エピローグ
いつもの日が帰ってきた。
かおるの夏休みは、今日も、おだやか。
たけるも一人で出かけることはなくなったし、一日中、兄弟で遊べる。
「でも、なんで杉浦先生は、あんなことしたの?」
今日はソーダ味のアイスを食べながら、かおるは、たけるに聞いてみた。
たけるもアイスをガリガリかじりながら答える。
「先生は、奥さんを世間から守りたかったんだよ」
「えっ! あの怖い女の人を?」
ざんねん(?)ながら、あの一人もオバケじゃなかった。先生の奥さんだ。
「もともとは、あんなじゃなかったんだよ。頭がよくて、上品で、りょうさいけんぼってやつだったんだって」
「ええっ……オバケかと思った」
「それは京子ちゃんを亡くしたからだよ。一人娘だったんだ。交通事故で京子ちゃんが死んでから、心の病気になってしまったんだ。京子ちゃんは、もう死んでるのに、生きてるって思いこんで、外をさがしまわってたらしい」
「ふうん……」
そういえば、ずっと、きょうちゃん、きょうちゃんと言っていた。
「それで、杉浦先生は子どもの人形を用意して、京子ちゃんだとウソをついた。奥さんは若いころ、あのオバケ屋敷の息子の家庭教師をしてたから、合カギを持ってたんだ。空き家なのをいいことに、あそこに奥さんをかくした。近所の人に病気だと知られないようにね」
「じゃあ、ぼくが聞いた女の人の泣き声……」
「うん。あの人だよ。かーくんたちが探検とかいって入りこむようになったから、先生、あわてて、奥さんをつれかえった。人形は始末して」
「ぼくらが探検したとき、あそこに、あの女の人もいたんだね」
「見つかってたら、かーくんは京子ちゃんとまちがわれて、つれさられてたね」
「ぼく、女の子じゃないもん」
「かーくんは、かわいいから」と、たけるは言う。
かおるは、むくれた。
「ちょっと前に、ゆうかいされた女の子がいたろ? あれも奥さんの仕業らしい。一人で空き家をぬけだして、京子ちゃんに似た子をつれてきてしまったんだ。杉浦先生はあわてた。身代金を要求して、お金が目的だと思わせた。それで、奥さんのすきをついて、つれだし、女の子は自宅に帰した」
「そうだったんだ!」
「そういうことが世間に知られると、奥さんは刑務所に入らないといけなくなるだろ。だから、ナイショにしてたのに。かーくんたちが、ちょろちょろして、先生のヒミツに近づいていくからさ」
「ううっ……」
「とおるくんは一人で待ってるときに、オバケ屋敷に出入りする先生を見てしまったんだ。人に知られるとマズイから、あそこに閉じこめられてたんだよ」
「じゃあ、アメちゃんのおねえさんは、なんで学校を歩きまわってたの?」
「あの人は杉浦先生の奥さんの妹だよ。奥さんが姿を消してしまったから、杉浦先生に、ころされたんじゃないかと思ってさがしてたんだ」
「じゃあ、にいちゃんは、なんで、ぼくがオバケ屋敷にとじこめられてるってわかったの?」
「だって、子どもをかくしておけそうな都合のいい場所なんて、あそこしかないし」
まあ、そうか。
「オバケ屋敷の近所のおばあさんから、家庭教師が小学校の先生と結婚したって聞いた。だから、杉浦先生が、あやしいと思ったんだ。先生の奥さんは長いこと、姿を消してたからね。
それで、妹の優子さん——アメちゃんのおねえさんのことだけど。優子さんに会って、話を聞いた。いよいよ、先生が犯人だと思った。うちに帰ったら、かーくんが戻ってきてないって、じいちゃんに言われて、あせったよ」
「ご、ごめん……」
「前に一回、子どもの死体があるって言って、人形だったことがあったろ。警察は、おれの言うこと信じてくれないし。優子さんにお願いして、いっしょに行ってもらって……まにあって、よかったよ。かーくんに、もしものことがある前で」
「う、うん……」
「かーくんが学校やオバケ屋敷のまわりをウロウロしてるから、きっと、とおるくんをさがしてると思われたんだ。先生のヒミツに気づいてるんじゃないかって」
「ぼくは、たけるにいちゃんのあとを追いかけてただけなんだけど……」
「だから、かーくんには、だまってたのに……」
ぼくだって、にいちゃんといっしょがいいよ、と言いたかった。けど、さらわれて、ころされそうになったあとでは、そうも言えない。
「ねえ、にいちゃん。のろいって、なに?」
たけるは、だまってる。
すると、じいちゃんがやってきて、言った。
「うちの何百年か前の先祖が、のろいをうけたって話だ。東堂家の人間は、みんな若くして死んでしまうんだ」
「じいちゃん! なんで言うんだよ」
たけるは怒った。
でも、じいちゃんは続ける。
「一人だけ長生きする男がいる。じいちゃんが、そうだ。じいちゃんが死んだら、たけるか、かおる。おまえたちのどちらかが、じいちゃんのように長生きする」
「どっちかが? じゃあ、もう一人は?」
じいちゃんは、それについては言わなかった。
(うーん。一たす一はニ。ニひく一は一。一人が長生き。あとは死ぬ。ってことは、のこったほうは死ぬってことなのかな……)
「ぼく、死んじゃうの?」
「まだ、どちらかはわからん」
「にいちゃんが死んじゃうの?」
「そういうこともある」
かおるは息をのんだ。
自分が死ぬのはイヤだ。
でも、たけるが死ぬのは、もっとイヤだ。
「だから、かおる。兄弟、なかよくするんだぞ。悔いのないように生きないといかん」
かおるは何も言えなかった。
正直言うと、死ぬって、どんなことなのか、よくわからない。
ただ、死んでしまった、お父さんとお母さんに会えないことが悲しい。死んじゃうと、その人に会えなくなるんだってことだけは知ってる。
「ぼく、やだな。その、のろい」
だいじょうぶだよと、たけるが言った。
「にいちゃんが、なにがあっても、かーくんを守るから。のろいなんかに、絶対、負けないから」
ふしぎだ。
たけるが、そう言うと、ほんとに、だいじょうぶな気がしてくる。
「うん。わかった」
たけると、じいちゃんは顔を見あわせてる。
もっと、かおるが泣きさけぶと思ってたみたいだ。
(にいちゃんが言うことで、まちがってたことなんかないもん。だから、だいじょうぶ)
きっと、ずっと変わらない。一年さきも五年さきも、十年さきも。
こうやって、毎日、たけると、じいちゃんと、いっしょに暮らしてる。
そして今回みたいに、たまには冒険するかもしれない。ワクワクするような冒険を。
今は、そう思ってるだけで、幸せな、かおるだった。
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