九月二十一日 四

~ パム北区公設商業用大倉庫地下要塞 ・執務室 ~


「ルルヴァ!!」


 朱い瞳に涙を浮かべ、駆け寄って来たノイノは力強くルルヴァを抱き締めた。


「母さん、ごめん」

「もうっ、もうっ、ほんとに!」


「兄さん、無事で良かった」

「ペローネも」


 ノイノになすがままのルルヴァは自由になる右手をペローネに振るう。


「ケーナありがとう!!」

「はっ」


 直立不動の姿勢でケーナが敬礼し、ルルヴァを放したノイノが立ち上がった。


「閣下」

「こほん」


「あ、すいませんくせで」

「いいのよ。まだあれからたった十三年なんだから」

「……はい」


かしこまらないでよケーナ、ってそう言える空気じゃないわよね」


「地獄でした。外は、私達の町は」

「ええ。本当に懐かしい景色だったわ。否応無く怒りと、悲しみを叩き起こしてくれる」


 テーブルに広げられた地図の南半分には大きなバツ字が叩く様に描かれ、東と西も殆どがそれよりも小さなバツで埋め尽くされていた。


「この町の守りが破られるなら、内側からだと考えていたわ。失われた古代文明のシステムを流用したこの町は、計算上超級魔法にさえ耐えられるはずだった、のだけど……」


「ノイノ様、運命ドゥーム巧式フォーミュラーを確認しました」

「……」


「純白の装甲でした。恐らく、将軍級ジェネラルかと」

「…………そう」


 ノイノの両手が地図を、強く、握り締めた。

 破れたそれへ視線を落としながら、絞り出すように、声を吐く。


「そんな頭と魔力のおかしい規格外がいたんだったら、小賢しい計算なんて吹き飛ばされて当然か」


―― ぐしゃっ。


「よく逃げ切れたわね」

「私とルルヴァ様を追い詰めて遊んでいましたが、最後で武装が使えなくなり、動きもかなり悪くなりました。使用者の魔力切れだったと考えられます。入れ替わりで聖典騎士の心道位級が三名来ましたが、ナディア様に助けられました」


 ケーナの脳裡を最後に感じた異質な気配が過る。


「ただ、最後に……」


 喉の奥で声が途切れ、少し沈黙が続いた。


「……恐ろしい、敵が現れました。姿を見る前に去りましたが、少なくとも、私は絶対に敵わないと思いました。ですがナディア様は私達を逃がす為に、一人でそれに……」

「そう。でも大丈夫。姉様はあの光の勇者と互角以上に戦ったフラレント王国の大将軍なのよ。最強の紅将軍が負けるなんてあり得ないわ」


「はい、」


 ケーナもそれは分かっていた。


 だが震えは止まってくれない。


 ノイノに気付かれないようにテーブルの下で、一瞬だけ強く拳を握る。


「私達の紅の姫様は、最強です」

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