窓から

 訓練学校卒業が近付いてきた待蕾まちつぼみの月、三月も終わり頃、愈々あと数日後に入隊式を控えている訓練兵達は、身体検査を受けるために医務室の隣室に集められた。

 三名ずつで医務室へ呼ばれるため、他の者は制服の前を寛げて隣室で待っている。幾つか置いてある椅子に座る者もいれば、立って話をしている者もいる。

 ウェスリーは誰かと雑談する気にもなれず窓際に立っていた。

 厳しい西部の冷え込みに対応するための二重窓の向こうに、今ではもう見慣れた校庭が見える。校庭の周囲はぐるりと垣根状に白樺が植わり、その白い木肌をほっそりと並べている。葉はまだ芽吹いていない。

 去年の秋にここに来た時は黄色く紅葉して美しかった。それをゆっくりと眺める時間も気持ちの余裕も無かったのだが。

 そんなことを思いながらウェスリーがぼんやり窓の外に目を向けていると、同じように他の窓から外を見ていたであろう訓練兵が何やら騒ぎ出した。

「どうしたどうした」

 面白がってあっという間に部屋にいた殆ど全員が窓際に詰め掛ける。五十余名もいるのに殺到するせいで、折角窓際に陣取っていたウェスリーは端に追いやられてしまう。

「あ、あれかあ!」

「俺も見た、実戦訓練の時いたよな」

「俺の班の時に丁度援護してくれてたわ」

 盛り上がる同期生達が何を見て盛り上がっているのか分からず、ウェスリーは何とか身体を端の方から滑り込ませて再度外を見た。

 閑散とした校庭に、数人の箒兵が歩いているのが見える。

 皆右手に飛行用箒を携え、飛行服を着用している。防寒用の白い襟巻に顔を埋めていたり飛行用眼鏡を装着したりしているものだから顔が見えない。

 そんな彼等の中に、一人顔をはっきり見て取れる男がいる。

 黒い髪に、寒そうにも映る白い肌。遠目からも鋭い目付きがよく分かる。彼だけは襟巻もせず飛行用眼鏡も首に下ろしているから、ウェスリーはよく彼の顔を眺めることができた。

 だが何故皆が騒いでいるのかは分からない。

 少し躊躇われたが、同じく端から外を覗き込んでいたペトルの袖を引いて問う。

「何が珍しいんだ?」

 ペトルは横目でウェスリーを見ると答える。

「あの人、西部では有名だからな」

「そうなのか」

「中央で、しかも学生してたんじゃ知らないかもしれんけど」

 う、と呻いてそれ以上尋ねることを諦める。ペトルの言葉に底意は無いのかもしれないが、中央出身者に対する疎外のようなものを感じてしまったのだ。

 窓から離れて溜息を吐く。

 皆は未だにわいわい言いながら外を見ているが、騒がしくて何を喋っているかは聴き取りにくい。所々に中隊長、刀などの単語だけは聞こえるが、推理してまで話の内容を把握したいわけではない、と見切りを付ける。

 そこに扉が開く音がして、教官が呆れたような怒ったような顔を覗かせた。

「次! 七番から九番! おい、お前ら軍医殿が聴診器が聴こえんとよ!」

 皆一斉に黙りこくった。

 ウェスリーは、今窓から見下ろした男の顔を、どこかで見たような気がするがどこでだったか思い出せなかった。

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