第101話 闇夜の意志
闇。
この世界がまるで黒く塗りつぶされたような闇の世界で、二人は敵と相対していた。
「おっらああああああッ!!」
雄叫びを上げ、その拳を振るう。相手はそれを腰を低くして交わすと、大男の懐に潜り込んだ。そして、脚をバネのようにして拳をその
その動きは完全に普通の人間の知覚を超える。
だが、もちろん大男もまた魔術師。それを防ぐ手段など考えるまでもなかった。
「──はっ」
大男は鼻で笑う。
まるでその攻撃が単調すぎて、いや予定調和すぎて何の楽しみもないと思いながら、相手の男の腕を手刀で
鮮血。
ポタ、ポタポタポタと地面に血が滴る。
相手の男の腕が宙を舞い、大男はそれをすぐに掴むとボールを投げるものと同じ要領でその腕を相手に投擲。
闇夜を切り裂くようにしてその腕が飛翔すると、ちょうどそれは苦悶の表情を浮かべていた相手の顎にクリーンヒットした。
「う、ぐ……ぁああ……ぁぁ……」
声にもならない声を上げて、相手は地面に倒れ込む。
腕を切断されたことによるショックでまともに反応することができなかった。
そして無様にも、その場で意識を手放してしまう。
広がる血溜まり。
それを淡々と見つめる大男はゆっくりと歩みを進める。
「おーい。モルス、こっちは終わったぞ」
「トドメは?」
「まだだ」
「いいですね。そのままにしておいて下さい。こちらもすぐに済ませるので。」
モルス、と呼ばれた中背中肉の茶髪の男もまた敵と戦っていた。相対しているのは、五人の敵。
それを彼はたった一人で捌いていた。
相手もまた、手練れ。魔術師のランクで示すならば、最上位に分類される
その中でも戦闘技術に長けている五人を、彼はたった一人で圧倒する。
「ぐっ……!」
「どうなってやがる……!」
「こいつ、なんでだ!?」
と、声を上げる相手の男たち。
どうしてそのような言葉を口にするのか。
それは確実に当たっていると思っている魔術が全て貫通してしまうからだ。それは接近してナイフなどで物理的に切りつけても同じだった。
ニヤリと微笑みながらモルスはその攻撃を受け続ける。
悠然と、ただただその攻撃を受け続ける。もちろん、無傷で。
相手の男たちもまた、魔術による殺し合いなど今まで幾度となく行なってきた。
しかしこれは、あまりにも異質過ぎた。
たとえどんな魔術師であっても、その能力の根幹である本質はある程度見抜くことができる。
その自信が、この五人にはあった。
だがしかしどうだ、今の現状は。
元々、この二人を殺すためだけに派遣された刺客。その数は、十人を優に上回っていた。いつもの通りの他愛ない仕事。
殺して、報酬をもらって終わり。それだけだと、全員が思っていた。
相手の素性も全てリサーチしている。
なんてことはない、ただの魔術師。ただし裏で非合法的なことを行なっているとだけ情報があった。互いに、その手を闇に染めている存在。
魔術協会などに所属するわけもなく、裏の世界で生きている魔術師たち。
そんな彼らでさえも、これほどの闇には出会ったことがなかった。
「さて、と。そろそろ準備完了ですかね」
それこそ、人の良さそうな笑みで五人を見つめると彼は初めて相手に向かって魔術を行使した。
瞬間、その五人はまるで糸が切れたかのようにその場にひれ伏してしまう。
──何が起こった? 魔術の兆候すら、見えなかった。
その場にひれ伏す中で、男たちはほぼ同じことを思った。
魔術を行使する際に
手練れの魔術師ならばその兆候から、発動する魔術を一瞬で理解できる者もいる。
だが、モルスの魔術にはその兆候がなかったのだ。
ただただ唖然とするが、もう全ての決着は付いてしまった。
「さて、パラさん。こちらも終わりました」
「いつも思うが、お前の魔術は気味が悪りぃな」
「お褒めいただき、恐縮です」
「は。別に褒めちゃいねぇよ。で、いつもの感じでいいのか?」
「えぇ」
その場に転がっている十三人の男たち。
パラ、と呼ばれた大男にやられた相手は四肢欠損や体にダメージは残っているものの、まだ意識は辛うじて残っていた。
一方でモルスが倒した相手はまだ完全に意識があった。
体を動かせないというだけで、まだ意識そのものはしっかりと残っている。
「見ていかないのですか?」
「別に興味はねぇよ。俺は一服する」
「はい。領域は展開したままなので、あまり離れすぎないように」
「あぁ……」
パラは懐から一本の葉巻を取り出すと、それを魔術によって火をつけてそのまま去っていく。
一方のモルスが懐から取り出すのは、一本のナイフ。いやそれはナイフと形容するにはあまりにも短い上に、細い。
その実、それはメスと呼ばれる医療の際に使用される道具だ。
どうしてモルスがそれを取り出したのか。
それを理解してしまった相手の男たちは、ゾクリとした。
モルスのその恍惚とした笑みに。メスをまるで愛撫するようにして、撫でると彼はまずは近くにいた男の元にしゃがみ込む。
「さて、と。新鮮なものは、早く取り出さないと」
「な……何を……」
「おぉ! 僕の魔術を受けてまだ話すことができるなんて! 今回は本当に質の良い魔術師のようですね。これはどこかの誰かに感謝しないといけませんね」
その声音を聞くだけでは、モルスはどこにでもいるような優しい男性のように思える。
その甘いマスクも相まって、初見の人間ならば彼に対して警戒心を抱くことはないだろう。
だが、魔術の真髄に触れている者ならば理解できる。
この溢れ出る漆黒の
まるでそれは深淵そのもの。
男たちは改めて理解した。
手を出すべきでは、なかったと──。
「さて、まずは一人目ですね」
「あ、ああああああああああああああああああああああッ!!」
響き渡る絶叫。
それは想像を絶する苦痛が入り混じったものだった。
そう。モルスは躊躇なく、その男の頭を切り開いたのだ。
メスを魔術的に強化した上でまるで柔らかいものを切り裂くようにして頭を切開する。その所作は明らかにやり慣れている者の手つきだった。
「……ふぅ。さて、残りの人間もやりますかね」
その後、この場には絶望という言葉で生温いほどの……地獄の惨劇が繰り広げられた。
「終わったか?」
「えぇ。無事に」
パラが一服終えて戻ってくると、そこには血の惨劇が繰り広げられていた。男たちはすでに絶命している。その顔を苦悶の表情に染めながら。
溢れ出る血液は、まだ灼けるような鮮血であった。血液は時間が経過すれば黒く凝固してしまう。しかし今は、瑞々しいまでに綺麗な赤色をしていた。
王国内の路地裏で起こった惨劇。
深夜ということもあり、今はよく見えないが……奇しくも今日は月明かりがとても綺麗な日だった。
そして照らし出される、惨状。
それをみて、パラが思うことなど何もなかった。ただいつものように仕事を行っただけ。それだけだ。
「で、こいつらは結局誰なんだ?」
パラがそう尋ねると、付着した血をハンカチで拭っているモルスは優しい声音でこう答えた。
「他の派閥による刺客でしょう。現状、一番進んでいるのは僕らですから。ま、こうして新しい脳を確保できた僕としては、嬉しい結果ですけど」
「……
「えぇ。でも現状、僕らを魔術で止めることができる者は限りなく少ないでしょう。上層部は別の仕事で忙しいですし、今は下の方での争いですよ」
「は。そうかよ。まぁ、俺としちゃあ金さえ出ればどうでも良いがな」
「もちろん。報酬はお約束したものをお支払いします。目標が達成できれば、ですけど」
「……前金だけでも十分にもらっているがな。しかし俺たちの世界では信用こそが一番重要だ。仕事は最後までこなすさ」
「ありがとうございます。パラさん」
その体を鮮血に染めながら、モルスは微笑む。
二人が出会ってから、まだ日は浅い。モルスはある目的のためにパラを雇ったのだ。
この魔術の裏の世界で、名を馳せている彼を。曰く、その実力は七大魔術師にも匹敵するとか。
否。
殺しの技術だけで言えば、パラはすでに世界最高峰の魔術師に数えられるだろう。ただ殺すためだけに磨かれた魔術という技術。
魔術とはあくまで道具であり、人の生活を豊かにする反面で人を殺す上で最良の道具にもなり得てしまう。
また、モルスとパラの名前は互いに偽名だ。仕事用に使っているものでしかない。だが二人にとってもはや、名前など記号でしかない。呼ぶときに便利だから、その程度のものでしかない。
モルスは目標を果たすことができれば良い。
パラは依頼された仕事をこなすだけで良い。
それが二人を結びつけているものだった。
「さて、そろそろレベッカ=ブラッドリィの件も進めましょうか。他の人間が気がつかないうちに」
「ま、そっちは任せる。俺は依頼をこなすだけだからよ」
「えぇ。それと、復讐の方も進めます」
「……やれるのか?」
「それだけのために、この数十年もの間……潜伏していたのです。相手もまた、それを分かっている上で誘っているようで」
「は。そうかよ。せいぜい頑張りな」
「はい。そうさせて頂きます」
王国の裏では、確実に闇夜の意志が進行していく──。
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