20. 執事見習いは最後の説得を試みます
レオン王子の生誕祭は、国王夫妻も出席する。防犯のため、屋外のパーティーや舞踏会に出席できるのは、王宮から招待状を受け取った者に限られる。ただし、招待状があれば、身元が証明された連れ添いの参加も許されている。
ちなみに、第一王子は遠方視察に出ている先で、悪天に見舞われて間に合わないらしい。
(まあ……そういう設定だったものね)
どの攻略ルートでも、顔出しの機会は一度もなかった。
「イザベル様。やはり、ジークフリート様と踊られるのですか?」
「ええ。婚約者なら当然でしょう?」
朝から繰り返される質問だったが、イザベルの答えは変わらない。
左隣に座るリシャールをちらりと見やると、なぜか落ち込んでいる。
「……そうですよね。そうなんですけど……いっそ欠席しません? 今夜の舞踏会。レオン王子へのプレゼントはもう手配済みですし、お祝いの言葉は学園でも直接言えますし」
プレゼントはリシャールのリサーチにより、アロマキャンドルとグラスにした。アロマは二段階で香りが違う特注のもので、最近寝不足らしいレオンの癒やしになるはずだ。
「リシャール。今、この車は王宮に向かっているわ。わたくしもメイド総出で着飾った後なのだし。いい加減、諦めなさい」
一緒に王宮に向かうはずだった兄は、仕事でトラブルがあったらしく、一昨日から帰ってきていない。時間があったら、少し様子を見に行ってみてもいいかもしれない。
「……その着飾り方が問題だから、こうして最後の説得を試みているのではありませんか……」
虚ろな瞳には諦観の念がにじんでいた。イザベルは改めて自分のドレスを見下ろした。
本日の衣装コンセプトは、クラシカル路線である。子供らしいフリフリもないし、派手なオレンジや赤などではなく、瞳と同じ若葉色を選んだ。
ドレスの形は、ウエストの位置を高くし、ウエストから裾まで徐々に広がっていくことで、スタイルをよく見せる流行のものにした。
加えて、胸元と腕は総レース仕立て。繊細なリバーレースは手首まで覆うロングタイプで、イザベルのお気に入りだ。
しかし、従者がここまで思い詰めるぐらい、不釣り合いなのか。そうだとすると、このまま会場に向かうのも問題かもしれない。
「このドレス……そんなに似合っていないかしら」
「いえ、似合っているから困っているんです。オペラの時といい、イザベル様の可憐なイメージと真逆なのに、なぜか着こなしていらっしゃるなんて」
「……つまるところ、喧嘩を売っているのね?」
腕を組んで威嚇すると、リシャールは両手を上げて否定した。
「違いますよ! どうしてそうなるんですか」
「どうしてもなにも、けなされているようにしか聞こえないわ」
リシャールは数秒の間を置き、咳払いでごまかした。
「イザベル様は着飾り方で変わりますよ。今までは皆、先入観にとらわれ過ぎていたんです。ですから、その……自信を持ってください。メイド長のメアリー様も褒めていたじゃないですか」
「確かに……そうね」
めったに褒めないメイド長のお墨付きをもらったことを思い出し、イザベルは胸をなでおろす。
ふと、窓の外の景色がいつもと違っているのに気づく。
大通りを抜けて、今は橋の上を走っている。ここまで来たら、王宮までは一本道だ。やがて車は目的地に到着し、静かに停車した。
リシャールは残念そうに眉尻を下げ、イザベルに向き直る。
「王宮に到着した以上、もう野暮なことは申しません。ただ、覚悟してください。今夜は無粋なことはいたしませんが、婚約破棄を諦めたわけではありませんので」
「わかっているわ」
車から降りると、送迎車が所狭しと停めてあった。王宮からの招待ということもあり、車から降りる者たちの服装はどれも気合が入っていた。
後ろに付き従っていたリシャールが前に出て、階段の前にいる門番に招待状を見せる。
若い門番は、失礼します、と断ってから手紙の中を検めた。羊皮紙に書かれた文面と宛名を確認し、手元のリストと照らし合わせて入念にチェックする。
「エルライン伯爵家のお嬢様でしたか。どうぞお通りください」
「お仕事、お疲れ様です」
門番には社交用の笑顔で労い、次に涼しい顔の専属執事を見やる。リシャールは左手を胸に当て腰を下げ、顔を伏せた。
「では、イザベル様。どうぞお気をつけて」
リシャールとは、ここでいったんお別れだ。
今夜は乙女ゲームでも外せない、舞踏会のイベントがある。不測の事態にも対応できるよう、一人での行動を選んだのだ。
一向に頭を上げないリシャールの表情はわからない。赤茶色の髪を見つめていたイザベルは薄く息を吐いた。
「……行ってくるわね」
くるりと踵を返し、ゆるやかなS字カーブの階段をのぼっていく。長い階段を半分ほど超えたところで、深紅のドームが見えてきた。
やがて、王宮の全貌があらわになる。
小高い丘の上にある宮殿はドームを中心にして、左右対称に作られている。天空に突き出した赤い尖塔に、白亜の壁がまぶしい。これまでも何度か訪れているはずなのに、荘厳な雰囲気にのまれそうになる。
見上げていた視線を正面に戻すと、同じように着飾った令嬢や紳士たちが上品に歩いていた。誰もが皆、堂々としており、気後れする様子は微塵もない。
(伯爵令嬢が建物に圧倒されて、どうするのよ)
自分を叱咤し、前を歩く貴族たちの背に続いた。
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