【追憶】窃盗

「うわぁ〜!

おいちそうー」

ところどころが既に破けたボロボロの服。

体中が埃だらけでハエの舞う、

歳は10歳にも満たないくらいの幼女だった。


「なあ?」


「何?」


蓮姫はその幼女と目が合うと、次の言葉がなかなか出てこなかった。

青果店のオヤジに自分の妹と勘違いされたように、確かにその幼女が自分とそっくりに思えたからだ。

今の自分では無い。貧乏だった頃の昔の自分に……。


「おいちそう……。

ゴクリ!」

幼女は唾を飲み込みながら、

キラキラとした目でずっとメロンを見つめ続けている。


「なあ?

お前はこのメロンが欲しいのか?」


「え?

お姉たん、あたちにメロン買ってくれるの!?」


「やらん!!」


「ちっ!!」


『ドロボー!!』

突然、それは大人の男性の声だった。

その声は人混みでごったがえす市場の奥の方から聞こえてきた。


「だれかー、そいつを捕まえてくれー!!」


青果店の周りの人達が一斉に蓮姫のほうを見てくる。

ちょ、私は姫だ!

泥棒なんかじゃないぞ!!

店主のオヤジ、あんたなんかやったのか!?」


「俺も知りませんよー!」


ドロボーと叫び青果店に詰め寄ってきた男は続けた。

「姫様やあんたじゃないよ!

その小さな女の子だよ!

僕の店の商品を盗んだのは!!」


「え!?

この幼女がか?」

蓮姫は慌てて幼女のいるほうを振り返った。


・・・・・・


「幼女が……いねえ!!」


「姫様、大丈夫でした?」


「ああ、私は大丈夫だが……」


「青果店の旦那〜、

あなたがもたもたしていたから、犯人取り逃がしちゃったじゃないですかー!!」


「そんなこと俺に言われても知らねーよ!!

それに、幼い女の子のやったことだろ?

諦めろや!」


「そんなー!

あの商品は売れなかったら返さないといけないものなのに、僕が買って弁償しなきゃいけないんですよー!?」


「知るかー!!

って、オイ!」


・・・


「どうしたんだ、

青果店のオヤジ?

目を丸くして固まったりして」


「俺の店のメロンが、根こそぎ無くなってる……」


「あ〜!!

借り受けた商品の弁償、

どうしようどうしよう!」


「俺のメロンが……、家内に何て言い訳しよう」


「おめーらー!!」


「は、はい!」」


「お前達二人とも大の大人だろ?

まずばもちつけ!!」


「へい」」


「二人の店から無くなった分の代金は私の財布から、

つまり、お前達が国民が王国に納める税金から補填するってことでいいか?」


「はい!」「大丈夫です」「さすが姫様」


「じゃあ、お前達二人の損失はそれぞれいくらくらいなんだ?

鯖を読んだりすると後で利子を付けて返してもらうからな」


「えーと、だいたい……」


「あれ?」


「どういたしやした、姫様?」


「無い」


「無い?

無いって何が無いんですか?」


「財布だ!

私の財布が……無い」


「ヤバいじゃないですかー!!」


「あのヤロー!!

まだ幼い子供だったからって大目にみようと思っていたが、姫様のお金まで奪うなんてもー許さん!!」


「まあまあ、青果店のオヤジ、

もちつけ!」


「は、はい。

でも、姫様は悔しく無いんですかい?」


「私は悔しくは無い。

私自身、王宮に戻ればまたお金はあるし、

お前達二人の損害も補填してやる。

だからその点は心配するな」


「その点……、と言いますと?」

青果店のオヤジは蓮姫に問う。


「このままじゃダメだ!」


「そうですよ!

早く犯人を捕まえて、二度と悪さを出来ないようにとっちめましょうや!!」


「再犯は防がなきゃだな。

だが私が言いたいのは、

市場をまた盗難の被害にあわせない為という

ただそれだけの理由じゃない!」


「え!?」


「このままじゃいけない!!

それは、あの幼い娘にとっても……な」


「私は今から出かけてくる。

損害費用は召使いにことづけておく。

じゃあな!」


「ちょっと、姫様!?

もしかしたら、泥棒の少女のところに行くんですい?」


「着いてくるな!!」


「泥棒の少女のところなんでしょ?

あいつらのクラス区画は治安が悪い!

だから、姫様一人だけじゃ危険すぎます!

俺もついていきます!」


「駄目だ!!

これは命令……だ」


「す、すみませんでしたー!」


「……すまん。

ありがとう」


「姫様、どうかご無事で……」




蓮姫に無理矢理にでも着いて行こうとする青果店の男。

蓮姫はそんな店主を無理矢理にでも一蹴しようとしたのだが、

申し訳なさそうに思う気持ちを後に付け加えた。



そして蓮姫は一人、

王国の貧民地区へ少女を探しに向かった。








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