊滅となった。


「――おのれ!」


 女の魔術師メラニーが、勇者たちの背後で十八番の魔法の詠唱を完成させた。


「破ってみせる! 〈聖なる十字架ホーリークロス〉」


 声高に放たれたのは、一体の悪魔を十字架に拘束して行動の一切を封じてしまう高位の光属性魔法。

 効果は5分と長く、今まで相対してきた悪魔、魔人将とて決して抗うことのできなかった魔法であった。


「ナイス、メラニー!」


「これで――!」


 仲間が歓喜し、武器を構え直す。

 魔界に入ってからはこの強力な対悪魔魔法アンチデビルスペルに幾度となく助けられてきたのだ。


 メラニーから放たれた巨大な十字架は、前衛に立つ煉獄の巫女アシュタルテを拘束せんと白い残光を残しながら飛んでいく。


 しかし煉獄の巫女アシュタルテがそのすらりとした両手を突き出すと、なんとその十字架は、焼石に落ちた水滴のように霧散してしまった。


「……えっ……?」


「う、嘘だろ……【無効化】かよ」


「……光属性の〈聖なる十字架ホーリークロス〉が……なぜ」


 開いた口が塞がらない勇者パーティの面々。


 悪魔でありながら煉獄の巫女アシュタルテには光属性攻撃が通じないことを、勇者パーティの彼らは知らなかった。


「くっくっく。愚かなことを」


 魔王が高笑いし、煉獄の巫女アシュタルテへと指示を出す。


「απόγευμα αιώναςέκρηξη ἔκρηξις……」


 絶望が勇者パーティを染め上げる中で、死への詠唱が響き渡る。

 目を閉じて口ずさむ煉獄の巫女アシュタルテの顔には冷酷な、しかし澄んだ美しさが宿っていた。


 ――ドドドドドッ。


 降り注ぐ5つの剣。

 メラニーは呆然とした表情のまま、剣に貫かれて息絶えた。


「……打つ手がない……!」


 勇者アラービスが、血の気の引いた顔になっている。


 物理・魔法攻撃で押しきれない。

 行動抑制も通じない。


 おまけにあっちは遠隔から剣を降らせて攻撃してくる。


(誰か、仲間に頼るんだ。こいつら、仮にも勇者パーティだぞ)


 アラービスが、生き残った仲間をさっと見渡す。

 残っているのは、自分を除いて3人。


 まず〈光の聖女〉なるミエル。

 彼女は先程からずっと両手を前に突き出し、額に汗を浮かべながら魔王に拮抗する魔法を唱え続けている。


 これはミエルしかできず、ミエルが詠唱を中断すると魔王が浮遊可能となってしまう上に、味方が瘴気に毒されて行動制限がかかってしまう。


 そのため、戦力としては期待できない。


 次にさっきから無言のパーティ最年長、25歳の僧戦士クルセイダーサクヤ。


 数ある宗派の中で唯一、剣を持つことを許す『漆黒の異端教会ブラック・クルセイダーズ』の僧戦士クルセイダーで、前衛としても、回復職ヒーラーとしても活躍できる。


 なお僧戦士クルセイダーなら、わざわざマイナーな『漆黒の異端教会ブラック・クルセイダーズ』の者でなくとも、主神クラスの「光の神ラーズ」や「大地母神エリエル」の司祭を起用すればよかったのだが、悪魔たちの生態に詳しく、魔界での行動経験を持ち合わせていたことから今回サクヤが採用となっている。


 だがアラービスはサクヤが内心、気に食わなかった。


 たかが僧戦士クルセイダーで剣に関するスキルは皆無なくせに、剣を合わせると、勇者たる自分の剣を明らかに上回るような動きを見せるのが鼻持ちならなかった。


(見ろ、今なんか全然役立っていない)


 この場面では本来の回復職ヒーラーたる聖女ミエルが瘴気緩和で動けないため、サクヤが回復職ヒーラーになっていたが、仲間は一撃で即死してしまうため、存在価値がまるでなかった。


(この男は俺の百分の一も役立っていない)


 アラービスが鼻を鳴らす。


 実はアラービスがこの男を気に食わないのには、もうひとつ理由がある。

 アラービスがもう一度、ミエルに視線を走らせた。


「…………」


 だがアラービス自身、それを認めるのが屈辱だった。


 アラービスが、最後の仲間に目を向ける。


「今いちばん頼れるのは……やはりゾッポか」


 勇者が目を向けたのは、この盾職タンカーたる男である。

 ゾッポは巨人アトラスの物理攻撃すらも阻むと名高い『聖なる鎧リンドビューズ』を身にまとっている。


 かの鎧ならば、煉獄の巫女アシュタルテの剣の攻撃であろうと、防いでくれるだろう。


「ゾッポ――!」


 アラービスは叫びながら、過去の勇者たちが使い続けた「勇者リトの剣」を右手で握りしめた。


(ゾッポが盾となってくれている間に、自分が……歴代最強と謳われたこの勇者の力で、魔王を葬る!)


 刹那、勇者が目を見開いた。


「ぐぶっ……」


 ゾッポは、光り輝く5つの剣に串刺しにされていた。

『聖なる鎧リンドビューズ』すらも、やすやすと貫かれて。


 ゾッポが人形のように倒れ込んだ。

 そのまま動かなくなる。


「くそ……これまでだ」


 勇者が苦虫を噛み潰したような表情になると、持っていた「勇者リトの剣」を足元に捨てた。


「……アラービス! なにを」


 それを横目で見た聖女ミエルが目を見開く。

 魔王も、その彫りの深い顔で眉をひそめた。


 アラービスが、厳かな口調で語る。


「魔王、見ての通り降参だ。俺たちが人間としてお前たちの捕虜になろう。お前たちが知らぬ、この世界のありとあらゆる情報を余すことなく教えてやる。だからせめて俺と、ミエルの命だけは――」


「――馬鹿め」


 魔王がニヤリ、と笑い、煉獄の巫女アシュタルテの背後から紅蓮の両手剣グレートソードを振り下ろす。

 斬りつけられた煉獄の巫女アシュタルテが悲鳴を上げ、ダメージを身に蓄積プールする。


煉獄の巫女アシュタルテ、放て」


 残酷に斬撃を繰り返した魔王が、煉獄の巫女アシュタルテへと指示する。


「ま、待て……!」


 次を予想したアラービスの顔が青ざめる。


「απόγευμα αιώναςέκρηξη ἔκρηξις……」


 血まみれになり、激痛に震えながらも、蓄積プールしたダメージを【怨嗟】に変えた煉獄の巫女アシュタルテが、静かに詠唱をつむぎ始める。


「くそ、やめろ!」


 勇者が後ずさりながら、尻餅をついた。


「それで勇者を名乗るか、アラービスとやらよ。お前は誇りもない、かつてない腰抜けだ。死して魔界の塵となれ。ファッハッハッハ!」


 魔王が血濡れた両手剣グレートソードを担いだまま、高笑う。


「――死ぬのはお前だよ」


 しかしその時、一人の男が呟いた。

 同時にその手が、片合掌される。


 次の瞬間、煉獄の巫女アシュタルテの傷が癒えるとともに、空から召喚される5つの剣。


 それが降り注ぎ、雪の結晶を作るように体を貫いた。

 魔王の体を。


「な……に……!? ごぶっ」


 魔王が片膝をつく。


「――サクヤ!」


 ミエルが両手を前に突き出したまま、歓喜の声を発した。


「やっと捉えたぜ……煉獄の巫女アシュタルテを」


 サクヤが奇怪な文字の描かれた六角形の石板を掲げる。

 すると突然、煉獄の巫女アシュタルテがうめき声を発して身悶えし始めた。


 見る間にその石板に煉獄の巫女アシュタルテが吸い込まれていく。

 サクヤがその石板を自身の胸の中央にある台座に嵌めると、目を閉じた煉獄の巫女アシュタルテの清楚な顔がそこに現れた。


「貴様……我が配下を捉えただと……?」


 さっきとは打って変わって、魔王が地の底から響くような怒りの声を発した。


 ほとんど知られていなかった。

 「漆黒の異端教会ブラック・クルセイダーズ」の僧戦士クルセイダーは、石板を用いて悪魔を調教する術を持つことを。


「なんだと……!?」


「す、すごいわサクヤ!」


 だから勇者アラービスや聖女ミエルも、その驚きを隠せなかった。


「おのれ、わが煉獄の巫女アシュタルテを!」


 怒声を発した魔王がサクヤをぎろりと睨むと、その身から血を滴らせたまま、剣を持たぬ左手を床に向けてかざす。

 だがアシュタルテの【怨嗟】ののった一撃が相当効いているのか、その動作は緩慢だった。


「ミエル! アラービス! 今だ」


 サクヤが叫んだ。


「言われるまでもない!」


 アラービスが足元の剣を拾うと、魔王に向かって駆け出した。

 聖女ミエルも「魔王制御」を中断し、意を決して別の魔法を詠唱し始める。


 全てをかけた、最後の大勝負である。


「〈魔を咎める光ブライトカウンター〉」


 勇者アラービスの剣に、眩しいまでの光が宿る。

 この魔法により、武器は悪魔に対して破滅の凶器と化す。


「貴様だけは許さん……我が配下を使役し、我を傷つけるとは……なんたる屈辱!」


 魔王は片膝をつきながらも、左手で複雑な印を結び、詠唱を再開する。


「――死に晒せぇぇ魔王!」


 勇者アラービスがその横から駆け込んで、光り輝く「勇者リトの剣」を突き出す。

 魔王は駆け寄ってくる勇者など目もくれず、サクヤだけを睨んで一心に魔法を詠唱している。


「――ぐぶっ」


 勇者リトの剣が、魔王の心臓を貫いた。

 魔王の手から、紅蓮の両手剣グレートソードが落ち、床を鳴らす。


「よっしゃぁぁ! 打ち取ったぞ!」


 返り血を浴びながら、歓喜する勇者。

 それでも魔王は目の前の勇者ではなく、サクヤを睨み続ける。


「くくく……我はすぐに蘇ってみせる。サクヤとやら、お前は『死の九九七ナインナインセブン回廊ギャラリア』で腐り死ぬがよい」


 魔王が魔法の詠唱を終え、サクヤに向かって左手を突き出した。


「――ぐっ」


 ふいに真っ黒な波動にサクヤが包まれる。


「貴様さえ……貴様さえ死ねば、地上は我らの世界……! かつてないほどに面白かったぞ! 我に楯突いたその名、覚えておいてやろう!」


 魔王が血を吐きながら、不敵な表情で笑った。


 生き残った二人の仲間が目を瞠る。


「サクヤ! ――いやぁぁぁ!」


 聖女ミエルの悲痛な叫びが発せられるのと、魔王が崩れ落ちるのはほぼ同時だった。

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