第264話 王国への帰還


 ついに王国へと戻ることになった。


 その中で一番の懸念といえば……もちろん、レイのことだった。



「さて、彼の件だがどうしようか」



 特殊選抜部隊アストラルの全員が、一同に集まる。彼の扱いをどうすべきか。王国に帰るとなった今、その選択を決めるべき時がきた。


「決まっています。孤児院に預ける、または養子として引き取ってもらうのがベストでしょう」


 淡々と答えるのはフロールだった。彼女はレイに対して情はあるが、それでもここは合理的な判断をするべきだと考えている。そもそも、今回の件は話し合いをする余地もない。


 初めから決まっていることなのに、どうしてここまで揉めているのか。それはある一人の存在のせいだった。


「やだあああああっ!! レイちゃんは絶対に一緒にいるもんっ!!」


 その場で駄々をこねているのは、キャロルだった。彼女はレイと出会ってから今までずっと、彼の面倒を見ていた。それで母性でも芽生えてしまったのか、レイを引き取ると言って聞かないのだ。


 もちろんそれには、フロールが反対の声を上げる。


「キャロライン。そんなことは無理だって、分かっているでしょう?」

「できるもんっ! お金だってあるし、レイちゃんを養うことできるもんっ!」

「それはそうかもしれないけど、私たちには任務もあるでしょう」

「その時は私の家族に預けるからいいもんっ! 絶対にレイちゃんは私と一緒にいるんだもんっ!!」

「はぁ……」


 肩を竦めて、ため息を漏らす。そしてそれには、デルクとハワードも言及するのだった。


「まぁ、キャロルの気持ちも分からんでは無いがなー」

「……あぁ。しかし、こればかりは仕方がないだろう」


 と、男性陣二人もフロールの意見に賛成だった。疑うべきもなく合理的な選択だ。そもそも誰かが引き取る、という選択肢が出る時点でおかしいのだから。


「ガーネット。それに、エンズワース。二人はどうだい?」


 ヘンリックの問いに対して、先に答えるのはアビーだった。


「少佐の言う通り、孤児院または養子として引き取ってもらうべきかと思います」

「それが普通の判断だ。で、エインズワースは?」


 今までの会話の中で、リディアはずっと考え込んでいた。彼女もすでに理解はしている。誰かが引き取るなど、ありえない話だと。キャロルの言う通り、世話事態はきっとできるのだと思う。


 しかし問題は、それが枷になってしまう可能性があると言うことだ。


 それに特殊選抜部隊アストラルは発足したばかりの部隊。そんなことをしていては、キリがないのは分かっている。


「……」


 リディアはレイとの出会いを思い出していた。それはまさに、運命的なものだったと言わざるを得ない。彼女は誰にも感じ取れないレイの兆候を理解していたのだ。


 リディアはレイには何かあると勘付いている。そしてレイもまた、リディアにはよく懐いている。


 この二人の間には言語化できない何かがある、それは自明だった。


「私は──」


 だが、流石に理性が勝ったリディアはアビーと同じことを告げようとする。すると、彼女の視界の端にはレイの姿が映る。


 扉の影からじっと、リディアのことを見つめている。最近は寝ていることが多かったのだが、歩けるようになっているのは知っていた。


 きっと、誰もいないから一人で歩いてここまできたのだろう。


「レイ……」


 リディアはゆっくりと歩いて、彼の元へと近づいていく。レイもまたそんなリディアの姿をただじっと見つめていた。


 他のメンバーもそれに対して何かいうことはなかった。その雰囲気は決して邪魔できるものではなかったからだ。


「レイ。お前はこれからどうしたい?」

「……」


 レイと視線を合わせるようにして腰を下ろすと、そう尋ねる。だが返答がすぐに帰ってくることはなかった。


「話、聞いてたんだろう? お前はこれから孤児院に入るか、誰かの養子になる選択肢がある」

「……ぁ」


 微かな声が漏れる。そして、彼はギュッとリディアの袖を掴む。


「……いっしょにいたい」


 それは初めて彼が言った自分の想いだった。今まではただ呆然としているだけだったが、ここにきて自分の意志を示したのだ。


 リディアにとって、理由はそれだけで十分だった。


「少佐。彼の面倒は、私が見ることにします」

「エインズワース。分かっているのかい。その意味を?」


 ヘンリックは鋭い視線でじっとリディアのことを射抜く。しかし、彼女の覚悟に変化はなかった。


「私の家族、それに妹もいます。そちらに手伝ってもらいつつ、彼の面倒を私がみます」

「……それだけの価値が彼にあると?」


 彼もすでに気がついていた。


 レイという子どもがただの少年では無いことに。その体には異質な第一質料《

プリママテリア》が宿っているのは、部隊の中で共有されていることだった。


「あります。だからこそ、私が正しく導く必要があると思っています」


 いつになく真剣な様子で彼女は話を続ける。


 その瞳は決して揺らぎはしない。元々、レイが求めるのならば覚悟は決まっていたのだ。その意志を示したのならば、それに報いるしか無いと。


 彼女は基本的に感覚よりも論理的なものを好むが、今回ばかりはそうではなかった。直感が告げているのだ──レイを正しく導くべきであると。


「分かった。任務の影響に出ない範囲であれば、引き取ることを許可しよう」


 その言葉と同時に、キャロルは大声を出して泣き始めた。


 じっとしているレイの元へと近づいていくと、思い切り抱きしめる。


「うわあああああああん! よかったよおおおおおおおおっ! レイちゃんはずっと一緒だからねええええええっ!!」


 涙を流し、洟水はなみずを垂らしながらキャロルは泣き続けた。彼女にとって、レイはもう自分の子どものような存在でもあった。いや、厳密にいえば親戚の子どものようなものだろうか。


 ともかく、キャロルはこれからもレイと一緒にいることができてほっとしていた。


「レイ」


 キャロルの泣いている姿を見せて、リディアは再びレイに話しかける。


「お前はこれからも、私と──いや。私たちと一緒だ」

「……いっしょ?」

「あぁ」

「うん……」


 ニコリと優しい笑みを浮かべるレイの姿を見て、ここにいる隊員全員が心を打たれる。過酷な戦場でただ一人だけ生き残った少年。


 心を開くことは、もっと先だと。いや、もう開くことはないのかもしれないと思っていた。


 しかし彼は、笑ったのだ。その事実こそが、何よりも全員が嬉しく感じた。


「よし! ということで、私は今日からお前の師匠だなっ!!」

「……ししょう?」

「あぁ。そうだ。レイは弟子、だな!! これから私の全てをお前に教えてやろう!!」

「……うん。わかった、ししょう」


 コクリと頷く。


 これこそがリディアとレイの師弟関係の始まりであった──。

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