第16話 死霊術士の置き土産


 弾は前から飛んでくるとは限らない。これは後ろ弾のことだが、まさか異世界に来てやられるとは誰も思わないだろう。


 前回の廃砦探索から戻って俺がまずやったこと。


 それは破損した皮鎧と布服を買い直し、皮製のバックパックを新しく買ったことだ。銃袋も破れていたのだが、猟銃を収納出来るような袋は取り扱っていなかった。防具店の店主が言うには一から仕立てる必要があるらしい。


 バックパックの中身や熊爪の首飾り、狩猟者記章と狩猟組合からもらった小妖精ピクシーのバッジが無事だったのは、幸運だったと思っておこう。かなり高値だったが、ドヴァの鍛冶屋で異世界製実包も六〇発ほど購入した。


 そして最も大事な、やるべきことがある。


 俺の前には正座をさせられたモイモイがいた。


 宿屋の部屋で、という慈悲は与えた。だが、腹の虫が収まらない。軽率な行動を改めさせるためにも、軽い仕置きと説教は必要だ。


「お前はもう少し自制を覚えるべきだ」


「……久しぶりに、ぱぁーっと燃やせると思ったらつい」


「お前はマッチ一本よりも危ない火事の元だと自覚しろ。クーだってなんであの時、俺に噛みついたんだ? おかげで避けられなかったんだぞ」


「あれは魔獣ボラークの魅了からシドーさんを守ったんですよ」


「なんだって? 魅了?」


 ……妙にそそられると思ったのは、溜まっていたからではなかったのか。


「そうですよ。危うくシドーさんは操られる寸前だったんですから」


 俺はモイモイの真横で、お座りしたまま溜息をつく魔狼のクーを見る。


「……そうだったのか、そりゃ悪かった」


「スゥ~。……プフゥ~~」


 何だか腹立つ顔でクーがもう一度溜息をつく。一応あの時は助けてくれたらしいが、小憎たらしい顔だ。


「あの、そろそろ足が痺れて来たのでもういいですか?」


「……今度から控えめな魔法のみを使うと約束したら立っていいぞ」


「まあ、今度からは大きい方は屋外だけにしておきます。小さい方は屋内で」


 よろっと立ち上がり、痺れて太腿を小刻みに震えさせるモイモイ。


 部屋の扉が開けられてラハヤが入室した。何やら浅緑色の長い袋を抱えている。


「ラハヤさんどこ行ってたんだ?」


「頑張ったお兄さんにこれを用意してたんだよ」


 その袋には猟銃のスリングを通せるスリットが入っていた。銃袋である。


「これってまさかお手製?」


「うん。お兄さんがいつも頑張ってるから、私も何かしてあげたくてさ」


 机に置いてある猟銃を浅緑色の銃袋に収める。ぴったりだった。しかもラハヤお手製だ。


「うっ、グスっ……ううっ……!!」


「あ、シドーさんが泣いてます」


「え!? 気に入らない色だった?」


 嬉しさで涙があふれた。銃猟に理解ある妻や娘を持つ猟師の家庭は、妻や娘が銃袋を縫ってプレゼントしてくれることがあると聞いたことがある。まさかそんな経験が出来るとは感無量だった。今までの苦労が報われる気持ちにさえなった。彼女の好意に、ただただ感謝した。


「あ、いや違うんだ。すごく嬉しくて、ありがとうラハヤさん。大事にするよ」


「そこまで喜ばれるのは、ちょっと気恥ずかしいかなって。……作って良かったとは思ったけどね」


 ラハヤが照れてはにかんだ。


「なら私も何か作ってあげましょう!」


「なんだよ。放火セットでも作ってくれんのか?」


「なんだかラハヤと比べて扱いが酷い気がします……。流石の私も腹が立ちますよ」


 頬を膨らませて抗議するモイモイを、小突いてやりたくなった。


 ラハヤには何かお返しをすべきだろう。この世界の女性は何を贈れば喜んでくれるのかを、検討しなければならない。


 俺はラハヤに感謝して街へ繰り出した。


 炊事車付きの馬車の値段を見るために職人街へ向かう。


 道中の狩猟組合の裏で、女性が助けを求める声が聞こえた。


 気になって見てみる。そこではゴシックドレス風な服を着た褐色肌の幼女が、三人の男たちに囲まれていた。銀髪ツインテールの幼女はダークエルフだ。男たちと揉めているようで暴行される寸前であった。


「あの、何やってるんです?」


「ああ? お前は関係ねえだろすっこんでろ!」


「いやぁそう言われても……」


 チンピラが性的暴行を加えようとしている場面にしか見えない。俺は男たちの間からダークエルフの幼女に向けて声を掛けた。


「あの、助けとか要りますか?」


 その幼女が顔を上げる。その顔に心当たりがあった。


「お主! 儂を助けてくれるのか!?」


 廃砦の主である。年老いたダークエルフの黒魔導士だ。見た目は可愛らしい褐色幼女だが、騙されてはいけない。中身はじじいの変態である。


「あー、すみません。どうぞお構いなく。俺はこれで……」


「待たんか!! か弱い美少女を置いて去る気か!! それでも男か!!」


 俺は前向きな転進をして、その場を去ろうとした。


黒焔雷ブラックボルト!!」


 黒魔導士がチンピラを焼き焦がす。彼らは生きてはいるだろうが、中身じじいの褐色幼女に欲情した彼らが不憫でしょうがなかった。挙句にやられるなんて。


「ちょいと待て!! 若者よ!!」


「……なんですか? 俺は忙しいんです」


「お主らに依頼があって来た。ちょっとした斥候をやって欲しい」


 まるで西部開拓時代の猟師に頼むようなことを言い始めた。


「冒険者に頼めばいいじゃないですか」


「冒険者組合に任せたらことが大きくなり過ぎるのじゃ!」


 ……のじゃロリじじいめ、尻拭いをさせる気じゃないだろうな?


「報酬はお主をこの世界に連れて来た神について教える。というのはどうじゃ?」


「……なんだって?」


「伊達に八〇〇年近く生きてはおらんよ。お主が異世界から来たのは、あの焦げた橙色の袋で検討はついたわ! 燃える黒い水の匂いと殆ど同じであったからな!」


「……少しだけ聞きます」


「やってもらいたいのは、廃砦の地下にある儂の研究室に書かれた魔法陣を消すことじゃ。あれがバレたら色々と命の危機なのでな。……全く黒魔導士にとって世知辛い世の中よのぉ」


 俺は一度宿屋に戻って、この話を持ち帰ることにした。


 

 これは俺から依頼を受けたゴブリンたちから聞いた話だ。


 この世界の紀元前に当たる時代には、エルフとダークエルフしかいなかったらしい。次にドワーフが現れて、ゴブリンと同時に人間がやって来た。獣人などは比較的新しくやって来た種族とされる。俺や古川三郎を連れて来た神は、おそらくはこの世界の種族を増やした神と同一であるとのこと。


 そして、エルフが神性だとしたらダークエルフは魔性。ゴブリンも大昔に唆(そそのか)されて、他の種族に嫌われるような大罪を犯したとも言っていた。ダークエルフの、特に黒魔導士には気を付けた方が良いと忠告もあった。


 なので宿屋に帰り『ダークエルフのロリじじいからの依頼を受けたい』と言ったら、ラハヤもモイモイも大反対だった。裏があると言って聞かない。


「……やっぱり駄目か?」


「やっぱり行かない方がいいと思う」


「むしろシドーさんが、あの黒魔導士を信じているのが驚きです。濡れ衣を着せられるかもしれないのですよ?」


「信じている訳じゃあないんだが……」


 断じてロリじじいを信じている訳ではない。だが、彼女、いや彼がただの変態なだけで、とてもテロリストのように見えなかったのは事実だ。信じる神様の違いだけでダークエルフが世界の敵のようになっているのなら、俺にとってその風潮は受け入れ難い。


 クーが大欠伸をする。何だか気ままなクーを見ていたら、一旦頭を冷やしたほうがいい気がしてきた。


「とりあえず、今日は狩猟組合に顔を出して依頼を受けるだけにしようよ。ね?」


「そうするか」


 俺たちは狩猟組合に顔を出す。


 こちらを見つけた受付嬢が話し掛けて来た。彼女は兎の耳が生えている獣人だ。以前ここで神様探しをしていた俺を不審者扱いした女性である。


「あ、シドー様!」


 ……なぜだろう。様付けが無性に腹立つんだが。


 俺に対してきつい態度だった彼女は、俺がユニコーンを狩ったという噂で媚びたものに豹変した。彼女の立派な兎耳で聞きつけたに違いない。


「あのシドー様、聞いてますか?」


「ああ、チェッカードさん」


「もう、そろそろ名前で呼んでくださいよ」


 彼女の名前はニーカ・チェッカード。フリルで装飾された可愛らしい制服を着て、彼女自身も見目が良い。だが、肝心の中身が可愛くない。名前で彼女を呼ばないのは当たり前な対応である。俺的に金目当てなのがきつい。


「あの、要件は?」


「それがですね。今大変なことになってるんです」


「お兄さん。これじゃないかな?」


「これか」


 ラハヤが見せた依頼書にはこのように書かれていた。


『北山街道付近の森に不気味な獣がいます。兵士たちにも頼みましたが、余りにも恐ろしげな獣に精神疾患になる始末で頼りになりません。冒険者組合にも同様の依頼を出しましたが一向に解決しません。どうか討伐と真相究明をよろしくお願いします。報奨金:銀貨五〇枚。五〇〇,〇〇〇マルカ」


 依頼者は交易商人だった。


「それです! 狩猟組合では珍しく高額報酬だったので、皆こぞってこの依頼を受けているんです!」


「それなら何も問題ないのでは?」


「……それが」


「シドーさん。こっちにもそれと類似した依頼がありました。しかも二桁枚はあります」


「なんだそりゃ? どういうことだ」


 モイモイから渡された依頼書を見ると、どれも内容が『北山街道付近の森に現れた不気味な獣の討伐』であった。


 どれも依頼者が少し変だった。冒険者であったり、猟師であったり、兵士であったりだ。

 

 交易商人の依頼を受けて向かった者たちが、この依頼を出している。これは異常だ。


「……すでに大事じゃねえか、あのロリじじい」


 扉が音を立てて開いた。


「ここにシドーと言う者はおるか!」


「あ、ブラックリリーさん!」


 ニーカが目を輝かせる。金持ち相手は媚びるのが、兎獣人ニーカ・チェッカードなのだ。


「……あーくそ。来やがった」


 ロリじじいの源氏名はブラックリリーというらしい。


「シドー! 何をやっておる!」


「何って狩猟の依頼を受けに来たんですよ」


「……ちょいと面を貸せ。不味いことになっておるのじゃ」


 俺はブラックリリーに裏へ呼び出された。


「なぜまだ出発しておらんのじゃ!」


「なぜって言われても……」


「お主が行かぬせいで被害者が続出しておるではないか!」


 なぜ俺が怒られねばならんのだ。


「あの魔法陣は魔性で出来ておる。あれを消すには神性の高いエルフか、神に魅入られた者でしか無理なのじゃ。だからお主に直々の依頼を出した。それがなぜ分からん!」


 分からないのかと言われても、俺は『君は選ばれし勇者です』と言われて『やったぜ』となるほど自惚れてはいない。俺は普通の小市民だ。高尚な思想も持ってない。


「そう言われても困りますよ。エルフなら神聖処女隊の人たちと面識有りますけど」


「……確かにそいつらは神性が高い純血のエルフどもだが、儂まで嗅ぎつけられてしまうではないか! こんなか弱い美少女を突き出すつもりか!」


 無性に腹が立つな。


「俺が行ってどうこうなるんです?」


「お主は神に魅入られておる。その不死の体が何よりの証拠じゃ」


「魅入られてるんじゃなくて、呪われてるの間違いじゃないですかね」


「お主は結構あれじゃな。強情な奴じゃな」


「一体何をしでかしたんです? そこまで教えてくれないと対策のしようもないじゃないですか」


 ブラックリリーが可愛く咳ばらいを一つする。こいつの素性を知らない者が見たら、可愛いと思ってしまうだろう。けれども、それは罠だ。


「儂は若返りの研究の一環で、様々な黒魔術を試しておった。その研究の内容が死霊術と召喚に関する物だったのじゃ。だが、方法を間違えて冥界の門を開いてしまったのじゃよ。不気味な獣とは悪霊、怨霊に憑りつかれた獣じゃろうて」


「それってリリーさんが悪いのでは?」


「……そうは言うがな。結界で閉じ込めてあったのじゃぞ? 環境利用魔法を施した苔生した煉瓦じゃ。数も多くしてあったし、封印はばっちりであった」


「誰がその封印を解いたんです?」


「お主の連れの魔導士じゃ。後先考えずに火焔魔法なんぞを使うから、結界に利用した苔が燃えてしまった」


「あの、シドーさん大丈夫ですか?」


 心配そうにモイモイが見に来た。己の行いが原因の一因であるとも知らずに。


「ちょっとこっち来い」


「はい?」


 俺はモイモイにブラックリリーから聞いた話を伝えた。伝えている内にモイモイの顔から冷や汗が噴き出し、血の気が引いて青くなっていた。


「……ど、どどどうしましょう。ま、また借金案件ですよこれ。バレれば賠償金が跳ね上がります……!!」


 モイモイが涙目で俺に抱き着く。もうこうなれば俺たちが終わらせるしかない。俺はただ『願わくばこれに懲りた彼女の行いが改善されますように』と祈った。


 これは善意の祈りではない。怒りを通り越して半ば悟りに至った祈りだ。自棄とも言う。


「依頼は受けずに密かに俺たちが消しに行く」


「でも誰が消せるんですか?」


「どうやら俺が消せるらしい」


「シドーさんありがとうございます!」


 取りあえずはラハヤに事の次第を伝えて、今日中に出発すべきだ。


 他の冒険者やら猟師やらが集まっているだろうから、怪しい動きにならないように注意しなくてはと俺は肝に銘じた。

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