変わったやつ
「さて、ここが航空管制室ね」
扉を開けると、先ほどの艦橋とは打って変わり、広い空間が目に広がる。必要な機材はあるものの、やはり管制室ということもあって中は広々としていた。
「航空管制だから、知識はあなた達の方があるかしら?」
「えぇ、航空機乗ってますし」
雅美が自信満々に言ったのを見て、「じゃあ雅美、説明してみろ」と亮は言う。
「え!? いきなり過ぎない!?」
「航空自衛隊とあろうものが、管制室のことも説明できないようじゃ戦闘航空団は務まらないなぁ」
わざとらしく口にした亮の言葉に苛立ったのか「あぁそう、じゃあ説明してやるわよ!」と声を少し荒げた。
「えーっと……航空管制室ってのは、航空機や飛行機の離着陸を安全に促すためのところ。管制塔から得た航空機や飛行機の状況を管制室に伝えて、次はこの飛行機、次はこの航空機っていうのを伝える役割を持つわ」
雅美がちら、と亮の方を見ると、まぁいいだろうとでも言わんばかりの顔で見つめ返していた。
「大体はそんな感じ。航空機、戦闘機の発着を促す頭のような役割を持っているからね」
「も、もういいでしょう艦長! 次行きましょうよ!」
「あ、行く? じゃあそうしようか」
「次は何処ですか?」
良介が質問すると、茉蒜は歩きながら、
「戦闘航空団の飛行長のとこよ」
「ヘリ空母には、飛行長がおられるというのは聞いたことがありますが……」
「もしかしたら、初めましてかもね?」
航空管制室の中を通り抜け、左舷側に移動した茉蒜は、
「広瀬!」
『Air Boss』と書かれた青いシートの席に座る者が、茉蒜の声に反応して振り返る。茶髪に綺麗な緑の瞳を持った、中年のおっさんとも言える顔つきだ。
「おぉ黛一佐、お客さんか?」
「いやいや、そんなわけないでしょ。戦闘航空団の子達よ、あなたも顔見知りなんじゃないの?」
茉蒜の問いに、広瀬と呼ばれたその人物は、
「戦闘航空団……あぁ、あの戦闘機のパイロット達か! 自己紹介をしておこう。今回、戦闘航空団の飛行長を担当する
「はっ、よろしくお願いします」
亮の敬礼に続いて、雅美、良介も同じく敬礼をする。
「あ、ちなみに……そこの黛一佐よりは年上だが、俺はつい最近一佐になった。前は黛一佐と同じ空母「ひゅうが」の乗組員として勤務していたのだがな、今回は飛行長をすることになった」
「……そういうわけだから、よろしく頼むわね」
「お言葉ですが艦長、一つよろしいですか?」
雅美が小さく拳をあげて茉蒜に言う。
「何?」
「艦長の方が年下なのですよね? でしたら、なぜタメ口で話しているのでしょう?」
口調が気になったのか、亮がそんなことを質問してきた。茉蒜は少しの間困惑していたが、直ぐに「あぁ、その事ね」と明るく言う。
「広瀬が言ってたけど、前に務めていた「ひゅうが」で色々お世話になってね。広瀬がいいって言ったの」
「……なるほど」
納得したように呟く亮を見て、「亮が珍しく納得した!」「腑に落ちねぇ!」と雅美、良介がツッコミを入れる。それを見ていた広瀬は、
「若いもんは仲がええのぉ……」
と、口調を変えて微笑ましく見つめていた。
***
艦内の案内が終わり、戻ろうと廊下を歩いていると、とある所で亮が足を止める。
気づいた茉蒜が「どうしたの?」と亮の元へと歩み寄った。
「
亮の目線の先には、窓の横、死角として普段は見えない所に小さな社が飾ってあった。仄かに赤く光る小さな灯篭で、社の中がよく見える。
「あぁ、
「どちらの神社ですか?」
雅美が社を見ながら言うと、
「加賀の国、石川県の一之宮の神社。海上自衛隊の艦艇には、こうやって船を安全を見守ってくれるようにって、各船に沿った神社の社が飾られているの」
「かがだけでは無いのですね……」
良介が不思議そうに呟く。
「艦内の案内は終わるけれど、五分もしたら出港式もあるし、前甲板に行っておいてくれる? 部屋のカードキー渡しておくから、今のうちに荷物とか整理しといてね」
部屋の前で三人にそれぞれカードキーを渡し、茉蒜はそう言って艦橋へと戻って行った。
「部屋で待機……
「なぁ雅美、あの艦長どう思う?」
亮の問いかけに「どうって、身長の小さな人だなぁって思ったけど……」ときょとんとしながら雅美は答える。
「そうじゃなくて。帽子、被っていなかっただろ? どうして無帽なのかがとても気になってな」
「あー確かに。でも海自の人で、帽子を被らない人も稀にいるってパパから聞いたことがあるわよ」
顎に手を当てる雅美。それでもどこか腑に落ちないのか、亮は黙って部屋の中へ入っていってしまった。
「あーあ、いつもの癖が出てるな、ありゃあ」
「ああなると私達でも止められないから、放っておきましょ?」
二人はそう言い、それぞれの部屋の中へと入っていった。
***
前甲板に隊員が並び、茉蒜はその前で皆の顔を見ていた。
その光景を遠目から見据える横尾将補と伊藤司令は、そんな彼女のことを話していた。
「本当に任せて良かったんですか? あの方に」
「なに、あの子がいいと志願したのは航空側ではないか」
茉蒜の
「心配いらない。黛君は
「……では、私もそれを信じるとしましょうか」
二人して顔を合わせ、口角を上げた。
そして
「うぁ〜、帽子嫌!」
艦長席に座り、茉蒜は嫌々しく脱帽してテーブルに置く。
「艦長、帽子被るの嫌いなの?」
姶良が首を傾げると、「嫌い! 普段の外出でも帽子被らない!」と髪を整えながら茉蒜は言う。
「出港式なんだし、仕方ないわね」
「それは分かってるよ典子、流石に式典時は帽子被るけど……」
「まぁあなたの過去に関係しているもの、気持ちも分からなくはないわ」
二人が会話していると、内線の通知音が鳴る。茉蒜が手に取ると、それは機関室の方からだった。
「艦長、機関は異常無し。メンバーの皆も体調は万全、すぐにでも出港可能よ」
機関長の
「前甲板より艦橋へ、異常無し!」
「中甲板、異常無し!」
「あ、後甲板、異常ありません!」
「航空管制室から艦橋へ、哨戒ヘリ二機、及び戦闘機三機のうち二機、異常無し。俺の後輩がぶっ壊した戦闘機一機は、俺達の部隊の航空整備士が責任を持って整備しよう。健闘を祈る!」
次々と報告が来るのを聞き、茉蒜はふう、と息をつく。
「
ビューグルを手に持つ姶良が、高らかに音を鳴らす。
「出港用意!」
最後のもやい索をダビッドから外し終え、「帽振れ!」の指示で脱帽した隊員達が、甲板端で帽振れをしているのが茉蒜達には見えていた。訪れたマスコミは、その光景をカメラに叩き込んでいた。
「さて、何も起こらないといいのだけれど」
そう呟いた茉蒜に対して、
「まぁ、戦闘機の一機、前輪が壊れた時点で何か起こりそうな気はしますけどね……」
と、音羅は控えめに呟いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます