第25話 新たなる始まり



「う……うぅ……」



 目が覚める。


 すると視界に入ってきたのは天井。それを認識すると、今の自分の状況を確認する。


 俺はベッドに横たわっており、窓からは心地よい夕焼けが差し込んでいた。



「レイ、起きたのか?」

「……師匠? ここは……?」

「学内の医務室さ。一応、手当などは全てアビーがやってくれていたようだがな」



 ベッドの左側には、車椅子に座った師匠がいた。その後ろにはカーラさんが控えていて、隣にはアビーさんもいた。



「使ったようだな」

「申し訳ありません。あの場面では、あれが最適解だと思ったので……」

「いや、構わないさ。私も仮にお前の立場だったら、同じことをしていただろう」

「そういって貰えると、恐縮ですが……」

「それと、魔術領域暴走オーバーヒートの件なら気にするな。今回は解放してしまったが、あの程度の時間なら問題はない。今後とも養生すれば、いつかは体内時計固定クロノスロックは必要なくなる」

「そうですか……」



 ふぅ、と息を吐き出す。


 あの戦い。結構ギリギリなところまで自分の性能を引き出していたが、特に後遺症なども残らなくてよかった。



「そういえば、みんなは……?」

「全員無事だ。軽い欠乏症になっているだけだった。少し休めば回復する程度だ。よくやったな、レイ」

「はい。ありがとうございます、師匠」



 ポンポンと頭を軽く叩かれる。


 これをされるのも、本当に久しぶりな感覚だ。



「それであれから何時間が経過したのでしょう? それと、グレイ教諭は?」

「それは私から説明しようじゃないか」



 スッと、前に出てくるのはアビーさんだった。師匠もそれを横目に見て、何か言いたそうにするも黙っておくみたいだ。



「レイが倒れてから1日が経過した。そして、ヘレナ=グレイディは確保したさ。お前のアレを溶かすのは苦労したがな」

「お手数おかけしました……」

「いや、殺していないのは助かった。あいつからは今後とも情報を引き出す必要があるからな」

「彼女は帝国の密偵ではなかったのですか?」

「あぁ。所属は優生機関ユーゼニクスであり、各国との関係はなかった。というよりも、優生機関ユーゼニクスそのものが国との繋がりはない……という結論に至っている。かの機関は完全に国から独立していて、優秀な研究者や魔術師を引き抜いているらしいが……まだ全貌はつかめていない」

「なるほど……そうですか」



 そうか……俺が出る幕はここまでだろう。


 後の処理は専門の人に託すべきだ。


 チラッと外を見る。もう夕方なのか、灼けるような真っ赤な夕焼けの光が、室内に差し込んでくる。それを見て改めて、終わったのか……と思った。


 あの戦いで、俺は成すべきことを成せた。その実感は未だにこの手の中に確かに残っていた。



「さて、そろそろ行くか。リディア」

「そうだな。アビーのいうとおり、あとは若い者に……な。レイ、しっかりと向き合えよ。じゃあ、また会おう」

「? それはどういう?」



 そういうと、アビーさんが部屋を出て行き、さらには師匠もカーラさんに車椅子を押してもらう形で出て行ってしまった。


 そしてそれと同時に、扉の横からぴょこんと髪の毛が一房だけ出ているのが見えた。それは真っ赤な色をしており、見覚えのあるものだった。



「みんな……」



 室内に入ってきたのは、3人だった。


 アメリア、エヴィ、エリサ。みんな妙に心配そうな表情をしている。



「レイ! 大丈夫なのかッ!!?」

「エヴィ、心配してくれてありがとう。現状では特に何も問題はないそうだ。俺自身も、違和感を覚えていないしな」

「そうか……そりゃあ、良かったが……」



 分かっているとも。エヴィが聞きたいのは俺の体調のこともあるだろうが、本題は別。それは、アメリアとエリサの表情かおを見てもよく分かった。



「レイ……あなたは本当は……」

「アメリア。そこから先は、俺が言おう」


 3人の方に姿勢を少しだけズラして、まずは頭を下げた。


「すまなかった。俺は君たちを騙していた。いや……何か悪事を働こうと思っていたわけではないが……それでも、嘘をついていたんだ」

「レイくん……それって……」

「あぁ。もう分かっていると思うが、俺が世界七大魔術師が一人、『冰剣の魔術師』だ」

「そう……やっぱりそうなのね……」



 アメリアは妙に納得した様子だった。エヴィとエリサも同じようだった。



 この3人には話してもいいだろう。俺の過去は忌まわしい記憶だ。忘れるものなら、忘れてしまいたい。でも、俺は冰剣の魔術師として能力を見せてしまったし……この掛け替えのない学友には誠実でありたかった。


 だからこそ、俺は意を決して口を開いた。



「少し……過去の話をしよう。俺の生まれは東の小さな村でな。それこそ、魔術師などいなかった。両親も他の人たちも皆が一般人オーディナリーだった。だが……俺たちは極東戦役に巻き込まれた……」



 極東戦役。それは初めて魔術が本格的に導入された戦争。


 それこそ、魔術は生活の質、インフラを高めるために欠かせないものになったが……それはあくまで一面に過ぎない。


 人はどうしても、争ってしまう生き物である。ならば、その手段として魔術を使い始めるのは時間の問題だった。魔術は人殺しの道具としても有用なのは、誰の目にも明らかだったからだ。



「そして俺は村のみんなを失い。戦争孤児となった。そこで初めに拾われたのが、少年兵を管理している組織だった。俺はそこで人を殺す技術を磨いた。生きるために……もちろん、この手で殺しをしたのも未だに覚えている。しかし俺たちの組織は王国の軍によって壊滅に追いやられ……そこで師匠と出会った」

「師匠というと……さっきの車椅子に座っていた、美人の人か?」



 ちょうど先ほどすれ違ったのか、エヴィがそう尋ねてくる。



「あぁ。そのとおりだ。そして俺は何の因果か、師匠に拾われたのを機に魔術師としての才能が開花した。もともと片鱗はあったが、俺はそれを磨くことにした。師匠や、他の軍人は本国に預けるべきだと言っていたが当時はそんな余裕もないほど戦場は悪化していた。だから俺は……自分の意志で師匠の部隊で一緒に戦うことにした。強いられたとかは、なかった。ただ死に場所を求めて、俺は戦場を彷徨っていた。別に、いつ死んでもいいと思っていたからな。戦争に本格的に参加するのは、怖くなかった……ただどこか……自分のたどり着ける場所を、求め続けていたんだ……」



 どこか虚空を見つめるような目で、俺は過去を語る。


 それは昨日のことのように思い出せる記憶だ。あの怒号も、悲鳴も、全てが脳内にこびりついているような感覚。それを想起しながら、俺は言葉をさらに紡ぐ。



「しかし俺は師匠に、それに他の人たちに歓迎され……人の心を徐々に取り戻していった。それと同時に、魔術師としての才能は爆発的に伸びた。それはきっと、戦争という環境がそうさせたのかもしれない。だが俺は最終戦で、師匠が下半身を撃ち抜かれた瞬間に……感情を爆発させた。そして俺は……魔術領域暴走オーバーヒートを引き起こした。そこから先のことはよく覚えていないが、起きた時には極東戦役は終了していて、師匠は下半身が動かなくなっていた……」



 3人も俺の話をじっと黙って聞いてくれている。俺はそのまま話を続ける。



「それから先、魔術領域暴走オーバーヒートしたとは言え、俺にはまだ能力が残っていた。そして俺は『冰剣の魔術師』の座を引き継ぐと決めた。師匠はいい顔をしなかったが、それでも了承してくれた。あとは師匠の紹介で、王国の田舎にある師匠の従姉妹いとこの家で養子として過ごすことになった。軍も退役して、俺は魔術領域暴走オーバーヒートをどうにかするためにそこで過ごしていたが……ある日、師匠に魔術を全く使わないのも良くない、と言われ学院への入学を勧められた。魔術領域暴走オーバーヒートを制御しているのは、俺の魔術だからな。そして師匠は年相応の経験をさせてやりたいと……そう、言っていた。その言葉は初めはよくわからなかったが……こうして俺は入学して、今に至るというわけだ」



 大筋だけだが、俺は自分の過去を語った。


 別に特別なことなどありはしない。戦争に巻き込まれた少年が生き残って、学院に通うようになったというだけだ。


 冰剣の魔術師という地位を引き継いだことなどもあるが、それでも俺は決してその過去を特別視していない。


 なるべくしてなった。偶然でも、必然でもない。


 ただあるがままを受け入れているだけだ。



「そうか……レイ、お前にはそんな過去が……」

「レイ……」

「レイくん……」



 軽蔑するだろうか。俺は心のどこかでやはり恐れていたのかもしれない。自分の過去を知られてしまうことが。


 学院で学生生活を謳歌しようにも、俺がしてきたことは無くならない。殺戮を重ねに重ねてきた事実は、確かにこの両手に残っているのだから。


 そしてチラッと顔を上げると、アメリアが急に抱きついてくる。



「うお……っ!!」

「レイは……凄いわ……本当に、本当に……」



 その様子を、エヴィとエリサも見つめてくれている。その視線には恐怖や怯えはなかった。むしろ全てを包み込むような、そんな……優しい目をしていた。



「でも俺は……多くの命を……この手で……」

「私は今のレイしか知らない。たとえ過去がどんなものであっても、あなたに変わりはないわ。それにあなたが優しい人だって、みんな知っているわ」

「そうだぜ! やっぱりレイはすげぇやつで、それで……俺の最高のダチってことはよく分かったからよ! 今更どうにかなるとか思ったか? そんなことじゃあ、俺との熱い友情は断ち切れないぜ! これからも一緒に筋トレしようぜ!」

「わ……私も……! これからもずっと、レイくんと一緒にいたい……! お友達なのは……変わりないよ……!」



 その言葉を聞いて、俺は自分の双眸から一筋の涙が自然と流れ落ちるのを──感じた。



「あぁ……そうか……そういうことだったのか……」



 村で大切な人を亡くし、戦争でも大切な人を亡くした。


 守れたものもあったが、同時に失うものもあった。その度に後悔し、嘆いた。


 でも止まることは許されなかった。仲間の死を嘆く暇などない。そんな時間があるのならば、その分だけ敵を殺す必要があったからだ。



 だから俺は進み続け、彷徨さまよい続け……この学院にたどり着いた。



 初めは師匠に言われたから、リハビリついでに学生でもしようかという気持ちの方が強かった。言うならばちょっとした観光気分。初めての学校に心は踊ったが、それはあくまで表面的なもの。



 この心の奥底に残る闇は、決して晴れることはなかった。



 だがこんなにも大切な友人に恵まれ、こうして自分の感情を吐露とろすることなど思ってはみなかった。



 でも師匠、分かりましたよ。どうして貴女が、俺にこの学院に行くように勧めたのか。きっと、師匠のことですから分かっていたのですね。



 俺にも……大切な友人ができるのだと。そしてそのことが、俺の心を癒してくれるのだと。ただ、魔術師としての能力を取り戻すだけでなく、人としての在り方も……ここで俺は改めて学んでいくのでしょう。



 今までも、そしてこれからも、大切な仲間と共に──。



 

 ◇



「ふん……! ふん……!」

「おぉ! いいな、レイ! 気合入ってるじゃねぇか!!」

「あぁ! 体調はもう完璧だからな!」



 あれから数日。


 俺はすっかり元どおりになり、早朝からエヴィと筋トレをしていた。今日もいいカットが出ており、バルクが衰えていることはなかった。



「さて、そろそろ教室に向かうか」

「おう!!」



 こうして新たな日常が始まろうとしていた。



「……」



 教室に着くと、俺は自分の席で読書をする。朝のこのわずかなひと時は、本当に素晴らしいものだ。


 今日は放課後に環境調査部に行く予定だし、明日は園芸部にも足を運ぶ。そろそろ新しい花を育ててみたい気持ちもあるしな。



 俺は知った。この学院での生活は決して無駄ではないと。



 きっと俺の人生にとって、掛け替えのないものになる。だからこそ、存分に謳歌しようではないか。大切な学友たちと共に。



「聞いたか?」

「うん。先生、諸事情でやめたんだったね」

「それで新しい人が来るらしいが……」



 教室内の生徒がそう噂をしている。



 グレイ教諭はもういない。ならば、別の教師がやって来るのは自明。その人とも、いい関係を築いていきたい。何も学生生活は生徒同士だけのものではない。教師との関係性も重要だと思っているが……。



 と思っていた瞬間、俺は本を落としてしまう。



「あ……あいつは……」



 知っている。


 胸元が派手に開いた服装に、何よりも特筆すべきは……その桃色の派手な髪。それを綺麗にかつ、緩やかに縦に巻いている姿。それに右目の下にある泣きぼくろ。


 美人というよりは、可愛いと形容すべきその異様な姿を……俺は、俺は知っている。



「はろはろ〜☆ ちゃろ〜☆ み〜な〜さ〜んっ!! 私が新しいこのクラスの担任の、キャロル=キャロラインで〜すっ! 気軽に、キャロちゃんとか、キャロキャロ〜とか、キャロちゃん先生って呼んでね☆ キャピ☆」



 バチン、と音が聞こえてきそうなほどにウインクをするのは……。


 キャロル=キャロライン。


 俺の知り合いでもあるが……それもそのはずだ。


 なぜならあいつは七大魔術師が一人、『幻惑の魔術師』その人なのだから。


 七大魔術師の中でも一番素性をオープンにしているあいつが、どうしてこんなところに……。



 こうして俺の学生生活は、まだまだ波乱万丈なものになりそうだと……。



 ──そう思った。






 ◇



 第一章 冰剣の魔術師 終

 第二章 空に舞う鳥 続


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