第3話 はじめに「兵法の智力をもって、必ず勝つ」

 武蔵の剣法

 宮本武蔵の剣法二天一流と、日本の自衛隊で採用されている日本拳法とは、よく似ている( 自衛隊では徒手格闘術とよばれる) 。

 武蔵の剣法も日本拳法も、たんなる剣・拳の技術ではなく、真剣勝負に勝つための明確な思想を持っている。

 宮本武蔵という男はただの剣術家ではなかったし、日本拳法とは殴る蹴るだけの格闘技ではない。剣( 拳) の技術ではなく知性、力やスピードではなく「場と間合いと拍子」で勝つ。二天一流も日本拳法も、剣法( 拳法) を超えた総合的な戦いの道なのである。

 

 宮本武蔵( 一五八二〜一六四五) とは、真剣勝負の戦い( 決闘) を三十歳のころまでに六十数回行い、そのすべてに勝ち抜いた。その後、三十五歳頃から姫路や明石、小倉、熊本の各藩で平和なサラリーマン武士としての生活を送ったが、そのときも決闘に明け暮れていた頃とおなじく、真剣勝負の感覚で生きていた。

 武蔵にとって武士とは戦いのプロ、戦いの哲学者である。殺し合いのときも平和な時代であっても、戦うというスタンスは絶対に崩さない。どんな些細なことでも決死の覚悟で人と接する、武蔵の命がけの精神( 真剣勝負の心) は終生変わらなかった。そのため、ちょっとしたことですぐ意固地になる男といわれ、晩年は変人扱いされていた。

 だが、武蔵はそんなことなど気にせず、戦国時代に比べれば天下太平ともいえる江戸初期の頃、黙々と彼独自の戦いの思想をみがいていた。そして、自らがうちたてた剣法二天一流のバイブルともいえる「五輪書」を残して死んだ。当然ながら、この書は若き日の殺し合いに明け暮れた武蔵の体験がなければ書けない内容であるが、その後の三十年間における孤独な内面との戦いによって、単なる剣の技術書を超える思想書となった。

 覚えた技術で戦うのではなく、その場その瞬間、最も適した戦い方によって敵を臨機制変( 機会をとらえて変化を先取り) する。その意味で、宮本武蔵とは剣を巧みにあやつる技術者というよりも、むしろ戦いの芸術家と呼ぶべき独創的な男であった。

 武蔵は常に斬新な場とリズムを作り出すことで、紙一重の関係にある敗北を、勝利に反転させるタイミングを逃さなかった。天の理にかなった知性と行動力で、剣の勝負と人生に勝ち抜いたのである。

 武蔵剣法最大の特徴は、剣ではなく智力( 知恵と精神力) で戦う、ということ。そして、それはまた日本拳法という武道においても同じ。さらには、この智力こそが私たち日本人を日本人たらしめる、きわめて重要な特性なのである。



 日本拳法

 日本拳法とは、昭和の始めに創始された、さまざまな武道や格闘技の集合体である。

 もともと、相撲や柔道といった武道、あるいはボクシングという格闘技は、ケンカ(殺し合い)から始まっている。いかに実際のケンカをせずに二者の優劣を決めるかという発想から生まれたのが、これら競技であり、囲碁や将棋とは、肉体的・物理的な戦いをさらに抽象化したゲームといえる。

 最も原始的な戦いが格闘技となり、洗練されたスポーツとなり、記号化されたゲームとなるにつれて、少しずつ抽象化していった。そして、これらいったん分かれたケンカの支流を集め、人間本来の闘争心をそのまま発揮できる場として復活させたのが、日本拳法なのである。

 ケンカと違うのは、堅牢なプロテクター(防具)を着用するため、ケガの心配が少ないということと、三人の審判員によるポイント制(ノックダウンを目的にしない)にある。日本拳法では、体の大きさや力の強さといった物理的な要素よりも、戦いの進め方やタイミングといった知的な働きが勝負の決め手となる。

 また、寸止めという競技形式と異なり、戦いの精神をストレートに行動として表現することができるため、人間がほんらい持っている闘争本能を呼びさまし、都会の生活に麻痺した野生の感性、真剣勝負の心を甦らせてくれる。

 「第四章 」では、四百年前の武士宮本武蔵が戦いの拠所とした智力=常識が、現代の武道日本拳法の中で生きている事実を明らかにする。それはまた、剣の技術だけではとらえきれない武蔵の戦い方を、日本拳法の精神的特性から理解することにもなるだろう。

 武蔵はなぜ強かったのか。どうやって真剣勝負に勝ち続けたのか。「五輪書」に記された彼の肉声(言葉)と、武蔵の戦い方を現実に見ることができる日本拳法の精神性を知ることで、今まで知られることのなかった宮本武蔵(と日本拳法)の真価を明らかする。


 武蔵も日本拳法も、次の三つを戦いのポイントにしている。

 一 顔面攻撃

 二 相打ちの精神

 三 場と間合いと拍子で勝つ


 (注)「五輪書」からの引用文(「」で括った古文)は、現代仮名遣いにしたり、言葉を補ったりしています。

 本書は目に見える剣や拳の技術ではなく、精神性という観点から武蔵と日本拳法を理解しようとするものです。


 掲載・変更履歴

 2008 年4 月に書籍版として出版したものを、今回若干手直しし、電子ブックとして発刊致します。

 

 2010年10月30日 V1.0 リリース

 2010年10月31日 V1.1 リリース

 

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