秘密守る魔術師(マジシャン)⑤

「貴方の手紙、興味深く読ませていただきました」

 暗闇の中で対峙する2人の男。その一方が口を開いた。手元には封筒。黒紫の蝋に、砕いた魔水晶を混ぜ込んだ封蝋。


「貴方ならきっと、仕掛けも見抜いた上で本文に対しても理解が及ぶものと考えておりました。カムラ王」

 もう一方の男が、カムラ王に歩み寄って妖しく微笑む。


「限られた人物にしか読めない仕掛けになっている手紙の偽装用文章を、わざわざ和平を持ちかける内容にする必要も無いでしょうが……貴方一流のジョークと捉えましょうか。しかし、化け物摂政などと呼ばれる貴方……センダギさんが私にこんな話を持ちかけるとは、何かの皮肉かと思いました」


 カムラはふっと自嘲気味に笑うと、千田木を睨みつけた。


「ほう……貴方にと?」


 千田木は妖しい笑みから一転して軽薄な表情を作り、義眼の入った目の瞼を持ち上げる。月夜に晒された彼の義眼が紫色に光る。


「……当然です。むしろ、私以外に誰があれを読めましょうか。しかし仮にも冷戦中の最大敵国、その摂政である貴方が……わざわざ私の前に約束もなしに突然やって来たのです。それ相応に覚悟して来られたという認識で、宜しいですね?」

 カムラは懐に隠した短い王笏に手を掛ける。


「まあまあ。そんなに気張らずとも良いではないですか」

 千田木は両手を挙げて敵意がない事を示す。


「……貴方相手にリラックス出来る者が居たら、見てみたいものですね」

 カムラは警戒を解かない。


「ま、それはいいでしょう。で、あの話をどう捉えます?」

 千田木は手をわざとらしく構えてカムラに問う。


「俄かには信じがたかったが……この秘密は守らねばならないと考えます」

 カムラは慎重に言葉を選んで答える。しかし、千田木は不満げな表情をカムラに向けた。


「嘘は良くないですなぁ。あんな事をしておいて、信じがたいはないでしょう!」

 千田木は仰々しく両手を広げて笑顔になる。それはまるで、2人の間に広がる闇をその手に包むかの様な、怪しい微笑み。


「あんな事、とは……?」

 カムラには心当たりがあるが、それを言ってはならない事も、分かっていた。


「王とは皆、白々しい生き物なのですかな? あの、狂った錬金術師の所業……あれは貴方の指示によるものでしょう。の葬儀も、貴方が喪主だったはずだ」


「……プラス氏は我が国に多大なる利益をもたらした優秀な研究者だった。政を担う者なら、国家に貢献した者を弔うのは当然だ。貴方も摂政なら、お解りだろう」

 カムラは王笏を握りしめた。


「マツリゴト? オママゴトの間違いでしょう? 日本の政治ですら批判を受けているというのに……この世界の政治はまるでオママゴトだ。いちサラリーマンの私でも、摂政になれる程度に」

 千田木はカムラ王を挑発する。その表情はまるで道化師の様な、満面の笑みであった。


「聞き捨てなりませんな。我が国は五大国の中でも奴隷戦争を早々に中止した先進国家だ」


「ンッフフ……それが、間違いなのですよ」

 千田木は人さし指を立てて不気味な笑い声をあげた。


「間違い? 何を言い出すのです。そもそも貴方は、当事者である異世界人だ。一体、何が狙いです?」

 カムラは挑発に乗らず、王笏から手を離して千田木を見据える。


「やはり、貴方には。まあ、そうですなあ……強いて言うなら――」

 千田木はカムラに背を向けて歩き出す。コツコツと乾いた靴音が、辺りに響く。


「――殻を、破りたいんですよ」

 振り返った千田木がカムラに掌を向ける。瞬間、禍々しい魔力が放出され、カムラに真っ直ぐ向かっていく。

 カムラは懐から王笏を取り出し、結界を形成する。千田木の放つ闇魔法は結界に阻まれ、霧散した。


「ンッフッフッフ……カムラ王よ。その王笏に〝閉じ込めた〟のは誰の魂かな?」

 千田木は下卑た笑みを浮かべてカムラを上目遣いで見つめる。


「……なっ!?」

 カムラは驚きのあまり、動揺をそのまま言葉として発してしまった。


「その動揺が、あなたが異世界人達に何をしたか如実に示しているぞ、魔王カムラよ」


「……貴様がモーニ・プラスの研究所を破壊したのか!」

 カムラは首に掛けたペンダントを引きちぎり、千田木に投げつけた。ペンダントから閃光がほとばしる。その光は実体を伴った光の棘となって千田木に突き刺さり、彼の身体に無数の穴を開けた。


「おお、恐ろしい……コレは……古泉女史の異能だったはずだ。いい女だったのに。勿体ない事をする」

 穴だらけの身体になった千田木は、平然とした顔で話を続ける。光の棘が消えると、身体に開いた穴は瞬く間に塞がっていく。


「くっ……化け物め!」

 カムラは次に人差し指の指輪を外して千田木に向かって投げようとしたが、千田木の姿はすでに、どこにも無かった。


 代わりに、千田木の立っていた場所に封筒が落ちていた。


 カムラはそれを拾い上げ、中の便箋に書かれた文章を読む。そしてそのままそれを、破り捨てた。


「闇衣のセンダギ……異世界人の秘密だけでなく私の秘密までも! 生かしておくわけにはいかない……こうなれば……」


「カムラ王! ご無事ですか!?」

 近衛兵と大臣が騒ぎを聞きつけ、中庭に出てきた。


「ああ、私は無事です」

 カムラは険しい表情のまま答えた。


「この痕跡は闇の魔力……まさか、センダギが?」

 大臣は不安そうにカムラを見る。そしてその不安は、すぐに現実のものとなった。


「……マクスウェルに宣戦布告の準備を。異世界人徴兵も再開します」


 こうして、カムラの〝秘密〟の為、五大国最大勢力同士の戦いが始まる事となった。


 ◆◆◆◆◆


【魔術師】カムラ・ガリリュース。彼に与えられた暗示は──


 ──物事の始まり、想像、進歩。そして……混迷と〝誤った考え〟


 〜秘密守る魔術師 完〜

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る