第12話 幻獣狩り
幻獣狩猟の依頼を受けてから四日後。
時刻は夕方で日が落ち始め、場所はラーファから貰った地図に記された秘密の狩場。その
昼頃から狩場を進んでいるのだが、先ほどから屋久杉並に太い巨木の前に戻って来てしまうのだ。緊急事態である。俺たちは遭難したのだ。今も目の前に太い巨木がある。まるで
「まーたこの木か。一体どうなってんだ八度目だぞ」
「お兄さん。戻るなら早い方がいいと思うけど」
ラハヤも疲れ顔だ。
「私もお腹が空きました。野営して朝方戻りましょう」
モイモイが杖に寄りかかって今にも倒れそうだ。
そもそも明日戻れるのか怪しいが、ひとまず落ち着く必要がある。幸いにも麻のような物で出来たマットと、薄い掛け布団のロールを三組持って来ていた。運んでいるのは荷物運び専用の魔狼となったクー。
「ビバークするか」
俺の言葉の意味も理解してないであろうラハヤとモイモイも、疲れ果てて頷くだけの気力しかない。俺は二人を巨木の近くで休ませると小枝を集める。
何故ここが秘密の狩場と呼ばれていたのか、非常識な秘密があるに違いない。
「お兄さん。やっぱり私も手伝うよ」
「ラハヤさんは休んでてくれ」
俺の言葉に若干むっとしたように見えたが、ラハヤも疲れているのだ。付き合わせたのは俺なのだから、ラハヤには休む権利がある。モイモイも同様だ。
「……私だって手伝えるのに」
俺は集めた小枝に布製のガムテープを丸めて着火剤とした。このガムテープは替えがないものだが、緊急時には作業を簡単にして労力を最小限にするべきだ。
「シドーさん。それって魔道具ですか?」
「魔道具じゃねえし、お前も休んでろ」
「魔導士ってのは好奇心旺盛なものなのですよ。あ、火の出るそれも面白いですね~」
俺のライターに興味を持ったらしいが、俺も疲れているのだ。あしらう余裕がない。
「後でじっくり見せてやるから、ラハヤさんを見習って休んどけって」
「ラハヤなら野草を獲りに行きましたけど」
「……何だと?」
「だから採取しに行きました」
……ラハヤさん。どんだけ役に立ちたかったんだ!?
日暮れ時の迷いの森で自殺行為にも思える。だが、彼女は危機意識が他の人より低く、一度こうだと決めたら突き進む女であった。
ラハヤの性質を思い出すのと同時に、採取しに行った彼女が前からやって来た。疲れ顔はどこへやら。沢山のキノコやら野草をマントで包んだ彼女は得意顔だった。
「じゃあ私が調理するから。お兄さんとモイモイさんは休んでて」
「……まあ、それならお願いしよう」
「腸詰めに黒パンがまだあります。これなら明日も頑張れそうですよ」
今度から火点けはモイモイに任せて、いやこいつは火事にしそうだ。今度それとなくラハヤさんには何か簡単な仕事でも任せよう。
ラハヤが作ったのは、腸詰めと野草とキノコを炒めたものだった。それに黒パンが付いている。普通は硬い黒パンを浸して食べるためのスープも作るのが定番だが、今回はスープに使えるほど水がない。なので彼女は代替案として黒パンをいつもより薄くスライスしていた。
食事の前に俺はいつも通り「いただきます」と述べると、ラハヤとモイモイが不思議そうにしていた。
「お兄さんの『イタダキマス』ってどんな意味?」
「これはどんな意味だっけな……」
いつもやっている習慣であるため、意味を聞かれてもすぐには出てこない。確か食材になった命への感謝とか、料理を作ってくれた人への感謝だったような気がする。
「食材になった命への感謝だったはず」
「じゃあ、シドーさんが食後にやってる『ゴチソウサマ』って何なんですか?」
「ごちそうさま? それはあれだ。作ってくれた人への感謝だ」
改めて聞かれると気恥ずかしいものがあるな。
「……別に感謝なんて」
謙遜したラハヤが何やら嬉しそうだった。
「何やら聖職者みたいなことを言い始めましたね」
「それよりもだ。天才のお前なら打開策とか持ってないのか?」
モイモイが腸詰めを咀嚼して飲み込むと提案する。
「この森を燃やすのはどうでしょう? エルフの環境利用魔法が原因なら打開策になり得ますけど」と物騒なことを言い始めた。
「それは止めろ。というかなんか新しい言葉が出てきたな。環境利用魔法ってなんだ?」
エルフは自然(ガイア)の囁きが聞こえるってのか?
「簡単に説明すると自然にあるものを利用するんです。例えば木とか岩とか花や草、水もエルフに掛かれば魔法の媒体になります。種族固有の魔法って奴ですね」
俺はいまいち想像が付かなかった。俺にとって魔法を使う奴は、すべからくビックリ人間だ。この世界の常識を飲み込むまで時間が掛かる。
「んー。エルフの魔法って何があったっけ?」
ラハヤも詳しくは知らないようだ。
「そうですね……。草を踏んだら爆発するとか、冬に凍った葉が敵を切り裂く罠になったり。後は結界とかもあります」
「結界ってどんなのだよ?」
「今回みたいな相手を迷わせて場所を秘匿するのとか、ですかね」
「解決策はあるのか?」
「エルフは秘密主義者ですから、私たちが推測するしかありません。あの巨木とか途中に有った変な形の岩とか怪しいと思います」
「……明日は巨木を観察してみるか」
そうして次の日の早朝。
俺たちが巨木を観察していると、鹿角の生えた兎が茂みから飛び出して来た。
「見てください。兎です。可愛いですねぇ」
「あ、お兄さん。あの兎を朝食にするのはどう?」
「そうするか」
「ちょっと止めてくださいよ! 可愛そうじゃないですか!」
モイモイの大声にびっくりした兎が、鼻をひくつかせて二本足で立ち上がり辺りを見回す。
そして、兎は巨木に向かって走り出すと中に消えた。消えた瞬間、波紋のように巨木が波打ったように見えた。俺は寝ぼけているのだろうか。
「なあ、消えたよな? 見間違いじゃないよな?」
「ちょっと私が触ってみる」
ラハヤが巨木に触れる。ぺたぺたと幹を調べていくと、根っこの近くに変化があった。兎が消えた時と同じように巨木の表面が波打ったのだ。
「お兄さん。這いつくばればここを通れるみたいだけど。これが正解ってことかな?」
「なるほどな。こりゃ分かんねえわ」
「良し! 行きましょう!」
まさか正規ルートが巨木であったとは、厄介なエルフの魔法に俺は呆れ果てた。
俺を先頭に巨木の幹を四つん這いになって通り抜ける。
景色は鬱蒼と茂る森から、良く整備された森へと変わっていた。どうやらこれが秘密の狩場の正しい姿ということらしい。
早速俺たちは
「そこで止まれ」凛とした声での忠告だった。
彼女たちは密猟者から幻獣などを守る、
「俺たちは帝都ゲルトの錬金術師ラーファさんから依頼を受けて来ました」
俺の説明に、まだ警戒を解かない彼女は「証拠は?」と詰問を続ける。
「この地図が証拠になると思います」
一人の女エルフが奪い取るように俺の手から地図を持っていくと、リーダー格の女エルフがそれを確認する。
「ふむ、なるほどな。書かれてあるエルフ語の筆跡は、ラーファライリのもので間違いないようだ」
「貴女たちは?」とラハヤが質問する。
「我々はユニコーンを管理する者。神聖処女隊だ」
非処女と非童貞に大層厳しいユニコーンを管理するためには、処女や童貞で構成しなければならないのだろう。だが、男の場合はどのような呼称なのだろうか。
神聖童貞隊? いや、違うな。……神聖賢者隊?
「男のエルフは居ないのですね」
モイモイの疑問に、リーダー格の女エルフが半笑いを浮かべて鼻で笑う。彼女は俺を見て笑ったような気がした。
……こいつ俺を見て笑わなかったか?
「それは公開処刑という奴だ。女の我々とは違う」
「……あー、案内を頼みます」
「元よりそのつもりだが?」
「お兄さんが一番危険だと思うんだけど大丈夫?」
ラハヤは本気で心配してくれている。けれども、彼女の心配は無用かつ俺にダメージを与えるものだ。
俺は大丈夫なんだ。それとなく察してくれ。
「大丈夫。俺たちは魔獣ベヘモスだって一発で仕留めたんだ」
「あれ、まだ若獣ですけどね」
「……え? あれで?」
一四メートルぐらいあったのに、若獣だとは思わなかった。
「成獣はあれの倍ぐらいになって、一度喰らった攻撃の耐性を持つようになります。魔法だって本当は使ってくるんですよ。運が良かったですよ本当」
「私はお兄さんが心配だな」
幻獣ユニコーンに対して先手は必ず打てるが、初弾を外した場合は当然反撃を試みて襲ってくるに違いない。今から猪を相手する訳ではないのだ。相手は未知の獣。不安が過ぎった。
「安心しろ。そこの男は勇者だ。一発で仕留めれば良いだけの話さ」
リーダー格の女エルフは横目で俺を見て、また鼻で笑った。
彼女の態度にイラッと来る。
「エルフっての、背はあまり高くないんだな」
「森の中を駆けやすいよう、神が
彼女たちは背が高くても一六〇後半ぐらいだったので嫌味を言ってやったのだが、彼女たちにとっては嫌味にはならないらしい。負けた気分だった。
聞きたいことや話すこともなくなって、道を進んで行くとラーファの家で見たような空中に浮く白い毛玉が群れでふよふよと飛んでいた。
「ラハヤさんあれって何なのか分かる?」
「ケサランパサランって妖精だよ」
「神聖な森にしか生息してない奴ですね」
ラハヤとモイモイの説明に納得し、俺たちはさらに進んで行く。
やっと森を抜けると、美しい景色に俺たちは感嘆の声を上げた。
目に映ったのは、白百合と赤薔薇が咲き誇る清らかな泉だ。
「注意事項が二つ。肉を獲ってもいいが放血の際は泉の水を使わないこと。解体は我々の小屋があるのでそこでやること。以上だ」
「案内ありがとうございます。あの、一応お名前は? ラーファさんに報告する際に『処女隊の人たちが手伝ってくれた』ってだけじゃ格好がつかないので」
「そっちが名乗るのが先だろう」
「それはそうだ。俺は鹿室志道。そっちの灰金髪の子がラハヤ、銀髪の子がモイモイ」
「私の名前はキセーラ・マクセルという。再び会うことはないだろうが、お前の名前は憶えておこうか。カムロシドーとやら」
神聖処女隊は警備に戻った。
泉で待つこと数十分。ユニコーンが姿を現した。
その白馬は額に真っ白な長い一本角を持ち、毛並みは競馬場で見る葦毛の馬とは比べようにならないほど純白だった。肩高は二メートルほど。重さはサラブレッド並の五〇〇キロは有りそうだった。
俺は銃袋から猟銃を取り出しラハヤたちの方へ振り返ると「今回は申し訳ないんだけど、俺だけでやるから」と伝え、殺気を抑え姿勢を低くして歩き、距離を縮める。
距離はだいたい三〇〇メートル離れた位置から進み始め、一〇〇メートルほど進んだ位置。
猟銃のボルトを引いてチャンバーを開け、弾差しから一発だけ弾を取り出して入れる。前にボルトを押し、下にガチっと倒す。これでいつでも撃てる。
俺は残りバッテリーが少ないレーザー距離計で測距し、二〇〇メートル付近にいることを確認する。猟銃を膝射に構えて四倍にしたスコープを覗き、前脚の上あたりにある心臓を狙い定める。
「……す~……ふぅ~」
「全然襲ってきませんねぇ」
「……げほっ! ごほっ! ……な、なんで付いて来てるんだ二人とも」
後ろを振り返ると、姿勢を低くしたラハヤとモイモイがいた。クーまでもが伏せの状態でいる。
「だって私とラハヤは襲われないの確定してますし、やっぱり気になるじゃないですか」
「……何がだよ」
「何がって、お兄さんの安全だよ」
俺だって襲われねえよ!! 百パー安全だよ、ちくしょう!!
「気づかれると不味いから二人は静かにしててくれ。一発で仕留めるから」
本当に気づかれると不味い。二重の意味で。
「うん。分かった」
俺は狙いを定め直し――引き金を引く。
バァーン!!
発射された弾丸はユニコーンの心臓を破壊した。
はあー、良かった。……ははっ。
「おお、相変わらず凄いですね~。この距離から仕留めるとは」
「お兄さんだってやる時はやるよね」
「……まあ、うん」何とも言えない気分だった。
仕留めたユニコーンはやはり五〇〇キロ近くあるようで、とてもじゃないが持ち運べない。どうしたものかと俺たちが立ち尽くしていると、神聖処女隊の女エルフが様子を見にやって来た。キセーラとは違う、癖毛金髪の女エルフだ。
「大きな音がしたので見に来たんですけど~」
「ああ、すみません。それ俺です」
「お茶を飲んでたキセーラさんが、驚いて服に零しちゃうほどだったんですけど~」
なんとも間の抜けた喋り方をする。話も聞いてないようだ。
「あの、だからそれは俺です」
話を聞かないエルフに俺は逆ギレ気味だった。
「あ~。獲ったユニコーンが運べないんですね~」
間の抜けた女エルフがユニコーンを軽々と持ち上げた。
俺たち三人は驚き顔だったが、いち早く復帰したモイモイが手を打つ。
「なるほど。重量操作と筋力操作ですね!」
モイモイは納得したようだ。俺は納得出来なかったが。
「ユーマラが運ぶので~。付いてきてくださ~い」
小屋にはユニコーン用の解体場があった。鉄製の頑丈な作りの、クレーンに似た物を使ってユーマラが収穫物を逆さに吊るし上げる。逆さに吊るすのは異世界であっても共通だった。
「解体が出来る人は手伝ってください~」
「あ、はい」
「うん。分かった」
「それなら私は後ろを向いてます。見たら吐くと思うので」
モイモイの奴はまだ慣れないのか。
モイモイは未だ慣れないようだ。いつかは慣れる時が来るだろう。それを気長に待つしかない。
そうして俺たちはユニコーンの腹を縦に裂き、内臓を取り除くと抜皮をして枝肉にした。
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