第252話 圧倒的、存在感
入校から半年が経過した。
リディアたちは実質的にはこの半年で士官学校の内容は修了することになる。残り半年は、立ち上がる特殊部隊の前段階の部隊に配属される。
そこで半年間の実地訓練を終えて、彼女たちは正式に訓練の期間が終了する。
「ハハハハハ! いいぞ、逃げろ逃げろぉ!!」
士官学校での最後の訓練。それはシンプルに鬼ごっこをするというものだった。それはもちろん、ただの鬼ごっこではない。
元々初めは、この訓練では教官が鬼役をする予定だった。そして捕まっていく順番が早ければ早いほど、貸されるペナルティが大きくなる。
そんな中、リディアは自分で申し出たのだ。自分が鬼役をやりたいと。
その話を聞いて考え込む教官だが、面白いと思ってその話を採用することに。そもそも、彼女の能力を持ってすれば鬼役になるのは十分だろう。
若干十五歳にして、すでに並の軍人以上の身体能力を持つ彼女ならば。
「オラオラ!! そんな逃げ方で、私から逃げられるともうなよぉッ!!」
圧倒的な
まさにそれはゴリラと形容するに相応しいものだった。
「ひ、ひいいいいいいいいっ!」
「ヤベェっ! めっちゃ怖ええええええっ!」
「姐さんのプレッシャー、ヤバイって!!」
「う、うわあああああああ置いて行かないでくれえええええ!!」
制限時間は二時間。その間で、この森の中で自由に逃げ回ればいい。現在は始まってから十分しか経過していない。そして、リディアが見つけたのはいつも取り巻きにしているメンバーだった。
狙っているわけではなく、目についた人間を追いかけているだけなのだが、彼女は嬉々とした顔で笑いながら疾走してくるのだ。
すでにリディアの怖さを知っている連中は、ただ震えるようにして逃げるだけ。その距離感は確実に縮まっている。
この森の経験は、彼女にはあまりない。しかし、類稀なるセンスによってすでにこの地形を把握しつつあるリディア。
追い詰めているのは間違いなかった。
「よっしゃああああああ! まずは一人ぃぃいいいいい!! ふはははははっ!」
一番後ろにいる人間の首元を掴むと、地面に投げ捨てるようにして確保する。その後、他のメンバーは散り散りになって逃走。
一旦、立ち止まると誰を狙うのか冷静に考える。
「ふ。ふふふ。フハハハハハ! イイぞ!
そして、リディアはそのまま笑いながらこの森の中を疾走していくのだった。
残り時間三十分。
すでにほとんどのメンバーはリディアによって確保されてしまった。その圧倒的な
今回の訓練に際しては、魔術による身体強化はアリとなっている。そのため、
もっとも、森の中に響く彼女の笑い声は畏怖の象徴でしかなかったのだが。
そんな中、まだ生き残っている人間が二人だけいた。
アビー=ガーネット。
キャロル=キャロライン。
アビーに関してはそこまでの意外性はない。彼女はこの半年間、リディアほどではないが、かなりの成績を収めている。
きっとリディアがいなければ、アビーこそが一番の存在として讃えられていただろう。
その中で意外なのはキャロルだった。彼女は体を動かすのは得意ではないと思われているが、そうではない。彼女は抜群の魔術センスもそうだが、体を動かすのも同様だった。
すでにこの三人は士官学校での訓練を修了できるほどの実力を、この半年で培っている。
「ははは! あとは、アビーとキャロルだけだなっ!!」
疾走。森の中を進み続けるリディア。そんな彼女をチラッと後ろを見て確認する二人。
「……さて、と。キャロル、どうする?」
「うーん。ここは二手に分かれるべきだろうねぇ」
「そうなると狙われるのはお前になるが?」
「ま、キャロキャロに任せてよ☆」
散開。
アビーは右に、キャロルは左へと進行方向を変更。そこでリディアが狙うのは、どちらか……。
それはアビーの予想通り、キャロルだった。二人のどちらかを狙うとなれば、捕まえやすいのはキャロルの方だろう。だからこそ、リディアはノータイムでその判断を下すとさらにスピードを上げていく。
「はぁ……はぁ……はぁ……っ!!」
呼吸を乱し、ツインテールを揺らしながらキャロルは全力疾走していく。彼女はその言動から、いつもはふざけていると思われている。しかし、訓練に際して手を抜いたことなど一度もない。
むしろ、真剣に取り組むことが当たり前であり、周りからは意外と思われている。
キャロルとしても別に訓練を軽視しているわけではなく、公私を分けているだけなのだ。とはいうが、その差が明らかに激しすぎるのだが。
「キャロル!! お前もなかなかやるなぁ!! しかし! この私からは逃げられんぞッ!! ふははははははは!!」
加速。
彼女はずっと走り続けているにもかかわらず、依然として加速し続ける。それに対して、アビーとキャロルは隠れている時間もあった。
体力の消耗だけで考えれば、リディアの方が消費しているというのに彼女はこの段階でさらに加速する。
「うにゃああああああああああああっ!!」
虚しくも、リディアの手はキャロルの背中に触れる。そして彼女はすぐに、アビーを追いかけ始めるのだった。
「はぁ……はぁ……はぁ……ッ!!」
疾走するアビー。残り時間は十分。あと少しで逃げ切れることのできる彼女は、逃げ続けていた。
正直言って、アビーはリディアのその才能を認めている。しかし、負けることを容易に許容することはない。
学生の時の
だからこそ、この訓練くらいでは勝ってみたいという想いがあった。
「ワハハ! 見つけたぞ、アビー! お前で最後だ!!」
気がつけば、キャロルを確保するために十分な距離が開いていたというのにリディアは真後ろまで迫っていた。
それはもはや本能的な嗅覚ともいうべきだろうか。
リディアは人から漏れる
そして、確実に詰まっていく距離。
「アビー! 覚悟しろッ!!」
リディアは叫びながらさらに加速する。今までの流れならば、ここで確保できていたが……。
「むっ……!?」
と、声を漏らすリディアは違和感を覚える。それはどんどんアビーの背中が離れていくのだ。
加速。それを得意としているのは、アビーの方だった。リディアといえば天才的な魔術センスを有してはいるが、その本質は【減速】。
逆にアビーの本質は【加速】。
彼女はここにきて、さらに魔術師として覚醒しつつあったのだ。そして、そのままアビーは逃げ切ることで訓練は無事に終了。
リディアは結局、その背中に届くことはなかったのだ。
「ぐ……く、クソォ……まさかアビーに逃げ切られるとは……」
全員絶対に捕まえることができると思っていたリディアは、悔しさを見せる。そしてアビーがそっと歩いて近づいてくる。
「ふ。どうやら今回は私の方が上手だったようだな」
彼女にしては珍しく、ニヤッと笑いながらリディアにその事実を突きつける。
「ぐ……お前、いつの間にあんなに速くなったんだ?」
「そうだな。ここに入校してから、私も成長しているということだ。ふふ。リディアに勝ったのは久しぶりだから気持ちいいな」
「く、くそおおおおおおおおおっ!」
ということで森での訓練はアビーの一人勝ちということになるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます