第276話 エインズワース式ブートキャンプ
王国軍ではもちろん、訓練校や士官学校でしっかりとトレーニングを積んできたものが軍人として採用されている。だがしかし、リディアはまだそのトレーニングが甘いと常々考えていた。
それはやはり魔術先進国であるが故のものだろう。
トレーニングをするにしても、魔術による身体強化に重きを置いている。基本のすべては魔術から始まり、魔術に終わる。そのように教育されているのだからある種当然である。
また現在は貴族の血統主義も台頭しているので、なおさら魔術に依存する傾向は軍の方でも強くなっている。
そんな中、リディアが提案したのはまさかのトレーニングだった。
まさにそれは青天の霹靂。いや、考えてみれば当然のことなのだが固まってしまった思想を切り裂くのを厭わない彼女は、軍の上層部に掛け合っていたのだ。
自分が考えたトレーニング、その名も──エインズワース式ブートキャンプを。
「師匠。今日は何をしに行くんですか?」
「ふふふ。実は前からレイに試していたあのトレーニングを正式に軍に採用してもらおうと思ってな」
「ということは、ついに……ですか」
「あぁ。そうだな」
リディアとレイは隣り合わせにして歩いている最中だった。目指す場所は王国軍の基地、その中でもヘンリックの書斎である。
レイは軍に出入りすることは初めてではない。周りからはリディアの親戚の子ども程度に思われている。本来ならば子供が出入りするような場所ではないのだが、リディアの規格外な性格から何も言われないのが現状だ。
「失礼します」
ノックをすると室内に入っていくリディアたち。そこでは書類に目を通しているヘンリックの姿があった。
「中佐殿。あの件でやって参りました」
「エインズワースか。あの件だね。少し待ってほしい」
そう言って彼は書類の束から目的のものを探し出そうとする。ヘンリックもまた、この三年間の間で昇進を果たしていた。現在は中佐であり、もう少しで大佐に届きそうな位置まできた。
それはやはり、
「これだ。上層部からの許可はすでにおりているよ」
「は。ありがとうございます」
その場で一礼をするリディア。
彼女もまた昇進しているのは当然なのだが、礼儀作法が一通りは身についてきている。もちろん自分にとって気に入らない存在には雑に接するのだが、ヘンリックは尊敬すべき上司として彼女は見なしているからこその態度だ。
「レイのサンプルも非常に役に立った。後は実行するだけだね」
「はい。やっとここまできました」
「しばらく
「ははは! そうですかっ!! いやぁ……嬉しいものですねぇ……ククク」
明らかにその表情は悪党そのもの。レイもチラッとリディアの顔を見て、思わず苦言を呈する。
「師匠。物凄い人の悪い顔をしていますよ」
「ククク……いや、これからのことを考えるとついな」
「師匠は色々と向いていると思いますよ。教官にはぴったりかと」
「お! レイも分かってるじゃないか?」
ワシワシとレイの頭を撫でるリディアだが、それは間違いなく皮肉で言ったもの。しかし、彼女がそれに気がつくことはなかった。
「本来ならば君のような階級では教官などはする必要はないのだが、今回は特例だ。是非、訓練校の人間を導いてほしい。エインズワースなら私はやれると思っているよ」
「ははは! 当然ですね! 何せ私は天才ですから!!」
と、笑いながらそういうリディアだがその評価は誰もが認めるところだ。すでに史上最年少で七大魔術師に至った天才。歴史の中でも彼女の右に出る魔術師はいないと評されているほどだ。
「では、来週から始めるための準備をしますので。これで失礼します」
「あぁ。頑張ってくれたまえ」
「もちろんです」
ニヤッと笑いながらリディアたちはその場所を後にするのだった。
「よーし。今日は外食でもするか! 祝いだな!」
「お金は大丈夫なんですか? 最近はちょっと外食が多いので心配なのですが……」
「おいおい。お前は私の母親か? そんなことは心配しなくて、子どもは美味いものでも食べておけばいいんだよっ!」
「はぁ……そうですか」
リディアの金遣いは決して荒いわけではないが、レイは色々と心配していた。時折、彼女は骨董品や美術品。それに珍しい食べ物などに莫大な金を消費することがあるからだ。
もちろん破産することはないのだろうが、レイは少しだけ思うところがあるようだった。リディアが自由奔放すぎるので、それを見て育ったレイは反面教師なのか年齢以上に大人びている。
それを危惧しているアビーだったが、もはやこれはどうしようもない……ということですでに彼女は諦めてしまっている。それにレイがいれば大丈夫だろうと思っているほどだ。
「よし。今日は肉だな! 肉に決定だ!」
「分かりました」
ということで食事は高級レストランでステーキを食べることに決定した。彼女はここの常連かつ、七大魔術師として顔も知られているということもありもはやVIP待遇と言っていいほどの接客を受けている。
そこの店員ともすでに顔馴染みである。
そして最高ランクのステーキを注文すると、ナイフとフォークを使ってそれを食べ始める二人。
「師匠。あのトレーニングですが、割と急いで提案しましたよね。何かあるんですか?」
「ん? あぁ……そうだな。レイには言っておくか」
食べる手を一旦留めると、ナプキンで口元を綺麗に拭う。
リディアは先ほどとは打って変わって真剣な目つきになると、その想いを吐露する。
「最近、紛争が多いのは知っているだろう?」
「そうですね。近いうちに魔術を使用した大規模な戦争が起きるかもしれない、と」
「そうだ。王国軍は魔術先進国ということもあって、優秀な人材が多い。だがまだ足りない。最前線で実戦を積んでいる私たちだからこそ分かることだが、根本的に教育を変える必要があると思った。戦場で生き残るためには、魔術だけでは足りないからな」
「なるほど……」
何も彼女はただの思いつきでエインズワース式ブートキャンプを提案したわけではなかった。
しっかりとした理由があり、そのために彼女は計画を進めていたのだ。
「レイ。お前にも一つ言っておこう」
「なんでしょうか」
リディアは一息置くと、静謐な雰囲気を纏いながら冷然と告げる。
「──才能には、それ相応の責任が伴う」
その言葉を聞いて、レイはまだ実感が湧かなかった。
「責任、ですか」
「そうだ。才能とは無遠慮に振るい、浪費していいものではない。才能があるからこそ献身的に努力を重ね、それを活かすために努める必要がある。私もそれに従って生きている」
「……師匠はやはり、素晴らしいお人ですね」
「いや、そんなものじゃないさ。私はただ、自分の──いやここから先は今のお前に言うことじゃないな」
ふぅ、と声を漏らす。
時折真面目な話をするときのリディアの雰囲気は、どこか危うさをレイは覚えている。まるで同じ世界に立っていないような感覚。浮世離れしているといえばそれまでだが、彼はリディアに何かを感じ取っていた。
「ともかく、お前もまた才能のある人間の一人だ。私の弟子だから当然だが、きっと将来は七大魔術師になるだけの能力を身につけるだろう。だからこそ、その責任を忘れてはならない。私たちの力はそれだけの重みがあるということだ」
「はい。胸に留めておきます」
「おう。じゃ、食べるか。早くしないと冷めてしまうからな」
「はい」
そうしてその後は、他愛のない話をしながら二人は食事を楽しむのだった。
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