1-29.新しい客


 その後、跳ねるように動き出した二人に、どんな方法でレベル上げをしたのかと問い詰められた。訳がわからないが、一先ず自分の困惑は横に置いて子供達とやったレベリングの話をすると、無茶な事を、と叱りつけられてしまった。

 聞くに、どうやらレベルとはそんなに一気に、しかも簡単に上がるような物ではないらしく、方法も成長速度も異常だと言う。普通に暮らしていれば、ばらつきはある物のレベル30を過ぎる頃には一生を終えるくらいの緩やかな成長が一般的だそうで、成人を迎える16までにレベルが10もあれば各分野の才能を見出してもらえるのだそうだ。それも決して戦闘等の荒事に拠る経験値の取得だけに限らず、レベルと言うのは生きて行く内に必要になる知識や経験を蓄える事で得る物だと言う。断じて齢16の元女奴隷、ましてや6歳の子供までもが25ものレベルを得る程の経験値を稼ぐ事など出来る訳が無いと言うのだが、実際ここに居るしなぁ。


「私達だって何度も死線をくぐり抜けてやっと、今のレベルに至ったのだ。その過程が並大抵の事では無いからこそ、信じ難い……。」

「非常識過ぎるです……。」

「んな事言われてもなぁ。こっちだって必死やし。」

「シロ様……。」


 冒険者二人とは逆方向に座っている子供達の方から呼びかけられる。この声はルーデリアの声だ。「どうした?」と振り向き声を掛けると、四人が不安げな表情で見上げている。


「僕たち、何かいけない事をしてしまったのでしょうか……?」


 どうやらこちらの会話に、変だ変だと言う声に不安になってしまったらしい。クロですら俯き加減にこちらの様子を伺っている。それがなんだか可笑しく思ってしまい、口から漏れた。


「んふふ、そんな顔せんでええよ。お前らが悪い事なんてひとっつもないんやから。このお姉ちゃんらが大袈裟なだけやから。」

「大袈裟なんかじゃ――んぷっ!?」

「ああーっ。そうだな、うん。すまないな、少し大袈裟に騒ぎすぎてしまったようだ。強くなる事は別に悪い事じゃない、むしろ良い事だな、うん。」


 また反射的に反論しそうになっていたルーリエを、その大きな帽子を顔を隠すようにしてずらして諌めたリリアナが、わざとらしくフォローを入れてる。それを聞いて再度こちらを一瞥した子供達に頷いて見せる。


「お前らは自分の身の安全の為に努力して強くなったんや。恥じるような事でも、引け目を感じる用な事でも無い。わかったか?」

「シロ様……はいっ。」


 強張っていた表情は緩く解れて、子供達は一安心したようだ。リリアナがその隙を見て話題を変えた。


「それにしても、ナイフを持たせてそれ目掛けて魔獣を投げつける、なんて方法……本当にそれで強く慣れるものなのだろうか?実用的ならば、これは画期的な発見では?」

「それにはまず、魔獣を捕まえて放り投げれる程度に強い冒険者が必要ですね。」

「強くなる=レベルアップって事なら、十分役目は果たしてると思うけど。ああ、勿論それは一定までレベルが上った時点で切り上げて、後は捕まえてきた魔獣との実戦訓練に移ったで?」

「何?それは大丈夫だったのか?幾つかレベルが上ったからと言って、いきなりの実戦は骨が折れただろう。」


 リリアナが子供達の方に言葉を投げたのを受けて、暫し戸惑った後、代表してアリーが言葉を返した。


「はい、そうですね。始めは恐ろしくて仕方なかったですが……レベルアップ酔いの影響が抜けたばかりの頃でしたし、必死でしたので……。」

「レベルアップ酔いだと?……ああいや、確かに短期間で25にもなろう物なら当然起こり得るか……。」

「その頃には持つのもやっとだったこのナイフも軽く感じるようになっていましたし、自分達の身体じゃないって錯覚するほどよく動くようになっていたんです。そこからはひたすら、シロ様がご用意してくださった魔獣たちと戦っていましたね。」

「危ない目には会わなかったです?こいつに嫌な目に会わされたとか。」

「おい。」


 隙有らば口撃してくるなこいつ。


「いえ、むしろシロ様は私達の安全に注力してくださっていたと思います。魔獣との戦いでは常に睨みを効かせて、本当に危険な時は介入してくださっていましたから、そういう意味では安心していました。」

「シロさま、きれい。かっこいい、です。」

「魔獣とたたかうのは、こわい、けど……シロ様のお陰で、戦えるようになった、です。」

「体力が無くて直ぐばててしまう僕の事も、お見捨てにならず傍に置いてくださいます。シロ様は魔獣ですけど、良い方だと思います。」

「……初めは確かに、戸惑いました。けれど今、私たちを守ってくださっているのは親でも兄弟でも、自分自身ですら無く、シロ様なんです。ですから、だから、私達の主を悪し様に言うのは止めてください。」

「う……っ。」


 クロ、エトにルーデリア、そしてアリーが口々に僕を庇ってくれる。……感謝、されてるのかな。

 自分の中でも、お荷物だと思っていた子供達の存在が大きくなっている事は自覚していたが、結局は他人で、しかもボクは魔獣だ。畏怖の、敵視の対象であるボクには、本当の意味で信頼を寄せて貰えるなんて思っていなかった。ユーライカはちょっとよくわからないけれど、ボクの勘違いかもしれないけれど、今はこの胸の暖かさを信じたい気分だ。少なくとも、今庇ってくれる程度の好意は確信しても許されるだろう。きっとね。


「ルーリエ、その意地っ張りももう良いんじゃないか?地竜殿は確かに魔獣だが、そこいらの魔獣とは一線を画す事は十分証明されただろう?なにより私は、こんなにヒトに愛されている魔獣を見た事はないよ。」

「……私もです。」

「ルーリエ……。」

「……皆さん、ごめんなさいです。」


 ルーリエは一度子供達を見渡し、横目でちらりとこちらを一瞥してから、ぺこりと頭を下げた。


「私は、冒険者です。魔獣は私たち冒険者の倒すべき敵で、私は今まで一人でずっとやってきたです。だから、その、あなたもきっといつか牙を剥くんだと、警戒心を解く事は出来なかったのです。なにせ言葉を解し”鑑定”を使いこなす魔獣です、高度な頭脳を持っているのは容易に想像できるです。この変な喋り方も、人馴れしてそうな態度もきっと演技で、安心させた所で襲ってくるのだ、と……でもそれは杞憂、間違いだったようです。だから、ごめんなさい、です。」


 ずっと不思議だったが、あの異常とも取れる警戒っぷりや口撃は、彼女なりの守りの姿勢だったのだろう。仲間や哀れな子供達を食い物にしようとする凶悪な魔獣、そう思われていたなら、これまでの態度も頷けるし、むしろボクを受け入れている子供達やリリアナが異常とも言える。……でも、なんとなくそれだけとも思えないのだけれど、きっと気の所為だろう。

 ルーリエの謝罪は終わったのだろう、二の句が聞こえてこないが、リリアナや子供達が視線を送ってくる。言わんとする所を察してしまったので、嘆息しつつ言葉をかける。


「ルーリエを許す。というか、魔獣相手に警戒するのは当然の事やと思うし、元々どうこうするつもりは無いねんけども。」

「シロ様からお許しが下りました。ですので、私達もルーリエさんを許します。」

「……ありがとう、です。」


 イイハナシダナー。めでたしめでたしと言う所で、アリーが言葉を続けた。


「ではルーリエさん。シロ様の事は今後”シロ様”とお呼びくださいね。」

「はぇ?」

「……アリーくん?」

「それは良い。では私もこれからは”シロ殿”と呼ばせて貰っても構わないかな?」

「いや、それは構わへんけど。」


 何言い出すんだアリーは。このルーリエに”様”付け強要はハードル高くない?

 二人はお互い立ち上がって、後退りしたルーリエをアリーが逃さないとばかりににじり寄っている。


「い、いやです!それだけはお断り、ですっ!」

「先程の反省はどこへ行ったのですか!」

「それとこれとは別です!」

「アリー。せめて”さん”辺りにしたって?アリー?」




「シロ殿、良ければ私にも手伝わせて貰えないだろうか?」


 ひとしきり場が収まった辺りで、リリアナが思わぬ提案をした。何の事かと逡巡している内に言葉が続く。


「聞いた限り、貴方は子供達の自立を目的に訓練をしているのだろう?ならば剣の扱いも学んでおいて損はないと思う。幸い私は僅かばかり剣に覚えも有る。少しは役にたてると思う。」

「そら願ってもない話やけど、ええんか?」


 ナイフを振り回すだけの攻撃方法より、ちゃんとした剣術が学べるならば是非も無い。だけど、わざわざ手間と時間をかけてまでそんな事をするメリットがわからない。彼女の意図が掴めないと疑問を投げた。


「ああ、ここにルーリエ一人を残していくのも不安だし、冒険者の仕事も少しの間休むつもりだったんだ。どうせなら時間を有意義に使いたいと思ってな。」

「何を言ってるです!?そんな事聞いてないですよ!?」

「落ち着け。お前に叱咤されてから、ずっと考えてたんだ。……仲間が全員死んで、私はこれからどうするべきだろうって。」

「……それは。」

「お前との共闘も今だけの、形だけの物だ。いい機会じゃないかって、な。私にも自分を見つめ直す時間が必要なんだと思う。」

「リリアナ……。」

「私もここで子供達と共に研鑽を積もうと思う。幸い、この河原は安全地帯のようだし、濃い魔素の満ちた場所は鍛錬にも療養にも持ってこいだと聞いた事も有る。ここは最適だと思うんだ。」

「確かに、主要都市以外でここまで魔素の濃い所はそうはないです。ですが――。」


 ……あれ、ここに住み着く流れになってない?ボクの内心を読み取ったかの様に、ルーリエの言葉を遮ってリリアナがボクに向く。


「シロ殿、改めてお願いしたい。私が子供達に剣術を教える事の報酬として、この場所に私が居る事を認めて欲しい。」


 真剣な表情でじっとボクを見つめるリリアナの静かな迫力に、少し気圧されてしまう。ちらりと横目で子供達の様子を伺うが、その顔に不満の色は見えない。

 ボクは視線をリリアナに戻し、少し考える。彼女を迎える事は別に良い。けれど、前提として僅かな時間しか共に居ないリリアナを完全に信用出来るのか、ボクには判断出来無い。メリットも有るし、雰囲気で流されてしまいそうだったが、信用問題は確かにあるのだ。それは向こうも同じだろう。好意的に見てくれえているといっても限度が有るし、言葉を丸ごと信用も出来ない。しかし剣術の指南は魅力的だ。それは魔術と同じく、ボクでは子供達に与えられない物だ。

 ううんと頭を悩まし、結論を出した。


「……わかった。それでええよ。」

「っ。感謝する。」


 許可が降りて、リリアナは安心したように表情を緩めた。隣で不機嫌そうな顔をしたルーリエが「あなたが良いなら別にいいですけど……。」と口をとんがらせている。

 信用問題は確かにあるが、今回はメリットを優先した。彼女が信用出来ると判断出来るまでボクが目を光らせるつもりだ。子供達の方に首を向け声を掛ける。


「そういう訳で、今後はこの二人が君らの教師役やから。よろしくしたって。」

「はい、シロ様。――リリアナさん、ルーリエさん。」


 一様に頷き、代表して返事をしたアリーが二人に話しかけた。


「改めまして、私は単眼族モノアイのアリーと申します。これからよろしくおねがいします。」

「ああ、アリー。暫く一緒だ、よろしく頼む。」

「よ、よろしくです。」

「それからこちらが、歳の順に人間族ヒューマンのルーデリア、狼人属ルーガルーのエト、猫人族キャットマンのクロ。この場には居ませんが、眠っているのが最年長で蜥蜴人族リザードマンのユーライカです。そしてここでは――。」


 順序良く子供達皆の紹介をしていくアリー。眠っているユーライカの代わって皆のまとめ役として奮闘しているのだろう、しっかりした娘だ。と、感心したのも束の間――。


「シロ様が第一、シロ様が絶対です。ここに居られるのならば、それを肝に銘じてくださいませ。」


 ――空気が凍りついた気がした。

 いきなり何いってんだこの娘、アリーってこんなユーライカみたいな事言う娘だっけ……?と思ったけれど、普段はユーライカが代表して喋っているのでそもそもそんな記憶はなかった。あれ、もしかしてボクに対して妙な宗教観と言うか崇拝感を持っているのはユーライカだけじゃないのか?それともユーライカの毒が皆にも回っている……?

 ボクが反応出来ず失礼な事を考えている間に、冒険者二人が「……ああ、わかったよ。」と苦笑い気味でボクに視線を突き刺して来ている。ち、違う!と言いたいけれどあながち違わなくもないので何も言えない。


――……まあ、それで平穏に回るんなら、ええか。


「そ、そうだ、シロ殿。許可を貰って早々で悪いのだが、私達は一度森を出る事になるのだが、構わないか?」

「あん?そら別に構わへんけど。」

「仲間たちの遺体も運ばないといけないし、そもそも私達は依頼の途中なんだ。もう一度あの広間まで戻って仕事を済ませた後、報告の為にユーラリエのギルドへ帰らないといけない。」

「そうですね。ああ、リリアナ。馬車はどうするです?グレートフットホースは直ぐに用意できるかわからないですし……。」

「ああ、まずは普通の馬車を用意するための目処を付けないとな……。」

「茸の時の馬車なら有るけどそれじゃあかんのか?」

「あるのか!?」


 リリアナの仲間だと言う死体を回収した時に、傍にあった物も粗方回収していたので、ほぼ無傷で”無限収納インベントリ”に入っている。やろうと思えば彼女らの仲間の死体ごと用意出来ると伝えると、驚きと喜びの入り混じった表情で「是非!」と歓迎された。


「これで大分期間が短縮できるですね。」

「ああ、馬だけなら何とかなるかも知れんな。」

「君らが此処まで乗ってきた馬じゃあかんの?」


 この二人が森へ来た時に使ったであろう馬が居た筈だ、と言うと「馬は使っていない。」と返された。


「ジャッシタリアからここへはルーリエの”箒”を使って来たんだ。随分と早く着いたよ、便利な物だ。」


 ドヤ顔のルーリエが目につくが、構うときりがないので無視する。それにしても”魔法の箒”か、空を自由に飛び回れるというのはとても憧れる。自分は曲がりなりにもドラゴン種だと言うのに、翼の無い地竜なので飛びようも無い。どうせなら翼の生えたドラゴンとして転生させてくれれば良いのに、世の中というのはままならないものである。


 その後、一先ずユーライカが目覚めるのを待って、簡単な魔術知識を教えてから二人で森を立つと話が纏まった。ユーラリエと言う街に戻ってからとんぼ返りしたとしてもひと月程度掛かってしまうらしいので、その間にまた魔力過多を起こさない程度に知識を身につける必要が有るのだ。森を出る前に課題を出して、戻ってくるまで自主練を課す事で無駄を省く方針だ。なので、本格的な訓練が始まるのは少なくともひと月以上先という事になるので、その間に出来る事が有るのは良い事だろう。

 翌日の朝になってもユーライカが目覚める気配が無かった為、冒険者二人は先に馬の調達をする為に森を出る事になった。なんでも比較的近くの都市に言って普通より脚の強いグレートフットホースと言う馬の魔獣を買い付けに行くらしい。一般人には手が出ない高級な家畜だそうで、もしかしてと”無限収納”内の未処理の馬の死体を見て見ると、確かにグレートフットホースだった。一見するとただの馬にしか見えないので気付かなかったよ。


 結局、ユーライカが目覚めたのは魔力の暴走を起こしてから四日目の昼前だった。正直目覚めないのではないかとひやひやしたが、ルーリエの診断では特に問題ないそうで一日様子を見るとの事。その後ルーリエがユーライカへ謝罪して、冒険者の二人が剣術と魔術の講師に成る事を説明したり、軽い諍いが有ったりしたが一先ずは息が付けるというものだ。

 ユーライカの様子を見つつ、この世界の本格的な剣と魔法を拝める事への期待に、内心ボクは少しわくわくしていた。

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