使い魔を掃討せよ!〜エクソシストと掃除人、動く〜

七沢ゆきの@11月新刊発売

第1話

 そもそも、事務所のドアを開けた瞬間から、竹田景清はもう帰りたいと思っていたのだ。


 彼の目の前には、鼻梁の高い一人の男性。その男前といっても差し支え無い顔をした彼は、今まさに事務所を訪れたばかりの景清の顔をじっと睨みつけていた。


「……」


 ソッとドアを閉めようとしたが、その前に足を差し込み阻まれる。よって、引き続き景清はその見知らぬ男に観察されることとなった。

 彼にとっては大変気まずい数秒間。しかし、終わりは突然やってきた。


 男の口から、ぽつりと言葉が紡がれる。


「……勝ったな」

「……はい?」

「っしゃあ! 柳ィ! お前の勝ちだぜ!!」


 男は事務所の中を振り返ると、勝利の雄叫びを上げた。知らぬ間に敗北した景清は、ただ目を白黒させるばかりである。


 何? 柳? 僕は木に負けたのか?


 ワケが分からず事務所を覗き込むと、眼鏡をかけた小柄な男性が、青ざめてこちらに駆けてくる所だった。


「京さん! あれほど曽根崎さん達に迷惑をかけちゃいけないと言ったのに……!」

「迷惑はかけてねぇよ。たった今オレの中で開催された “ 第一回最強バディ選手権 ” にコイツがエントリーしてきたもんだから、審査にかけてたんだ」

「わぁぁすいません! この人、こういう人でして……本当にすいません!」


 慌てふためくその男性に、景清は深く頭を下げられる。……話の脈絡によると、どうやら彼が柳さんらしい。そして、先程謎の選手権を開催していたこちらは、京さんという名であるようだ。


 ――何者だ?


「や、景清君。今日は珍しく遅かったじゃないか」


 混乱する景清に向かって、ソファーに座ったままの曽根崎慎司が片手を上げて挨拶する。見慣れたもじゃもじゃ頭のスーツ姿に少しホッとしながら、景清は彼の側に行った。


「ちょっと教授に呼び止められていまして。彼らは何者ですか?」

「当ててみろ。一発で正解したら頭を撫でてやる」

「そそられねぇご褒美だな……」


 そう言いながらも、景清は事務所のドア前で言い合う二人を観察してみた。特徴的な黒い服は、教会で神父さんが着ているそれのようである。しかし、ただの神父ではないはずだ。……何の変哲も無い一般人が、不気味な事件を専門に取り扱う “ 怪異の掃除人 ” の元を訪れるわけがない。


 怪異絡みで、神父さんのような服装で、二人組。一つだけ、とある職業が景清の頭に思い浮かんだが、あまりの突拍子の無さに回答を少し躊躇する。

 ――まあ、もともと頭を撫でられるのなんてまっぴら御免だしな。

 そう思った景清は、開き直って口に出してみることにした。


「分かりましたよ、曽根崎さん」

「ほう、言ってみろ」

「彼らの職業は、ズバリ悪魔祓い――エクソシストです」


 人差し指を立てて仰々しく言った景清を、曽根崎は濃いクマを引いた目を丸くして見上げた。そしてその三秒後、景清は曽根崎の大きな手でもみくちゃに頭を撫で回さられていたのであった。



 +++



「エクソシストの京町です」

「同じく、柳谷です」


 改めて自己紹介をしてくれた二人に、お茶を運んできた景清は頭を下げた。話を聞くに、エクソシストである二人は、異業種交流会という名目の下、怪異の掃除人である曽根崎を訪ねてきたらしい。

 手土産に、少々厄介な案件を携えて。


「……無辜の民に害をなす人ならざるものを退治する、という点で、我々の目的は同じです」


 柳谷が丁寧にテーブルに資料を広げながら、言う。


「ここで協力関係を結んでおけば、今後起こり得るいざという時に、よりスムーズな連携対応が可能になるでしょう。今回は、その試運転と捉えていただければ」

「なるほどな。こちらとしても、あれこれ事情を聞かずに問題解決に動いてくれる人間が一人でも増えるのは都合がいい。ぜひ詳しい話を聞かせてもらいたいね」

「ええ。……きっかけは、冗談みたいな事件でした」


 柳谷の顔が渋くなる。これから話す内容は、彼にとって言い辛いものなのだろう。それを察した京町が、彼の代わりに説明を継いだ。


「……集団スカートめくり事件が起きたんだ」

「集団スカートめくり事件?」


 何、それ。


 思い切り顔を歪ませた景清を見て、京町は大真面目に続ける。


「その名の通り、道行く女性のスカートが片っ端からめくりあげられる事件が起きた。しかも、犯人は複数人。妙なのは、全員突発的な犯行で、何の事前打ち合わせも無かった点だ」

「となると、みんな初対面だったのか」

「そう。だけどそれだけじゃない。その数日後には、ある高校で一斉に非常用ベルが鳴らされる事態が発生した。これも同じく、突発的な犯行で……」

「……犯人同士の申し合わせも無かった、ということか」

「はい、そうなんです」


 柳谷がため息をつく。曽根崎は、長い足を組み替えて資料を手に取った。


「……で、肝心の真犯人だが、君達に心当たりはあるのか?」

「ええ。恐らく、犯人はこの高校に通う学生です。まだ特定はできていないのですが、何らかの方法で使い魔を召喚したんだと考えています」

「使い魔?」

「はい。ス、スカートめくりをした人も、非常用ベルを鳴らした人も、その数はピッタリ六人でした。だから、その召喚者に応じた欲望を、六匹の使い魔が叶えているのではないかと思うのですが……」

「ふむ」


 無精髭の残る顎に手をやり、曽根崎は資料を眺めている。その向かいでは、京町が「六人たぁ手応えがありそうだ」と言いながら指の骨を鳴らしていた。


 ……この人、使い魔を素手で殴るつもりなのか?


 ゾッとした景清だったが、続く曽根崎の言に更に背筋を凍らせることになる。


「よし、では私と景清君で高校に潜入しよう」

「ありがとうごさいます」

「私がすべき事は、その高校生の特定と、使い魔の誘き出しかな? 早速準備に取り掛かるとしよう」

「待て待て待て! なんでさも当然の流れのように僕が組み込まれてるんですか!」


 急いでツッこんだ景清だったが、曽根崎はケロリとした顔で言い放った。


「私が学生服を着られると思うか?」

「だからって僕が着るのかよ!」

「そうだ。幸い君は見た目がいい。せいぜい謎の転校生として学生どもの気を引いて、私が動きやすいよう立ち回ってくれ」

「……っ!!」


 きっと、何を言っても無駄なのだろう。景清はガリガリと頭をかくと、曽根崎に怒鳴った。


「……僕の学ラン姿は安くないぞ!」

「だ、そうだ。柳谷君、君の上司に報酬額についてよろしく伝えておいてくれ」

「羨ましいですね、自由業……。うち公務員みたいなものなので」


 少し心が揺れたらしい柳谷を、京町が目敏く睨みつけた。辞めるならついていくぞ、という目線らしいが、柳谷はそれに気づかず、空を見つめて先月の給料を思い出していたのであった。

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