第十二話 小さな正義

「上手くやってくれよ、二人とも……!」


 イージスベースの指令室で、モニターを見ながら御法川は拳を握り締める。

 そのモニターに映されているのは、「No signal」の文字だけ。長距離ブースターでの超高速航行中は電波が届かず、一切の交信が遮断されてしまうのだ。


「EXファルガン、ファルブラックの両機が高速航行を終了! 通信、回復します!」


 無事にEXファルガンとファルブラックがブースターを切り離し、無事に着陸。それと同時に通信が回復し、現地の様子がモニターに映し出される。


「これは……そんな事が……!」


 そしてそこに映ったものを目の当たりにして、御法川は……そして過去を知る者は皆、目を見開き驚愕するのだった。






 同時刻、富士。


「違う、これまでの怪獣と……!」

「機械じゃない怪獣……!?」


 クオンとソウタもまた、その姿と恐ろしい咆哮に戦慄する。

 これまで戦ってきた怪獣はどれも、金属で人工的に作られたロボット兵器でしかなかった。


『気をつけるんだ二人とも!』

「御法川さん!?」

『そいつはこれまでの怪獣……ロボット怪獣とは訳が違う! 魔王の死によって失われた筈の、正真正銘本物の怪獣モンスターだ!』

「本物の……怪獣……!?」


 だがここにいるモノは違う。

 鋭い牙の生え揃った口からは涎を垂らし、ギロリと見開いた目を向けてくる。全身の血管は蠢き、筋肉がメキメキと軋む。

 それはロボット怪獣などではない、紛うことなき本物の怪獣だった。


『よく現れたな、ヒロイックロボ』


 そして通信機から、オープンチャンネルで男の声が聞こえ始める。


「あんたが黒曜旅団の黒幕か!」

『如何にもその通りだ、若きヒーローよ。だがそれを知ってどうなる?』


 ここまで懐に潜り込まれても尚、男には余裕があった。

 彼は告げに来たのだ。この今の世界の、その終末を。


『いずれにせよ貴様ら二人はここで死ぬ! この究極怪獣、ネオゼットラゴンの手によって!』

『ZEGYAAAAAAAAAA!!』


 超究極怪獣ネオゼットラゴン。

 全高30m、重量1666t。

 究極ロボット怪獣ゼットラゴンが、魔王の遺した魔法科学により血肉を得て甦る事により生まれた。最強最悪の、忘れ去られた真の怪獣と呼ぶべき存在である。


「ラスターブラッドガン」


 先手を打ち、翼を広げてファルブラックがブラッドガンを放ちながらネオゼットラゴンへと迫る。


「弾かれた……!? くっ……!」


 だが光弾はその肉を貫くには至らず、木々を薙ぎ倒す尻尾の反撃がファルブラックを襲う。

 咄嗟にクオンは機体を後退させて衝撃を和らげ、空中で体勢を立て直しながら再び攻撃を仕掛けた。


『水無瀬クオン、残念だよ。君さえ裏切らなければ、共に新世界の創造を目の当たりに出来たというのに』

「私の人格に興味なんてないくせに……」

『君なら理解出来るはずだったのだがな。この世界に、存続する価値などないという事が……』

「そんなこと、理解したくもない……!」


 確かにクオンは、耐え難い程の辛い思いをしながら生きていた。

 だがクオンが願ったのは、決して世界への復讐などではない。ただ、一人の少女として普通に生きる事だった。

 故に彼女は否定する。黒曜旅団の、世界を壊さんとする野望を。


「ラスタービームライフル!」


 ファルブラックとネオゼットラゴンが交戦する中、EXファルガンも続いて援護射撃を放ち敵の動きを鈍らせた。


「クオン、連携して行こう!」

「わかった」


 超究極怪獣ネオゼットラゴン。

 とてもヒロイックロボ単機で敵う相手ではない以上、連携は必須である。

 ソウタとクオンの二人は息を合わせ、ネオゼットラゴンへと同時攻撃を仕掛け始める。


「よーし到着ー!」

「待たせたなソウタ! 援護するぜ!」

「助かる!」


 続いてGキャリアーも到着し、戦闘に加わる。これで味方側の戦力は全てだ。


「俺が操縦と砲撃を担当する!お前はあいつらと交信しながら、必要に応じてミサイルを撃て!」

「おっけー! ミサイルって確か自動で飛んでってくれるんだよね」


 フリグラース戦での特殊な使い方を除けば、初めてのミサイル。フウカが使い方を確認すると、彼女とカズマの二人はそれぞれ役割を分担し配置についた。


『ヒーロー気取りの木偶人形がいくら足掻いたところで、真の怪獣であるネオゼットラゴンにはそう易々と勝てるとは思わないことだ』


 三対一という状況で尚、ネオゼットラゴンは一歩も下がることなく迫ってくる。


「レールキャノン一番二番、発射!」

「ラスタービームライフル!」

『諦めろ。模造品の勇者で叶う筈がない』


 GキャリアーとEXファルガンはそれぞれレールキャノンとビームライフルで迎え撃つが、ネオゼットラゴンの巨体には傷一つ与えられない。

 もはや三対一など問題ではない。取るに足らない相手だということなのだろうか。


「ラスターブラッドセイバー」

『ZEGYAAAA!』

「しまった……!」


 直後にブラッドセイバーを手に斬りかかったファルブラックをも払い除け、全身の装甲を展開させた。


「ミサイル、来るよ!」


 気付いたフウカが咄嗟にソウタたちに警告する。

 だが時は既に遅く、気付いた時には無数のミサイルが視界を覆い尽くしていた。


「うわぁっ!!」

「くぅっ……!」


 次の瞬間、ミサイルが一斉にEXファルガンとファルブラックを襲い、爆炎が二機を覆い尽くした。


「なんて強さなんだ……!」

「これが、本物の怪獣……」


 EXファルガンとファルブラックという、人類の最高戦力をぶつけても、ネオゼットラゴンには傷一つ付けられずに追い詰められている。

 まさに別次元。その圧倒的な力を前に、ソウタとクオンはただただ驚愕するしかなかった。


「高エネルギー反応!? やばい!」

「ミサイルを撃てッ!!」


 爆発で怯む二機を前に、ネオゼットラゴンは大口を開いて光を収束させる。

 これは危険だと、攻撃を阻止するべくGキャリアーが一斉にミサイルを放った。


「やっば、効いてない!」


 だがラスター攻撃も通用しない相手にミサイルなど通用する筈がなく、そして……。


『やれ。ケイオスビーム』

『ZEGYAAAAAAAAAAA!!!!』


 今、光が放たれた。


「しまった、避け切れない……!」


 ソウタの視界を、凄まじい光が覆い尽くす。


「させない……」


 諦めかけたその時、突如割り込んだ影が彼の視界を遮った。


「ぐっ……うぅ……!!」

「クオンッ!!」


 それは、ファルブラックだった。クオンが自らを盾にして、ソウタのEXファルガンを庇ったのだ。


「ファルブラックのコクピット温度が200℃……300℃突破!? 早く逃げないと!」

「脱出したらその瞬間蒸発して死ぬぞ!」


 ファルブラックのコクピット内の温度が上昇し、データリンクしたGキャリアーにも警告音が響く。

 このままでは危険だが、脱出装置を使えばそれこそ即死だ。


「クオンちゃん……!」

「死なせない……死にたくない……。死んで、たまるか……!」


 蒸し焼きのコクピットの中で、クオンの皮膚が爛れていく。


「ダメだクオン! そのままじゃ……!」

「絶対に……守る……」


 だがそれでも、彼女は操縦桿から手を離さない。ようやく出会えた、大切な人を守る為に。


「絶対に……殺すッ!!」


 その時、クオンの瞳が紅く輝いた。


「魔法陣!?」


 突如ファルブラックの前に現れた魔法陣が光線を遮って無力化する。


「消えろ」

『ZEGYAAAA!?』


 そして手を振りかざした瞬間、魔法陣はネオゼットラゴンへと受けた光線を押し返し、膨大なエネルギーを口の中で爆発させた。


「殺す……!」


 翼を広げて、ネオゼットラゴンに肉薄するファルブラック。

 怯んだ隙に懐に潜り込むと、ファルブラックはネオゼットラゴンの爆発で外れた下顎を引きちぎり、垂れ下がった舌を引き抜いて血を辺りに撒き散らした。


「そうか、そういう事か……!」


 イージスベースの指令室で、御法川は気付く。自身が思い込んでいた、一つの重大な誤解に。


「魔王復活に本当に必要なのはファルブラックではなく、水無瀬クオン……」


 彼は魔法の組み込まれたファルブラックのブラックボックスを取り外すことで、魔王復活は出来なくなると考えていた。

 だが実際にはそうではなかった。

 元より魔王復活にファルブラックは必要ない。本当に必要なのは、水無瀬クオンという少女自身だったのだ。


「これは……」

「えっげつねぇ……」

「ごめん、あたし無理……」


 肉を引き裂き、内臓を抉り出し、返り血に塗れながら生きた怪獣を解体していく。

 その残虐な光景にソウタとカズマは呆然とし、フウカは思わず胃の中の物を吐き出してしまった。


「死ねぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」

『ZEGYAAAAAAAAAA!?!?』


 そしてファルブラックは最後に両肩の眼から赤黒いビームを至近距離から放ち、ネオゼットラゴンは絶叫を上げながら爆散していった。


『それでいい、水無瀬クオン!』


 この事態を前に、黒曜旅団の首領は笑みを浮かべる。


『人類よ、世界よ、絶望せよ! 今こそ魔王復活の時だ!』


 ここから再び、始まろうとしていたのだ。魔王の復活が。この世界の終焉が。


「があああああああああっ!!」

「攻撃してきやがったぞ! どうすんだ!」

「どうするって、クオンちゃん撃つ訳にはいかないでしょ!」


 暴走したファルブラックは、今度はこちらへ向かってラスターブラッドガンを撃ってくる。

 敵ならば倒せば済む話だが、ただでさえ強力な相手である上に乗っているのはクオン。単純に破壊するというわけにもいかない。


「俺が止めてくる」

「止めるってどうやって!コクピット壊すなんて通じそうにないよ!」


 その上今度は暴走の原因は機体ではなくクオン自身である。前回のように、コクピットの魔法的な装置を破壊すればいいなどということはない。


「突っ込んで接触してみる。援護は頼んだよ」

「ノープランかよ! しゃあねぇな!」

「ドローン全機射出! デコイ代わりにはなってよね!」

「ありがとう。行こう、EXファルガン」


 完全なるノープラン。だがそれでも再びクオンを救い出す為に、仲間の助けを受けてEXファルガンはブースター全開で飛び立った。


『さあ選ぶがいい、少年よ。愛する者に滅ぼされるか、その手で愛する者を滅ぼすかをな』

「そのどっちも選ぶ気はない!」

『ならば死ね。そして、この先の果てなき絶望による安寧の礎となるがいい』


 今やガーディアンも黒曜旅団も関係ない。ただ一人の好きな人を救う為だけにソウタは飛んでいる。

 そんな彼には敵の首領の声など、もはや聞こえてはいなかった。


「クオン! 俺だ、ソウタだ!」

「ソウ……タ……?」


 そしてファルブラックと対峙したソウタは、残されたクオンの自我を呼び覚まそうと叫ぶ。


「戻ってきてくれ、俺たちの所に!死ぬ以外の道を一緒に考えるって決めたばかりじゃないか!」

「あ……ぁ……!」


 その声にクオンの人格が呼び覚まされるが、表面に表れた魔王としての衝動に阻まれ、衝突し、激しい頭痛が彼女を襲った。

 瞬間、赤黒い光が彼女を中心に収束し、ファルブラックを覆い始める。


「ヤバい、離れろソウタッ!!」

「嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」


 そしてカズマが叫ぶも時すでに遅し。ファルブラックを中心に光が爆発し、辺りの木々と共にEXファルガンを飲み込む。

 次の瞬間、カズマたちが目を開くとEXファルガンの姿は跡形もなく消え去っていた。


「嘘だろ……」

「ソウタぁぁぁぁぁ!!」


 この時、EXファルガンはソウタと共にこの地上から消滅した。残ったのは単独で戦う力のないGキャリアーと、暴走したファルブラックのみ。

 世界の終焉が今、目前となった。






 その頃、只野市では……。


「エンダァァァ! スラァァァァッシュゥ!!」

「ツインラスタァァァビィィィィィム!!」

『GYAOOOOOOOO!?!?』


 ファルソード改とファルガノン改。二機の必殺の攻撃を受けたメラドガンが、絶叫を上げながら爆散する。


「よし、これで再生怪獣共は片付いた」

「お疲れ様だな、藤堂」

「そちらこそ」


 数こそ圧倒的な再生怪獣軍団だったが、改良されたヒロイックロボの前にはもはや敵ではなく、その全てが爆散して塵と化した。


「イージスベース、こちらは片付いた。結城くんたちの方はどうなっている」


 アリサは勝利の報告をイージスベースへと伝えるが、帰ってきたのは最悪の答えだった。


『状況は最悪だ。ファルブラックが暴走し、EXファルガンが消滅した。彼の脱出は確認出来ていない』

「なんだって!?」 


 ファルブラックの再暴走と、EXファルガンの消滅。その報せを耳にした八木は驚愕の声を上げる。


『今尚ファルブラックは暴走を続けている。恐らく魔王が復活しようとしているのだろう』

「すぐに止めに行かないと……。あなたは行けますか」

「ああ。勿論だ」

『長距離ブースターの準備はしている。君たちはすぐに帰還してくれ』

「わかりました」


 予備の長距離ブースターで富士へと向かう為、二人はイージスベースへと帰還しようとする。その時だった。


「そうはさせません」


 突然通信機から聞こえた女の声と共に、空から何かが降下して瓦礫を巻き上げながらアスファルトの地面に着地する。


「誰だ!?」

「あれは……人型……?」


 土煙が晴れたその時、そこに存在したのは女性のような細身の体型の、桃色をした人型巨大ロボットだった。


「恐怖と絶望による世界の調和……。あの人の理想は、誰にも邪魔はさせません」

「貴様、何者だ」


 突如現れた、ヒロイックロボとは異なる巨大ロボット。その招待を問うアリサに、女は答えた。


「黒曜旅団、旅団長補佐……フィーネ。そしてこの機体は魔人機テレスティア」


 魔人機テレスティア。

 全高25m、重量480t。

 黒曜旅団が世界征服に向けて開発した、魔王の器としての機能を有しない量産型ファルブラックの試作一号機である。


「来るぞ八木!」

「ああ!」

「あなたたちはここから行かせはしません。あの人の夢を守る為に……」


 フィーネと魔人機テレスティア。未知の敵を相手に今、こちらの第二ラウンドが始まった。






「ここは……」


 気が付くとソウタは、静寂に包まれた暗闇の中にいた。


「冷たい……」


 雪のように冷たく、どこまでも深い暗黒。足場すらなく、前後上下左右も分からなくなるような空間の中、彼は漂う。


「うぐっ……!」


 そんな中、突然頭痛がソウタを襲う。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 次の瞬間、大量のビジョンが一気に頭の中に流れ込み、脳を直接殴られたような衝撃を受けた彼は思わず絶叫を上げた。


「これは……クオンの記憶……?」


 中東の観光地でのテロ事件。


 武装組織による少年兵の洗脳。


 廃墟となった街中での銃撃戦。


 苦しみの中、ソウタが一瞬にして体験したそれは、クオンの過去だった。

 そして気付く。この場所が一体何処なのか。その真実に。


(暗い……)


 クオンもまた漂う。どこまでも暗い、静寂の中を。


(私が、消えていく……)


 彼女は感じていた。魔王の力に冒され、自分の心が消えていく事を。


(声が、聞こえる……)


 その中で、彼女はひとつの声を聞いた。出会って間もないが、それでも心に刻み込まれた少年の声を。


「クオン! ここにいるんだろ!」

「ソウ……タ……!」


 互いの姿は決して見えない。だがそれでも、暗闇の中で二人は確かに互いの存在を感じ合っていた。


「ソウタが、私の中に……」

「俺の中に……クオンが……!」


 肉体から切り離された世界で、二人の存在が、心が混ざり合う。

 互いの中に互いが溶け込み、怒り、悲しみ、喜びなど色々な感情が共有されていく。

 そして二人が互いを受け入れたその瞬間、彼らの視界が突然真っ白に染まった。





 次の瞬間、目を開けると二人はまるで絵の具が混ざりあったような色彩の、不思議な空間にいた。


「ソウタ……?」

「クオン……」


 そしてそこでは、先程の暗闇とは違い互いの存在がしっかりと二人の目に見えていた。


「ごめん。君の記憶を見たよ」

「私も同じ……」


 暗闇の中で、ソウタとクオンは互いの全てを知った。辛い事も楽しい事も、全ての記憶を共有し、二人の信頼はさらに強固なものとなっていたのだ。


「もう一度行こう、クオン。今度こそ、こんな事は終わりにしよう」

「わかってる。決着は……私たちの手でつける」


 一体自分たちがどこにいるのか、そもそも生きているのかすらわからない。こうなってしまった今、出来ることはないのかもしれない。

 それでも二人は諦めずに、戦う事をけついする。これまでの全ての戦いに決着をつけるために。

 そして二人が手を繋いだ瞬間、それは現れた。


《見せてもらった。君たちの意志を》


 白い霧のような、しかしはっきりと人の形をした何か。それが突然現れ、二人に語りかけたのだ。


《魔王の放ったエネルギー波に私のエネルギー体を割り込ませる事で、なんとか気付かれずに君たちと接触することができた》

「あなたは……?」

《私は、そう……君たちがかつて、ヒーローと呼んだ存在だ》


 ファルブラックのエネルギー爆発と同時に、エネルギー体となってソウタとクオンに接触した。

 それは、かつて数十年前に人類の為に魔王と戦い、ヒーローと呼ばれた存在だった。


「俺たちは一体……どうなったんだ……」

《君たちがいるのは君たちの心から生まれた、時の流れから隔絶された異空間だ。我々の力と、爆発のエネルギーを重ね合わせてなんとかこの空間を発生させ、現実空間を繋げることができた》


 爆発に巻き込まれて消滅したソウタだが、まだ彼は死んではいない。

 勇者と魔王、正と負の二つのエネルギーの衝突によって発生した莫大なエネルギーを元に空間を作り出し、一時的に避難させられた状態である。

 そして魂と物質の境界が曖昧なこの精神世界に、クオンもまた引き込まれていたのだ。


《世界は今、再び闇の脅威に晒されている。この世界を救う為に今こそ私と一つになり、共に平和を守る使命を果たしてくれないだろうか》

「それは……」


 勇者は告げる。この世界を再び、闇が覆おうとしているという事を。

 その闇から世界を守る為、共に一つとなってヒーローとして戦おうと。そう告げる言葉に一瞬ソウタは悩むも、その答えはすぐに出た。


「俺たちの世界に……あなたはきっといちゃいけないんだ」


 勇者の拒絶。それが、ソウタの選んだ答えだった。

 そして全てを共有したクオンもまた、言葉がなくともその意志を全て理解している。


「俺はクオンと会って知ったんだ。正義は綺麗事だけで語れるほど簡単なものじゃないんだって」


 偶然ヒーローとなったソウタだったが、その後彼はクオンと出会う事により正義について考える機会を得た。


「ひとつの正義に救えるものなんて、ほんのひと握りしかなかった……」


 クオンは知っていた。

 正義の味方を名乗る者に救える存在など、極わずかでしかないという事を。

 彼女自身が、その正義によって救われない人間だったのだから。


「だからこそ、この世界にたった一人のスーパーヒーローなんて必要ない。絶対正義なんてあっちゃいけない。ひとつの正義じゃ何も救えないこんな世界だからこそ、無敵の正義の味方なんていちゃいけないんだ」


 ソウタは否定する。たった一つの絶対正義を。無敵のスーパーヒーローの存在を。

 実際にEXファルガンという圧倒的な力を得て唯一無二の正義の味方という立場になって、彼は理解していたのだ。唯一の正義に、全てを救う事などできないという事を。


「正義は沢山あったっていい。正義に見放された人にも、また別の正義の味方が手を差し伸べてくれる。そんな世界なら、きっと誰にだっていつか救いはあるから」


 クオンは肯定する。力が弱くてもいい。幾つもの、小さな正義がある世界を。

 人間同士の殺し合いである戦争の中で人を殺し、不本意でこそありながら悪の野望の中核を担った彼女は、正義によって殺される事での贖罪を願った。

 だがそれでもソウタという一人の小さな正義は、そんな彼女を救い出してくれた。そんな小さな正義が幾つもあれば、全ての人々の心が誰かの小さな正義によって救われる事を、彼女は信じていた。


「そして誰でも、誰かに手を差し伸べられる正義の味方になれる。その為の、誰もがヒーローになる為の力がヒロイックロボなんだ!」


 一つの大きな正義がなくとも、無数の小さな正義が誰かを救う、その為の力になる。

 それがソウタの見い出した、ヒーローでありながら量産機でもあるヒロイックロボの存在意義。


 これが、様々な出会いの果てに彼が辿り着いた、正義の結論だった。


《だがその選択は、時には正義と正義の衝突も有り得るだろう。それは君たち人類にとって、きっと果てしない苦難の道になる筈だ》

「わかってる! 俺とクオンだって、最初はそうだった!だけど今はこうして手を取り合えたんだ!」


 勇者の言うように、複数の正義が存在する事は過去にも様々な戦争を生み出してきた。

 ソウタとクオンの選択は、その歴史を再び繰り返す事になるかもしれない。

 だがそれでも二人は信じていた。

 自分たちが衝突の果てに分かり合えたように。

 過去に戦争を繰り返しながらも、手を取り合い平和を築き上げた多くの国々のように。

 互いに正義がある限り、争いの果てにもいつか人は必ず分かり合う事が出来るという事を。


《どうやら人は、既に我々の想像の遥か上を進んでいたようだ》


 その二人の思いを汲み取った勇者は確信する。人間がこの二人のようになれるのなら、例え争いが起きたとしてもその先で悪いようにはならないだろうと。


《信じよう、君たちの選択を。そして君たちに、輝かしい未来があらんことを願う》


 次の瞬間、二人の身体が光に包まれる。

 そして勇者に見送られながら、二人は意識を手放した。






 富士の街にて。


「おばあちゃん、大丈夫? また帰ってこれるからね」

「ありがとね、お嬢さん」


 戦闘続行は不可能と判断して戦闘区域から撤退したGキャリアーは今、莫大なキャパシティを活かして避難民の収容を行っていた。


「避難民の収容はその婆さんで最後か?」

「うん!」


 フウカの誘導で残った全ての避難民を収容したGキャリアーは、カズマの運転で再び走り出した。


「けどアレ、どうすんのよ……」

「もうファルブラックの原型留めてねぇぞありゃ……」


 空には赤黒い人型の塊と化し、原型すら失ったファルブラックが静かに鎮座している。

 放置しておくわけにもいかないが、カズマたちに出来ることは何も無い。ここは諦めて街を出ようとしたその時だった。


「はははははは! これでついに必要なデータは全て揃った!」

「何だよありゃ!」


 富士山の麓から、突如巨大な何かが現れる。

 月を背に現れたそれは、ファルブラックにも似ているが更に強面で屈強な、ハルバードを手にした黒のような灰色の機体だった。


「必要な要因ファクターは全て特定した! あとは私があの実験体を破壊すれば、私こそが唯一の王となる!」


 その機体から響き渡るのは、黒曜旅団の首領の声。乗っているのはターゲットである、その首領だった。


「あいつの狙い、ファルブラックじゃない!?」

「はぁ!? どういうつもりだよ!」


 だがその機体が狙っていたのは何故か、復活させるべき魔王の器である筈のファルブラックだった。


「これで最期だ。安らかに眠れ、水無瀬クオン」


 首領の機体の胴体に、両肩に、両腰の砲口に、赤黒い光が収束していく。


「クインデッドブラスター、発射ッ!」


 そして次の瞬間、放たれた五本のビームは集まって一本の巨大なビームと化して魔王を飲み込み、爆発。一撃でこの世界から消滅させた。


「魔王のデータは得た。これさえあれば、私は……」

「ファルブラックが……やられちゃった……」

「これから一体どうなっちまうんだよ……」


 これでEXファルガンもファルブラックも失われた。二つの希望を失った今、もうこの世界には絶望しかないのかと、カズマが諦めかけたその時だった。


「待って、爆発の中に何かある!」

「なんだってんだ!」


 ファルブラックの爆発の中に、何かが光っているのをフウカが見つけたのだ。


「これは……嘘……」

「おいおい、マジかよ……」


 その光を拡大した時、二人の目に映ったのは余りにも衝撃的で、且つ希望に満ちた光景だった。


「ソウタとクオン、なのか……?」


 そこにあったのは、光の玉に包まれて空に浮かぶソウタとクオンの二人の姿。

 二人はまだ、死んでなどいなかったのだ。


「クオン、大丈夫?」

「うん。私の中に、魔王はもういない」


 そして一度ソウタと一つになり、光の勇者と邂逅したクオンの中にはもう魔王など残ってはいなかった。


「今の私は、ただの人間だから……」


 魔王の細胞の副作用である銀髪も赤い目もそのままだが、確かに彼女は今、一点の曇りもない普通の人間となっていたのだ。


「決着をつけに行こう」

「わかってる」


 後は黒曜旅団と、これまでの戦いの決着をつけるのみ。ソウタとクオンは空へと腕を掲げ、そして……。


「EXファルガン!」

「ファルブラック……!」

「「テイク・オフッ!!」」


 二人が光に覆われた瞬間、その光は段々と大きくなって人型を形作っていく。


 そしてその中から現れたのは、二つの希望。深緑の巨人、EXファルガンと黒き天使、ファルブラックの姿が確かにそこにあったのだ。


「変身だと!?」


 その現象に、首領は驚愕の声を上げる。何せそれは、数十年前に光の勇者が行っていた変身と全く同じ現象だったのだから。


「コクピットは同じ……。クオンも大丈夫?」

「うん。こっちも変わってない」


 変身したとは言っても見かけだけ。機体性能も操縦方法も、これまでと何一つ変わっていない。

 しかし二人にはそれで充分だった。絶対唯一の正義よりも小さな正義を選んだ彼らにとって、ヒロイックロボで決着をつける事にこそ意味があるのだから。


「だが所詮は木偶人形に変わりはない!」


 そして首領は電波をハッキングして中継を繋ぎ、二人にハルバードを向けながら告げた。


「聞け、この世界に生きる者どもよ! 我が名はA-Zアズ! AからZ、即ち全を統べる者だ!」

「A-Z……!」

「これより私は全ての悪の頂点に立ち、全ての悪を支配する。その証明として、今ここで我々に刃向かうこの二人の身の程知らずを抹殺してご覧にいれよう」


 A-Zを名乗る男もまた、救うべき者を救えない正義を否定した。

 そしてソウタたちが小さな正義を望んだのに対して、彼は絶対悪を望んだ。


「ここで終わりにする!」

「私たちの、明日の為に……!」

「この超魔神機ゼダークで、貴様らを絶望の底に叩き落としてやろう!」


 小さな正義の為の力、ヒロイックロボ。


 絶対的な究極の悪の化身、超魔神機ゼダーク。


 同じものを見ながら違う場所を目指した二つの力が今激突する。

 ここに正真正銘、最後の決戦が幕を開ける。

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