第308話 歪曲
虚構の魔術師──リーゼロッテ=エーデン。
七大魔術師に指名されてまだ一年も経過していないが、彼女の実力……というよりもその本質である魔術の性質はあまりにも強力過ぎる。
因果に干渉し、それを歪曲させる魔術。
彼女の能力の真の能力を知っている者は少なく、もちろん向かい合っているツヴァイもそれを知ることはない。
「ハハハハ! いつまでその余裕の顔が持つのか、楽しみにしてるよ!!」
迫る。
ツヴァイはオレンジ色の長い髪を靡かせながら、彼女は一気に加速する。その速度は知覚できるようなものではなかった。ツヴァイは基本的にやる気がなく、今回の作戦に対しても意識は希薄だった。
しかし、一度火がつくと一番手がつけられないのは
激情すると止めることはできずにただ感情のままに殺戮を続ける。フィーアのように殺戮そのものに悦を覚えているわけではないが、忌避しているわけでもない。特に今は、リーゼが気に入らないということで全力で彼女を殺しにかかっていた。
「どうやら、身体強化に特化した能力のようですね。魔術的な兆候が一切見られません。
空振り。
ツヴァイの大振りの攻撃はリーゼを捉えることはなかった。その細い腕から繰り出される攻撃は受け止めることさえ不可能。彼女は素手で人間を肉塊することすらできてしまうのだから。
この戦場において血に塗れ、その豪腕によって築き上げられた死体は数えることすらできない。まさに戦場に現れた鬼とでもいうべきか。
リーゼは相手の情報を明確に知っていたわけではないが、一連の攻防によって理解した。相手の本質にあるのは圧倒的なまでの物理的な暴力であると。
魔術ではない存在。
それを使用する集団こそが
もちろんリーゼもまた
「フフ……フハハハ! やっぱりそうこないと、楽しくないよなぁああああああああああああああああ!!」
全てが必中。
一度でもその手につかまれてしまえば、簡単に四肢は捥ぎ取られてしまうだろう。頭部ならばそれこそ、まるで人形のように簡単に弾かれてしまう。
だが、リーゼはその全てを避けている。否、厳密に言えば彼女の実体はそこにあるのだが、そこには存在しない。
歪曲。
この世界の事象にすら干渉するリーゼの本質。
今の彼女は相手の認識を歪めることによって、必中である攻撃を避け続けているのだ。
「……なるほど。おおよそ、理解しました」
黒いロングコートを靡かせながら、彼女は自分の位置をゆっくりと歩きながら変えていく。ツヴァイが捉えているのは全てが幻影。認知を歪め、現実を歪め、世界をも歪めることのできる魔術師。
それこそが、虚構の魔術師──リーゼロッテ=エーデン。
一方のツヴァイは徐々に焦りが見えていた。今までの戦闘ならば、相手に触れた瞬間に決着していた。だというのにリーゼは決してその実態をつかませることはない。圧倒的な暴力ならば完全にツヴァイが上だろう。
幾多もの兵士を屠り、単独の戦闘能力だけでいえば彼女は
そしてリーゼは依然としてツヴァイの攻撃を避け続けながら、淡々と語り始める。
「
余裕の現れだろうか。リーゼは今までの戦闘で学習したことを、自分の意見を交えて語り始めた。もちろんそれに苛つかないわけがない。さらにツヴァイの攻撃は加速していく。
大地は抉れ、空間を引き千切るような豪腕の一撃。
一撃でも食らってしまえば死がやってくるというのに、リーゼはやはり冷静だった。
「うるせせえええええええええええええッ!!! 早く死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ねええええええええええええええええッ!!!」
感情のままに吠える。オレンジ色の髪を激しく揺らしながら
「
黒いコートを翻し、真っ白な髪をサラサラと靡かせながらリーゼはツヴァイの攻撃を避け続け、そして語り続ける。
その表情は一切の感情など宿っていない。
軍人としての訓練を受けたこともなければ、誰かとこうして命をかけた戦いをした経験もない。ツヴァイが百戦錬磨とすれば、リーゼはただの一般人と遜色がないだろう。
けれど彼女の魔術はすでに戦闘という次元に囚われることはない。
世界を歪めるその力は、確実にツヴァイを追い詰めていた。
「では、現代魔術の優れている点はどこか? コード理論は確かに余計な手間かもしれない。しかしそのおかげで魔術は体系化され、人類の欠かせない技術として浸透するようになった。やはりその今回にあるのは創意工夫。人は望むものを歴史の中で数多く作ってきました。それはやはり魔術も同様。先生は退化と定義しているようですが、私は変化と言いたいところですね」
「死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ねええええええええええええええええッ!!!」
リーゼの言葉など届いているわけがなかった。もちろん彼女もまた、ツヴァイに対して話かけているわけではない。これは自分の仮説を確認している作業に過ぎない。こうして
さらに今までの自分の持っていた研究データと照らし合わせて、リーゼはおおよその答えを得ていた。そしてもうすでに、この戦闘は終わりを迎えようとしていた。
「さて、もう十分ですね。殺しますね」
リーゼは今までは逃げに徹していたが、ついに攻撃に打って出ることにした。それはこの戦闘のリーゼにおいて最初で最後の攻撃魔術であった。
《
《
《
《エンボディメント=
「
指先をツヴァイの心臓に目掛けて向ける。瞬間、彼女はドクンと体が跳ねたかと思いきや、地面に叩きつけられていた。
「う……ごほっ……血……? 今、何が……?」
理解できない。
そんな顔をしていた。口からは止めどなく血液が溢れ、胸には小さな穴が開いていた。
リーゼはただ冷静にゆっくりと歩みを近づけていく。
「心臓を潰しました。後は時間の問題でしょう」
「な……なに……何を、したんだ……?」
「それを答える義理はありません。今回はとても勉強になりました。ありがとうございます。では、私はこれで」
翻る。
リーゼが使用した魔法。それは純粋に相手の心臓を歪曲によって握りつぶしただけであった。しかし、本来人体に直接魔術を作用させることは不可能とされている。それは人には
それはたとえ七大魔術師でも介入できるものではない……と今まではされていた。
リーゼが行なったのは、
この戦闘の全ては彼女の掌の上だった。
「わ……わ、私……は……」
そうしてツヴァイはゆっくりと命を引き取っていた。一方のリーゼは、自分の手をじっと見つめて最後にこう呟いた。
「人を殺したというのに、やはり感情は動きませんね。あぁ──本当に私は度し難い生き物だ」
虚構の魔術師は、人になることをいつまでも求め続ける──。
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