第160話 過去との決別


 リディアが饒舌にレイの話をする最中、再び屋敷の扉がノックされる。


 カーラが対応するために玄関に赴くが、その顔を見ると彼女は直ぐに二人を招いた。



「やっほ〜☆ 遊びにきたよ〜、リディアちゃんっ!」

「失礼する」



 顔を出すのは、キャロルとアビーだった。といっても、この二人も特に約束をしているわけでもなく、ただ暇だったから遊びに来ただけである。


「あれ? リーゼちゃんもいるじゃん!」

「キャロル先輩に、アビー先輩ですか。お久しぶりです」


 キャロルは駆け足で近づくと、ギュッとリーゼロッテを抱きしめた。


「リーゼちゃん! あの時ぶりだねぇ〜」

「そうですね」

「あの時はスキンシップできる雰囲気じゃなかったけど、今はいいよね〜☆」

「はい。構いません」


 キャロルはよしよしとリーゼロッテの頭を撫で回す。一方のリーゼロッテは特に顔色を変えることもなく、キャロルにされるがままである。


 そんな様子を、ため息まじりに見つめていたアビーは空いている椅子に腰を下ろす。


「リディア。邪魔だったか?」

「いや。リーゼも勝手に来ただけだしな」

「そうか。それにしても、珍しいな」

「まぁ……そう思うよな」


 と、二人の視線がリーゼロッテに向くので彼女はただ事実を伝える。


「私も心境の変化があったので。お邪魔でしたか?」

「いや構わないさ。一応、お前は後輩だしな」


 アビーは学生時代に、少しだけリーゼロッテと交友があった。もちろん特別仲がいいというわけでもなく、軽く話をしたことがある程度。


 実際には、軍人時代の方が会話をしている。


 アビーとしては、リーゼロッテのことは嫌いでもないし、苦手意識もない。


 エヴァン=ベルンシュタイン。それに、レベッカ=ブラッドリィに関してはあれが最善かと言われれば、納得いかない部分もあるが……アビーは彼女の実力を認めている。


 しかし……七大魔術師になったからといって、幸せになれるとは限らない。


 軍人時代の時から、リーゼロッテの危うさを感じ取っていた。


 孤高で、孤独。


 誰も寄せ付けず、常に他人に成り変わっている。


 本当の姿を見る機会など、ほとんどなかった。


 だが今は、その姿をこうして見せている。


 そんなリーゼロッテの変化にアビーは少しだけ安心した気持ちになっていた。


 世話焼きなのは自覚しているが、こうして後輩が成長しているのを見るとどうしても嬉しくなってしまうのだ。


「ねぇ。リーゼちゃん」

「なんでしょうか。キャロル先輩」


 キャロルは真剣な声音で語りかける。


「リーゼちゃんは、ちょっと変わったよね」

「そう……でしょうか?」

「うん。だから、リディアちゃんのところに来たんでしょ?」

「そうだと思います」

「今までなら絶対に来ないし、こうして本当の姿にもならないでしょ?」

「はい」


 キャロルもまた、アビーと同じだった。


 ずっとリーゼロッテのことは心配していたのだ。普段はお調子者に見えるが、キャロルも大人だ。それに彼女は特に、周りのことに気を使える。


 感情の機微に鋭い、というべきだろうか。



「何か見つけることができたの?」



 優しく、包み込むような声。


 それを聞いて、リーゼロッテは素直に自分の気持ちを話すことにした。


「エヴァンを殺して、私は彼を愛していたのだと知りました。人の感情を、やっと少しは知ることができました」

「うん」

「だからこれからは、他人に成り代わって他人の気持ちを考えるのではなく……自分ともっと向き合いたいと……そう思うのです」

「そっか。良かったね、リーゼちゃん」


 そうしてキャロルは急に立ち上がる。


「よし! ということで、新生リーゼちゃんのために髪の毛を切ります!」

「「「え?」」」


 リディア、アビー、リーゼロッテ。三人の声が重なる。


 それもそうだろう。


 なんの脈絡もなく、髪を切ると言われれば驚くしかない。


「おい。アホピンク。どうしてそうなる」

「ふふ〜ん! リディアちゃんは分かってないねぇ☆ 女の子は変わりたい時には、髪を切るもんなんだよっ!」

「そうなのか、アビー?」

「いや、人によると思うが……」

「ということで、キャロキャロが特別に切ってあげま〜すっ!」


 持ってきている小さな鞄を探ると、キャロルはポーチの中から櫛とハサミを取り出した。


「いいんですか? キャロル先輩」

「もちろんだよっ! リーゼちゃんはもしかして、嫌だった?」

「いえ。髪型にこだわりはないです。今までずっと、他者でいる時間の方が長かったですから……あまり自分のことは、考えたことはないです。でも、その……」


 リーゼロッテは少しだけ俯く。


 だが、変わりたいと願っている気持ちは本当だった。


 キャロルの云うとおり、形から入るのも悪くはない。


 彼女はそう思っていた。


 そして、顔を上げるとキャロルに頭を下げる。


「その。よろしくお願いします」

「ふふんっ! キャロキャロはプロ級だからね! 任せてよっ!」



 カーラに頼んで、首回りを覆う紙を持ってきてもらうと、椅子に座ったリーゼロッテの後ろにキャロルが立つ。


 リディアとアビーはそんな様子を、どこか微笑ましそうに見つめていた。


「うわ〜。すっごい綺麗な白い髪だね」

「そうですか?」

「うん! これはおしゃれすると、もっと良くなるよ〜☆」

「それは楽しみです」

「したい髪型とかある?」

「お任せします」

「それじゃあ、キャロキャロが最高に可愛くしちゃおうかなっ!」


 ハサミを入れ始めるキャロル。


 その手つきは完全に慣れているようで、スムーズに進行していく。


 リーゼロッテの髪は腰まであり、かなり長い。キャロルはその髪を、一気に肩ぐらいの長さまでバッサリと真横に切り落とした。


 リディアとアビーはキャロルの腕前を知っているので──というよりも、実際にたびたびキャロルに切ってもらっている──その技量は知っているが……流石にその思い切りの良さには驚いてしまう。


「うお……あいつ、めっちゃいったな」

「リディアも極東戦役後には、バッサリいっただろう」

「あぁ……そう言われると、そうだな」


 過去を懐かしむ二人。


 そうしている間にもキャロルのハサミは軽快に動いていく。


「ん〜。外ハネと内巻き、どっちがいいとかある〜☆」

「いえ。キャロル先輩が可愛いと思う方にしてください」

「りょうかいっ!」


 キャロルとしては、リーゼロッテの雰囲気と顔立ち、それに性格も考慮して外ハネを作りやすいようにカットするつもりだった。


 しかし、逆に新しい彼女を見てみたい……という気持ちもあった。


 いうならば、心機一転。


 ということでキャロルは、内巻きのボブスタイルで可愛さを前面に出すことにした。


 元より、リーゼロッテは精巧な人形のように、綺麗な顔立ちをしている。


 可愛さを重視したとしても、似合うのは間違いなかった。


 そして、内側の毛の毛量を少なくし、外側を重めにすることで、内巻きにしやすいように細かい調整に入る。


 その技量はプロ顔負け。というよりも、キャロルはおそらく髪を切ることに関してはエキスパートにすら劣らない。


 美に関しては妥協をしない。


 その信念の元、自分でも髪を切れるようになったのがキャロルだった。


 またその背景には軍人時代もある。それは、髪を切りに行く暇がない隊員が多かったので、キャロルがそれを担当していたのだ。


 今となっては昔の話ではあるが。



「よし! こんなものかなっ!」



 そこにいたのは、完全に生まれ変わったリーゼロッテだった。


 今まではロングストレートの純白の髪。腰まであるそれは、確かに美しいものではあるが、まるで人形のようにも思えた。


 彼女は特に手入れもしないし、伸ばしっぱなしだったからだ。


 だが今は違う。


 街にいるおしゃれな女性のように、流行りの髪型をしている。


 綺麗に内側に巻かれているボブスタイル。


 キャロルはささっと髪を払うと、鏡をリーゼロッテに渡す。


「どう? 可愛いでしょ〜☆」


 自信のある声。もちろん、キャロルの仕事は完璧だった。


「……はい。見違えました」


 リーゼロッテは今まで長くなり過ぎたら適当にハサミでバッサリと自分で切る、ということを繰り返していた。


 それが今や、全く異なる見た目になっている。


 大人っぽくはあるが、可愛さも確かに残っている感じである。


 髪型が違えば、こうも変わるのかとリーゼロッテは感嘆していた。


「おぉ。よく似合っているな」

「あぁ。流石はキャロルだな」


 リディアとアビーもまた、それを褒める。


 二人が見ても、それは素晴らしい出来栄えだった。


「じゃあ、服装も変えちゃおうっ! リディアちゃん。ちょっと漁るね〜」

「お、おいっ!」


 と、キャロルは勝手に家の中を物色して、リディアの服をリーゼロッテに着せる。リディアもまた渋々ながら、それを許可するのだった。


 真っ青なフレアスカートに、薄いピンクのブラウスを選択。それに靴は茶色のローファー。


 少し長めのボブスタイルの髪と相まって、ただの街娘のように見える。髪と目の色が浮世離れしているのは、仕方のないことだが。


 姿見で、自分の全身を確認するリーゼロッテはいつもは無表情だが、今回ばかりは目を見開いて、驚きを露わにする。


「す、すごいですね……まるで別人です」

「でしょ〜? おしゃれはキャロキャロに任せてよねっ☆」


 彼女はキャロルに対して、再び丁寧に一礼をする。



「ありがとうございました。キャロル先輩」

「全然いいよ〜☆ また切って欲しい時は言ってねっ!」



 その言葉を聞いて、彼女はゆっくりと頷く。


 今までは自分から歩み寄ることなどなかった。


 ただ彷徨うように、自分の人生を探し続けていた。


 だが、自分から動き始めてみると世界はこんなにも変化するのだとリーゼロッテは知った。


 彼女は進む。

 

 これからきっと、もっと多くの感情を知っていくのだろう。

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