第339話 驚愕の新入生
今年のアーノルド魔術学院の新入生で一番目立つのは、ネイト=ホスキンズである。上流貴族の中でもかなり力を伸ばしてきている背景もあり、周りには常に取り巻きができている。もちろん、ネイト──彼自体の実力も折り紙付きだ。
魔術学院の入学試験は筆記試験と実技試験の二つの合計点から合否が決まる。
ネイトは首席ではあるが、彼は知らない。筆記試験では一位を獲得しているが、実技試験では二位だったことを。では誰が実技試験でトップを取ったのか。
それは──。
「マリアちゃん! 今日から魔術の授業だね!」
「そうね。ま、私は魔術苦手なんだけど」
「そうなの?」
「えぇ。三大貴族のくせにって思うでしょ?」
「ううん。人には得て不得手があるんだよ。苦手なことがあるのは、普通だよ?」
「……」
マリアは黙って驚いた表情を浮かべる。彼女のステラの評価はいつも元気で頭が空っぽそうな人間、である。しかしこうして目が覚めるようなことも言ってくるので、認識を改める。
「……ステラって、レイに似てるわね」
「本当!?」
「嬉しそうね」
演習場に移動しながら二人は会話を続ける。
「ふふふっ……! だって私はお兄ちゃんのことが大好きだからね!」
「もしかして本当に好きなの?」
「本当って何?」
「あ。今ので分かったわ。大丈夫よ」
どうやらステラの好きはあくまで兄妹としての好きだと理解する。これでもし、異性として好きだと分かってしまえばマリアはどうすれば良いのか分からなかった。
姉であるレベッカを応援すべきなのか、それとも友人であるステラを応援すべきなのか。そんなことを一瞬だけ考えていたからだ。
杞憂だと分かってマリアはホッと胸を撫で下ろす。
「お二人とも、楽しそうね?」
「げ……オリヴィア王女……」
「げ、とは失礼ね。マリア。仮にも王女なのよ?」
「いや仮にをつける必要はないと思いますけど……」
ふふん、と胸を張るオリヴィア。今はクラスの中では、ステラ、マリア、オリヴィアの三人でいることが多い。食事も一緒に取るし、移動教室の時も一緒だ。マリアとしては、別に一人でも良いと思っていたが意外にも友人と過ごすのも悪くないと思っていた。
「オリヴィアちゃん。今日も可愛いね」
「ステラ! ふふ。やっぱりあなたは天使のように可愛いわねぇ……ボクの癒しだよ〜」
「うわっ!」
ギュッと抱擁を交わす。ステラとオリヴィアは特に仲がよく、オリヴィアのことをちゃんづけで呼ぶのはステラぐらいだろう。もっとも、オリヴィアが許可しているのはもちろんのことだが。
演習場に集合すると、一人の女性が杖をついてやってくる。足取りは遅いが誰もそれを咎めることはない。魔術師であるものならば、誰もが知っている稀代の天才魔術師。
リディア=エインズワース。
表向きはまだ彼女が冰剣の魔術師として認知されている。裏ではレイが正式に引き継いでいることになっているが、レイのことは少なくとも在学中は公表しないことになっている。
「見て……」
「あれが冰剣……」
「世界最高の天才魔術師……っ!」
生徒たちのテンションは否応なく上がる。
リディアは教師として働いているが、今はクラスを担当してはいない。アビーと相談した結果、今年度は主に一年生の魔術実技を担当することになったのだ。
「おし。揃っているな」
数をさっと確認してからリディアはすぐに授業に入る。
「じゃ、そうだな。まずは氷柱でも作るか。これで基本の実力はすぐに分かるからな」
氷柱を作る課題。
リディアは生徒たちに指定時間と氷柱の形まで細かく伝えて、魔術で作るように伝えた。生徒たちは一斉に課題に取り組むが、流石に彼女が驚くようなレベルの生徒はいない。
──なんだか、昔レイに教えていたことを思い出すな。まぁ……レイはもっと幼い頃から規格外だったが。
と、リディアは視線の先ですでに課題を終わらせている生徒を発見した。
「えーっと。確か、ホスキンズであっているよな?」
「はい! ネイト=ホスキンズです!」
ビシッと背筋を伸ばしてネイトはリディアに向かい合う。血統主義であり、誰よりも才能を重んじる彼に取ってリディアは英雄だった。尊敬、いやそれは崇拝に近い感情かもしれない。
リディアがこの授業を担当すると分かって、一番喜んでいたのはネイトだろう。
「ふむ……悪くないな」
コンコンと氷柱を叩く。軽く触ってから魔術の兆候を確認する。
「だが、まだコードが荒いな。早く作ることに集中しすぎている。もっとバランス良くすべきだ」
「えっと……お言葉ですが、分かるのですか?」
「ん? まぁ魔術が絡んでいれば私に分析できないものはない」
「な……なんという……流石は史上最高の天才魔術師……っ!!」
キラキラと目を輝かせながらネイトはリディアに質問をぶつける。それに対してリディアは的確に答える。そうしていると、リディアはちょうどネイトの後ろであり得ないものを目にするのだった。
「あれは……はぁ。やっぱりステラか……」
そう。そこには氷柱ではなく氷のアートがあった。動物を模した氷がステラの前に顕現していたのだ。中でもユニコーンと思われる氷はかなり完成度が高いようだった。
「あ! リディアおばさん……じゃない。リディアさん! 見てみて!」
「学校では先生と呼べ」
「はい、先生!」
「それにしても……また腕を上げたな」
「お兄ちゃんにまたいっぱい教えてもらったの」
「はぁ……あいつの妹バカは治らんな……」
周囲は一気にざわつく。
ステラの魔術の技量に対しての驚くもあったが、一番の驚きはステラがリディアと親しそうに話していることだろう。生徒たちは姪と叔母の関係を知らないので、驚くのは無理はなかった。
その中でも一番の衝撃を受けていたのは……ネイトだろう。
「な……なんだあいつは……っ!!?」
レイの妹であることは知っている。だからこそ取るに足らない存在だと思っていた。だというのに、一見しただけで分かる。あの氷は緻密なコードにより生まれた魔術。自分よりも数段上にいることは、ネイトほどの実力者だから分かってしまう。
噂があった。
曰く、レイ=ホワイトの妹であるステラ=ホワイトもまた規格外の存在ではないかと。レイの評判自体は、
ネイトはそれを不正だと信じていたが、ステラが魔術に長けていることを知って揺らいでしまう。
まさか、まさか……本当にレイ=ホワイトは規格外の存在ではないかと。
「そんなわけはない……あの人も、そう言っていた!!」
拳を握りしめるとネイトはステラのもとへと歩みを進めていく。彼の瞳には確かな怒りが宿っていた。
「ステラ=ホワイト」
「えっと……ホスキンズくん、だよね? どうかしたの?」
きょとんした表情で尋ねるステラに、彼は人差し指を向けてこう告げた。
「僕は君との決闘を望むッ!!」
瞬間。
周囲に一気にざわめきが広がっていく。別に決闘自体は珍しいことではない。むしろ、新しい年度では恒例行事と言ってもいいだろう。魔術師同士が切磋琢磨する環境では衝突することは常なのだから。
「ふむ……面白そうだが、ステラやってみるか?」
リディアは乗り気なようで、ステラに尋ねる。彼女は一瞬、躊躇ったような表情を見せる。
「どうした、怖気付いたのか?」
ネイトの煽りに対してステラは申し訳なさそうに呟いた。
「いやだって……その。お兄ちゃんには本気を出すなって言われてて……」
「本気を出すな? どういうことだ?」
そしてステラはネイトにとって最大の屈辱とも取れる言葉を口にした。
「私が強すぎるから、相手の人がショックを受けるって。だから決闘とかは控えたほうがいいって……」
「──────ッ!!」
声にならない怒りとはこのことか。ネイトは血が出るほどに拳を握り締めて、大声を上げる。
「いいだろう! 僕にショックとやらを与えることができるのなら、やってみるといいッ!!」
「……うーん。でもなぁ……」
渋っているとステラにこそっと耳打ちをするリディア。
「ステラ。やってもいいぞ。私が許可する」
「本当にいいの?」
「あぁ。でも手加減はしてやれよ? バレないようにな」
「うん! じゃあ、やろっか」
こうして規格外の天才──ステラ=ホワイトの伝説が幕を上げるのだった。
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