1-2.遠征


 マッピングの為に時計回りに外縁の水場を歩いて早三時間。落ちた横穴から眺めた景色を何とか思い出せば、この森はどうやら山、と言うか岩壁?で囲まれていた様に見えた。実は、落下の衝撃でか転生のショックでか、あの時の事はうろ覚えだったりする。いまいち思い出せない。無理も無いだろうけど。

 外縁を、と言っても常に歩ける場所が有る訳では無い。木々が大きく突き出ていたり、水が深かったり、然とした陸が無かったり。極力岩壁に沿って歩きたいのだが、そう言った場合には止む無く森に入ったり川を泳いだりする。たまに水を飲みに来ているのか野生動物や魔獣達に遭遇するので、敵対する動物や魔獣は見つけ次第ころころして纏まったタイミングで腹の中に収めていった。野生の獣はステータスを確認した後、駅が無さそうなものは”無限収納インベントリ”に納めた。放置するのも躊躇われるし、喰らうのにも体力使うしね。”無限収納”に入れてれば腐る事もないのでこう言う時とても便利だと思う。”無限収納”の中には他にも茸や木の実、薬草等の道中で見つけた植物類も入れている。今の所使い途はないけれど、いつか使うかもしれないし、もしかしたらいつか何かの重要アイテムに成るかもしれないしね。もちろん全て一度は口に放り込んでいる。有毒無毒に関わらず、だ。実は口から体内に入るものはどんなものでも無力化されるのだそうで、”角射出”の例なども有るので極力何でも口に入れてみる事にしているのだ。何に使えるか分かんないしね。情報提供者はもちろんナビィえもん。


 更に一時間程歩いた頃、岩壁に変化が見られるようになってきた。何だか、断層っぽい?赤だか黒だか青だか白だか、縞々した壁が丘のように盛り上がっていてその上からまた岩壁が伸びていた。表面はぼこぼ事崩れていて、瓦礫が川に転がっている。この辺りはかなり川幅も広い。

 もう少し行くと断層の丘の中心に地面から伸びている赤黒いごつごつとした岩が断層を抉りながら生えていた。上の方は岩壁をも抉っている。かなりでかい。


――なんやこれ……赤鉄鋼?


 鑑定してみると、この地面から伸びている巨大な赤黒い岩は、端から端まで赤鉄鋼と言う鉱石らしい事がわかった。どうやら鉄の原料になる、所謂鉄鉱石のようだ。これを溶かせば鉄になるのかな?よくよく見ると周りの断層も鉄鉱石らしく、縞状鉄鉱層と言うものらしい。水底に沈んでいる瓦礫にも赤鉄鋼が混じっているようだ。

 鉱石の事はよく知らないけど、こんな風に地表に出てくるものなのか……?鉱石って掘って採るイメージだったけど、過去にこの辺りで隆起現象でもあったのかしら。

 これも何かに使えるかもしれないと思い、岩壁の赤鉄鋼を”無限収納”に収めるべく手を添える。結論として、止めておけば良かった。


――どうぇえ!?


 あれだけ巨大だった赤鉄鉱が姿を消し、代わりに壁にも地面にも続く大穴が一瞬で出現した。

 よく考えずに収納なんてするべきじゃなかったよ。下の方は何処まで続いているかわからないくらいくらい暗くなっていて、その穴に川の水が流入していく。やばい!川の水が!?なんて焦ったが赤鉄鉱が生えていた際の土が盛り上がっていたお陰か川の水が干涸らびる事はなかった。多少水位は落ちた気がするが……。

 上流からの水が途絶えないお陰で何とかなっているが、下手したら取り返しの付かない環境破壊をしてしまう所だったかと思うと血の気が引く。岩壁からは崩れた瓦礫がぼろぼろと溢れて、穴に溜まった水を押しのけて音を上げていたのを聞いてはっと我に返る。穴の奥で土砂が崩れる音もしている。


――は、はよ離れよ。


 今はまだ大丈夫だが、赤鉄鉱がどんな風に伸びていたか検討もつかないので、この辺りが何時崩れてもおかしくない。ばしゃばしゃと水を掻き分けて森側の陸に上がる。少し離れた樹木の後ろに隠れて様子を伺うが、今の所大丈夫のようだ。

 そこで、アイテム欄をチェックする事に思い至って、早速確認してみる。”赤鉄鋼”が追加されていて、名前の横には”個数:1 32.8916kg”と記載がある。え?


――32万……?えっと確か、1000キロで1トンだったよな?って事は……。

《328トンと916キログラム。》

――……。


 考えるのはやめよう、はい!!やめやめ。




 その後暫く眺めていたが、終ぞ崩れる去る事は無かったのでさっと逃げるようにその場を離れて遠征を続行した。魔獣じゃない熊が襲ってきた以外は、ひたすら上流を目指し岩壁沿いをひたすら歩く。

 もうすっかり陽も落ちてしまったので、今は”視界調整”のお世話になっている。そろそろ休んでしまいたいが、丁度良い場所が見当たらないので歩き続けている。森の中からは此方を伺っているような気配を感じるが、襲ってこないので放っている。位置はミニマップでわかっているので襲ってきた時には直ぐ対処出来るだろう。

 ミニマップの表示範囲は、自分を中心に半径50メートルの範囲がオートマッピングされて表示されている。つまり常に50メートル先の地形が確認出来る訳だ。そのミニマップには、少し先に岸壁側に窪みが出来ているのが表示されていた。岩場のようだけど、良さそうな所なら今夜の寝床にしようかしらと近づくと、じょぼじょぼと水の音が大きくなって来る。

 たどり着くと、足元には水が溜まり池になっていて、奥の方にはせり立った岩場の隙間から水が流れ落ちている。せり立った岩場の上には草木が茂っていた。ここは所謂小沢で、小規模な滝になっているようだ。山の上から湧き水が降りてきているのだろう。月明かりが水面に反射してきらきらと輝いている。


――綺麗なとこやなぁ……。


 ここが川の水源の一つなのだろう。雰囲気のいい場所だ。滝の音は少し気になるが、寝るスペースもあるし、今夜はここで眠るとするかな。念の為ミニマップの範囲に魔獣が居ないのを確認してから、出来るだけ尖っていない場所に身を横たえる。生前は仰向けで直立状態でないと眠れなかったものだが、この身体では獣のように俯せで丸くなる方が寝やすい。そもそもどうやっても仰向けにはなれないしね。良くて横向きだ。

 目を閉じてすっと息を吸うと、すとんと眠りに落ちた。



◇◇◇◇◇ ◇◇◇◇◇ ◇◇◇◇◇



 8時に目が覚めて、顔を川に突っ込んで洗い早速遠征を再開する。この身体になってから寝入りも寝起きもすぱっと出来るのでとても重宝している。前世では中々寝付けなく寝起きも悪い身だったのでとても新鮮な感覚だ。生命活動を維持する為に食事をしなくていいというのも地竜的にポイント高いよね。


 その後五時間程目壁沿いに進んだが新しい事は無く、いや、道中に鹿の群れを見たな。鹿はガル角鹿ガルディアーホーンと言う魔物で、角鹿と言う割には角を持っているのは雄だけのようで三体居た鹿の内一体の雄だけが枝分かれした立派な角を携えていた。男心をくすぐるかっこいい二本角だった。後の二頭は雌と子供の雄だ。

 彼らはボクが近づくと直ぐ様踵を返し逃げていった。新たな経験値を逃したのは惜しかったが、逃げるなら別に追いはしなくても良いだろうと直ぐに諦めたのだ。鑑定だけでも出来て良かったとしよう。


――ん?道か?あれ。


 ミニマップの端の方、進む先の辺りに開けた場所が映った。真ん中に川が通っているものの左右に通った道らしき筋を人工の橋のようなシルエットが繋いでいるように見える。視線を前に向けると遠くの方に確かに橋らしき人工物が見える。はやる気持ちを抑えて、橋に近づいていく。気持ち歩く速度も早い気がする。橋に近づくに連れ岸壁側に 道が無くなってきてしまった為川を横切って反対側の岸へ。橋周辺は木が生い茂っているので止む無く木々を縫って進む事にする。


――んあ?

《”魔力耐性”スキルを獲得。》


 道らしき筋に近づいた時ぴりっとした抵抗感を覚え、その瞬間ふよふよ浮かんでいたナビィのアナウンスが鳴った。なんだ?魔力攻撃でもされたのか?


《肯定。この道路周辺には魔獣避けの結界が施されている。》

――結界!?えっボク大丈夫なん?確かになんか感じたけども。

《肯定。この程度の結界であれば問題無いが、多少の不快感は残ると思われる。》

――確かになんか胸らへんがむかむかするわ。


 まぁ、大した害が無いなら良いか。取り敢えず今は橋だ。橋を見るのだ。

 道路沿いには確かに柵が張り巡らされていた。柵、と言っても人間大の腰辺りの位置に木製のポールにロープを伸ばした粗末な作りに見える。少なくとも見た感じ”結界”感ゼロである。ボクくらいの図体が有ればゆうに跨げてしまう。ので跨ぐ。そのまま橋まで行ってしまおう。

 


――おぉ……確かに人工物や。やっぱ知的生命体は居るんやな。


 そこには木製で手すり付きの15メートル程の橋が架かっていた。明らかに自然物では無い。まああの粗末な作りの柵も然りだが。

 乗ってみるとぎしりと音が鳴る。あぁ加工された木の感触……。

 ふと向こう側を見やると、橋の始まり、その脇には二本の黒い柱が立っていた。5メートル程のそれは一見してオベリスクの様にも見える。鑑定した結果これは”黒曜石の結界柱”と言うらしい。魔力を宿した黒曜石の柱にルーン?を刻んで効果を発動させている物なのだそうだ。ルーンというのは魔術を行使する際に必要な文字列の事らしい。呪文的なやつかな。もちろん出典はナビィペディアだ。ほんと便利。皆も寄付しよう。

 これが魔物避け結界の発生源だという事はわかった。その更に奥には自然に出来たであろう巨大な大穴が空いていて緩めの上り坂になっている。それ程長い洞窟では無いようで奥から光が漏れていた。どれ、と覗こうとした時――。


「ぎゃわっ!?」


 ばちんっ、と言う音が光と共に起こり、鼻頭を強い衝撃が襲った。


――痛ったぁ!なにぃ?

《この洞窟の中心から強力なエネルギーを検知。先程より強力な結界が張られているよう。》

――このオベリスクとは別口なん?

《そのよう。今のあなたでは突破する事は不可能。》


 ワールドマップに拠るとこの先は別マップに繋がっている。と言う事は、もしかしなくてもこの森に閉じ込められている、と言う事では無かろうか。


《肯定。》


 うわぁお。



 気を取り直して、遠征を続けたいと思う。漸く感じた文明のかほりに心が湧き立ったが、行けぬなら仕方ないよね。この道を逆側に辿ってみたいけど、まずは外周を埋めよう。オープンワールドゲームでも何でも、取り敢えず外周は埋めたくなりません?なるよね?そう言う事である。


 さぁ再開だ、と当初の予定通り道を挟んだあちら側へ、と思ったらなんと人工の道が伸びていた。人工の、と言ってもアスファルトが敷いてあるわけではなく、地面を露出させて踏んで固めただけの様な簡素な道である。二つの道は何方も1.5車線程ある広い道だ。中央には草の盛り上がりが走っていた。何の為にこんな広い道を作ってあるのかは知らないが、足元が整った地面を歩くのは願ったり叶ったりなので良しとしよう。この脇道では、川の水が岩壁まで有るようで、川幅もそこまで広くないようだ。何処まで続いているかわからないが、有難く使わせて貰うとしよう。


 やっぱりちゃんとした道は歩きやすいようで、邪魔な木も水も無いのも相まって凄く早く進んでいる気がする。途中で一回休憩を挟んだが、魔獣とも出会さなかったのは結界のお陰だろう。暫く進んだ所で両腋に結界柱が見えてきた。これにも有効範囲とかあるのだろうなぁ。途中で川が道を横切っていて、その上を渡した小さな木製の橋もあった。完全に水場と分断されてる訳でも無さそうだ。

 

 更に見えてきた結界柱をやり過ごして、もうすぐ陽も落ちると言う所で、何やら異臭が漂って来た。


――なんやこの匂い……?くっさい、なんか腐っとるんちゃうの?


 嫌だなぁと思った所で、先に広場のような場所があるのがミニマップ越しに確認出来た。その先へ目を向けると、何やら壁に縦に裂けたような大穴が開いている。あの前に広場が有るのだろう。臭いの元もそこのようだ。何と無く行きたくないが、外周を回るという使命感が勝り、魔獣も居ないようなので鼻を抑えながら足を向ける。


――ゔっ……マジでぇ……?


 広場に入った所で見回してみる。広さはプロサッカーのフィールドの半分無いくらいで岸壁側は少し小高くなっている。その下を川が抜けているようだ。何かの施設だろうか半壊状態の建物が二三軒見えた。入り口脇には二本の黒い結界柱が聳えている。広場の外縁には例の柵が続いている。どうやら道の終わりはここらしい。

 そして、土の地面に幾つか転がっているあれは、あー……これはきつい……。


――初コンタクトがこれか……ぐっろ。


 転がっているそれは、所々大きく欠損しているが、人の形をしていた。

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