第219話 まさかの幕切れ


 レイがルーカスの元へと向かい、アメリアとアリアーヌはレイの言う通りに三階へと向かっていた。


 しかし、三階にエヴィとアルバートがいるからといってそこにフラッグがあるとも限らない。今までの試合でも、それをフェイクにして時間を稼いだケースもあった。


 そのような点も考慮しつつ、二人はまっすぐ三階の踊り場へと駆けている最中だった。


 すでにレイともその件は話し合っているが、攻撃の場合は時間との勝負になる。


 あらゆる可能性を考慮することも需要なのだが、その一方で可能性に時間を取られてはいけない。


 そして階段を駆け上がり、しばらく疾走すると……たどり着いた。


 三階にあるこの踊り場は、かなり広い空間だ。元々はパーティーなどの催し物のために使用されていた場所である。


 もっとも、今はその面影は全くないのだが。


「いたわね」

「ですわね。二人とも、待ち受けているようですわ」


 視線の先には、エヴィとアルバートが待ち受けていた。だが、アメリアとアリアーヌは疑問に思っていた。それは、この場に来るまで遅延魔術ディレイが設置されていなかったのだ。


「アメリア。どう思います? ここまで、遅延魔術ディレイが無かったことを」

「さぁ……その真意までは分からないわね。ただ今は、真正面からぶつかるしかなさそうね」

「えぇ。そうですわね」


 今までの試合で、遅延魔術ディレイが設置されていない試合はなかった。

 

 それは間違いなくこの攻城戦での定石セオリー。それを無視するということは、何か別の意図があるのか、それとも……。


 と、考えるがすぐに二人は思考を切り替える。


 柔軟に、臨機応変に対応する。レイの教えを思い出すと、臨戦態勢に入る。


「おっ、らあああああああああああああッ!!」


 先に動いたのは、エヴィだった。内部インサイドコードを纏わせると、そのまま疾走。そして、思い切りその拳を振るう。


 構成としては、エヴィとアリアーヌが前線で、後衛での魔術支援はアルバートとアメリア。一見すれば、三大貴族の二人に届くわけがないと多くのものが思うだろうが……実際のところは、違った。


「くううううううッ!!」


 エヴィの拳を避けることなく、そのまま真正面から受け止めるアリアーヌ。元々は避けるつもりだったが、そうすると後ろのアメリアに攻撃がいってしまう可能性がある。


 そう考えて、受け止めたのだが……やはり、重い。


 エヴィはアリアーヌほど、内部インサイドコードをうまく使えるわけではない。魔術師としての技量ならば、学生の中でも上位に位置するのだが、流石に三大貴族に届くものではない。


 だが、彼には極限まで鍛え抜いた肉体があった。圧倒的な筋肉量を誇る体を存分に使って振るう拳は、アリアーヌにも匹敵する威力を発揮していた。


「アメリア。アレでいきますわよっ!!」

「了解っ!」


 そして、すぐに展開されるのは氷結領域グレイスフィールド。周囲に氷が一気に張り付くようにして展開される。その瞬間、アリアーヌは地面を滑るようにして一気に加速。


 氷上での戦闘も訓練している彼女は、そのまま綺麗に滑りながらエヴィの背後へと回り込む。


 彼はアリアーヌの移動速度についていけずに、咄嗟にその場でなんとか防御体制に入ろうとする。


 しかしアリアーヌはそのガードを避けるようにして、思い切り拳を叩き込もうとするが、次の瞬間には突風が二人を襲った。


「くっ……!! 仕留め損ないましたわっ!」


 鳩尾にガードの上から全力の拳を叩き込もうと思ったのだが、そこは流石にアルバートの魔術である暴風ストームによって妨害されてしまう。


 先手必勝。今のスピードならば、間違いなくアリアーヌの攻撃は間に合っていた。


 並の魔術師の高速魔術クイックであれば、今は必中の間合いだった。エヴィは攻撃を受けていただろう。


 しかし、アルバートはそれを間に合わせた。


 今の攻防は、相手の実力を見極めるという側面もあった。今まで、相手の試合は全て観戦してきたアリアーヌだが、こうして実戦で戦うのとでは、やはり感覚は異なる。


 そして、どうやら一筋縄ではいかないと理解するのだった。


「アルバート。やりますわね」

「えぇ。高速魔術クイックだけど、威力も申し分ないわ」


 アルバートの実力を見誤っていたわけではない。彼女たち二人は、幼少期からアルバートのことを知っている。そんな彼の実力もある程度は知っているつもりだった。


 元々は血統主義で、才能にずっと固執していた。努力を怠り、才能だけに縋っていた存在。


 それが、過去のアルバートだった。


 しかしそれが今や、こうして自分たちの前に脅威として立ち塞がるとは……人の成長とは、分からないものである。


 アルバートだけではない。この場にいる四人は、レイから大きな影響を受けている。それだけは、変えようのない事実だった。


「さて、どうします? 無理やりにでも突破してみましょうか?」

「できるの?」

「えぇ。不可能ではないですわ」

「まさか、固有魔術オリジンを?」

「いえ。まだ使いませんわ」


 と、二人で会話をしている間も待ってくれるわけもなく、アルバートは遠距離から魔術を発動。

 発動したのは、氷礫アイシクルピアス。それを連鎖魔術チェインによって、コードを重ねる。そして、まるで雨が降るかのように二人迫る氷礫アイシクルピアスだが、アメリアはそれを軽く一蹴する。


 発動したのは、炎壁フレイムウォール


 それと同時に、アリアーヌは地面を駆け抜けていた。まだ凍りついているこの領域内をまるでスケートリンクを滑るかのように、駆け抜けていく。


 さらに内部インサイドコードを重ねて加速をしているため、そのスピードは計り知れない。


 といっても、流石に何かの妨害があると思っていたが、まるで彼女が通り過ぎるのを全く気にしていないかのように、アルバートとエヴィはそのまま彼女を見過ごしたのだ。


 ──何を考えていますの? まさか、この先に遅延魔術ディレイが?


 そう考えるが、目の前には設置されたフラッグがあるだけ。そのままアリアーヌはフラッグを奪い取ると、先ほどの踊り場へと戻っていく。


 そこには、ポツンと一人で呆然としているアメリアがいたのだ。


「アメリア? あの二人は?」

「消えたの」

「え……?」

「アリアーヌが駆け抜けた瞬間に、一気に水蒸気が溢れ出して……それが晴れた時には消えていたわ」

「まさか、先回りしてフラッグの防衛を?」

「そう考えるのが妥当でしょうね。それよりも、早く移動しないと。レイはきっと今も、戦っているわ」

「そうですわね」


 そして、来た道をそのまま戻っていく二人だが……やはり違和感を拭い去ることはできない。


 まるで誰もいないかのような雰囲気。今までの試合ならば、フラッグを奪い取った瞬間には激しい魔術戦が繰り広げられていた。


 だというのに、この静けさ。自分たち以外には、誰もいないかのような静寂。レイが戦っているはずの、一階からも大きな音は聞こえてこない。さらに、第一質料プリママテリアが大きく変動している兆候もない。


 何かおかしい、と思うのが普通だろう。


「ついにここまで来ましたわね」

「考えても仕方ないわ。このまま、終わらせましょう」


 なんの妨害もなく、一階の踊り場までやってきたアメリアとアリアーヌ。その後、彼女たちは外の所定の位置にフラッグを置いた。


 その瞬間。大きなサイレンの音が響き渡る。


「第1ラウンド。勝者は、チーム:オルグレン」


 そのアナウンスを聞いていると、城の中からレイがゆっくりと歩きながら出てくるのだった。


「レイ! どうだったのっ!?」

「大丈夫でしたの!?」


 パッと見るに外傷はない。歩き方も、異常はなさそうだった。服に汚れも一切付着していない。


 しかし彼の表情は、まるで苦虫を噛み潰したかのようなものになっていた。


「戦っている最中に、相手が消えた。そうして二人に合流しようと思っていると、勝利していた……というところだな」

「レイもそうだったの?」

「ということはやはり、そちらもそうだったか。終わるのがやけに早すぎると思っていたが……」


 チーム:オルグレンは、第1ラウンドでは無事に勝利を飾った。


 しかし、三人の胸中は複雑なままであった。


 そしてしっかりと考える間も無く、すぐに第2ラウンドが開始されよとしていた。



 ◇


 私のTwitterでは先に宣伝しましたが、こちらでもお伝えしておきます。


 冰剣のコミカライズの連載開始ですが、6/24(水)に決定いたしました! ちょうど書籍発売の一週間前になります。作画を担当してくださるのは【佐々木宣人(ささき のりひと】先生になります。


 マガポケ(少年マガジン公式漫画アプリ)での連載になりますので、アプリのダウンロードなどよろしくお願いしますー!


 また新しい情報がありましたら、共有しようと思います。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る